【ACL】普段どおりにプレイしていた車屋に訪れた“試練の順番”
車屋の退場劇で流れは大きく変わった photo/Getty Images
勝敗を左右した退場劇は、落とし穴にハマッたようなもの
13日に埼玉スタジアムで開催されたアジアチャンピオンズリーグ(ACL)準々決勝の第2戦は浦和4-1川崎という結果に終わった。第1戦を1-3で落としていた浦和の大逆転劇だったが、ひとつのプレイ、予期せぬ退場がこの結果を生んだといっても過言ではなかった。
浦和は直近のJリーグ第25節柏戦でこの日を見据えて新しいシステムである[4-1-4-1]をテストし、1-2で敗れたものの一定の手応えを得ていた。また、万全ではないがすでにプレイできる状態だった柏木陽介をムリに起用せずに、ACL川崎戦に専念させていた。こうした背景はあったが、一進一退だった展開に劇的な変化をもたらし、勝敗を左右したのはやはり38分に起きた出来事だった。
浦和が自陣右サイドでスローインをつかみ、森脇良太→興梠慎三→ラファエル・シルバとつなぎ、ラファエル・シルバがフワッとしたボールを短く縦に送る。すぐ側にいた川崎の左SB車屋伸太郎は前を向いている状態から後ろを見るとともにボールを奪うべく左足を上げてアプローチした。すると、ラファエル・シルバにパスを出した興梠がリターンを受けるべくここに走り込んでいた。ボールの軌道は緩く、車屋のプレイも決して激しいものではなかったが、左足の裏が興梠の顔面をこするようなカタチになった。レフェリーは危険なプレイと判断し、レッドカードを掲げた。この一瞬の出来事で車屋は退場となり、川崎は1人少ない状態で戦うこととなった。
「サポーター、チームメイト、スタッフの方々に申し訳ないという気持ちが一番にあります。前を向いていて、後ろを向いた瞬間だったので最初は(相手が)見えなくて(足の裏が)当たった感覚もなかったです。自分自身では、レッドカードだとは思わなかったです」
試合後の車屋はこの瞬間を冷静に振り返っていたが、それもそのはずで決して熱くなったすえの憶えていないという類のラフプレイではなく、タッチライン際でマイボールにしようとした普段どおりのプレイだった。実際、「気負い過ぎていたとかもなく、普通にプレイしていました。普通のなかで出てしまったので……」と語ったのは車屋である。
だからこそ、突発的な落とし穴にハマッたというか、自分の意思に関係なく、一瞬のプレイで状況が変わってしまうサッカーの怖さを改めて感じた出来事だった。普段どおりにプレイしていたのに、退場となり、チームを苦しめることになってしまった。無論、敗因は他にも見出せるが、数的不利を生んでしまった車屋本人にとっては、すべては自身の退場がなければという思いに変わりはないだろう。それほど、流れを変えた大きな退場だった。
敗戦から得るモノも大きい。川崎は掛け替えのないモノを得た
ただ、こうした現象はサッカーに限らず、学生、社会人問わず日々の生活のなかでいつ起きてもおかしくなく、自分自身では防ぎようがないのも事実だ。普段どおりに生活し、むしろ良い流れが来ていると感じているときにも、急に風向きが変わって試練が訪れることがある。なんで? どうして? と自分ではなかなか受け入れられないが、導き出された結果、置かれた状況はもう変えようがなく、その後にできるのは起きてしまった事柄を経験として蓄積し、気持ちを切り替えて次へと臨むことだけだ。
もし、チャンスの順番があるとしたら、その裏には試練の順番も存在しているはず。2010年南アフリカW杯に臨んだ日本代表は、ラウンド16でパラグアイと対戦し、PK戦のすえに敗れた。最後に外してしまったのが駒野友一だったが、後に取材したときには「(パラグアイ戦でのPKは)いつもどおりのコースに、狙いどおりに蹴ることができました。ただ、少し上にいってしまいました。それでも、あのPKを外したことで精神的に強くなることができました」と語るまでに強くなっていた。
今回試練を与えられたのは、車屋個人だけではない。川崎の各選手がそれぞれ悔しい思いをしているだろうし、鬼木達監督もそれは同じで、「選手たちは本当によく頑張ったが、私がもっともっとゲームをコントロールできるようにしてあげるべきだった」と試合後にコメントしている。
見方を変えれば、少し前まで試練を与えられているのは浦和だった。こちらは変革の最中で、現在は新しいことにトライしている。一時はとても悪い流れにあったが、逆境を力に変えて、堀孝史監督のもと一戦一戦に真摯に取り組むことで今回の勝利を手にしたといえる。
しかし、幸か不幸か時の流れは早く、また勝負の世界は厳しく、それぞれすぐに次の戦いを迎えなければならない。そこではなにが待っているか皆目見当もつかず、導き出される結果もわからない。ひとつだけたしかなのは、今回の一戦で両チームともに間違いなく貴重な経験を上積みしたということだ。
とくに、川崎にはあと一歩のところでタイトルを逃してきた歴史がある。もう、敗者として十分に経験を積んでいるし、今シーズンのチームからはタイトルホルダーに相応しい粘り強さを感じるときがある。また、今回の大逆転負けでチームとしてより成長できたのではないかとも感じる。もちろん、勝って得る経験のほうが大きいが、今回の川崎に限っては、掛け替えのないモノ、大きな財産を得た気がしてならない。
「取り返さないといけないので、また明日から気持ちを切り替えてしっかりトレーニングしてJリーグに臨みます。とにかく、切り替えてやるしかない。それに尽きます」
試合後の車屋は敗戦を受け止めつつも、しっかりと前を、次を見据えていた。ショッキングな大逆転負けだったかもしれない。だが、ダメージが大きいほど、乗り越えたときの力も大きくなる。というより、プロの世界、勝負の世界は常にこういうことの繰り返しだ。これからも、変わらずに左サイドのタッチライン際を献身的にアップダウンする車屋の姿が見られるはずだ。
文/飯塚 健司
サッカー専門誌記者を経て、2000年に独立。日本代表を追い続け、W杯は98年より5大会連続取材中。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。サンケイスポーツで「飯塚健司の儲カルチョ」を連載中。美術検定3級。