アルゼンチンの命運を握るメッシ photo/Getty Images
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戦術の練度を高めきれないアルゼンチン
8つのグループの中では、最激戦区ではないだろうか。もちろん本命は前回準優勝のアルゼンチンだが、4カ国すべてにベスト16進出のチャンスがある。これは言い換えれば、すべてに脱落のリスクがあるということだ。
アルゼンチン最大の強みは、言うまでもなく充実したタレントだ。マスチェラーノ、ディ・マリア、アグエロ、ディバラ、そしてなによりメッシがいる。顔ぶれの豪華さでは、ドイツやスペイン、ブラジルに引けを取らない。もっとも、これだけの顔ぶれを誇りながら、予選敗退の危機に追い込まれた。メッシのハットトリックで辛くもロシア行きを決めた南米予選最終節エクアドル戦の勝利は記憶に新しい。
タレントの質・量とは裏腹に、アルゼンチンはチームとしての成熟度に課題を抱えている。豊富なタレントがチームになると噛み合わないのだ。これは事情を考えれば、致し方ないところもある。
アルゼンチンは主力のほとんどがヨーロッパのビッグクラブに散らばり、多忙なシーズンを過ごしている。そのため代表で集合してもチーム作りは二の次、時差調整を含めた体調管理に時間を割かざるを得ないからだ。つまり、主力の多くが国内の強豪クラブでプレイしているドイツ、スペインと比べると、アルゼンチンは難しい条件に置かれている。これはブラジル、ウルグアイも同じだ。
今大会のアルゼンチンは、ひと言でいえばメッシ次第。ちなみにこれは前回大会もそうだった。グループステージで3連勝を飾ったが、すべて辛勝。メッシの3試合連続ゴールによって道を切り拓いた。彼が万全の状態でロシアに乗り込むことが、躍進の絶対条件となるだろう。
欲を言えばメッシへの依存を解消する、頼もしい相棒の台頭が望まれる。アルゼンチンはメッシ依存が深刻で、アグエロやイグアイン、ディバラといったワールドクラスが代表チームになると燻り続けてきた。ここで期待したいのはディバラだ。予選では8試合無得点。本大会でもベンチスタートが予想されるが、所属するユヴェントスではチャンスメイク、フィニッシュともに存在感を見せている。ディバラが流れを変える存在になれば、メッシへの負担は軽減され、チームは勢いづくだろう。タレントが噛み合えば優勝も狙えるが、「メッシだけ」ならグループステージ敗退も。それが今大会のアルゼンチンだ。
安定感に欠けるクロアチア ナイジェリアは速攻重視の好チーム
クロアチア代表の攻撃を牽引するモドリッチ photo/Getty Images
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98年大会で3位に輝いたクロアチアも、アルゼンチンと似た課題を抱えている。豪華なタレントが噛み合うか、ということだ。レアル・マドリードの匠モドリッチを筆頭に、バルセロナのラキティッチ、ユヴェントスのマンジュキッチ、インテルのペリシッチと中盤にはビッグクラブで地位を築いた実力者がひしめく。
だが、これだけのタレントがいながら近年、ワールドカップやEUROでは好成績を収めていない。前回大会はグループステージ敗退、2年前のEUROも王者スペインをグループステージで倒しながら、ベスト16止まりだった。実力に疑いの余地はないが、ピッチ外の問題も多く継続性に課題を抱えているのだ。また中盤と比べると最終ラインの選手層が薄く、一抹の不安を抱える。 良いクロアチアが出るのか、それとも……。予選の終盤で指揮権を引き継いだ、ダリッチ監督の手綱さばきがカギとなるだろう。
安定感という点では、クロアチアよりナイジェリアに一日の長がありそうだ。 この国は人材はいるがピッチ内外での揉め事が絶えない、勢いはあるが自滅しやすいといったマイナス面を長く指摘されてきた。だがこれはアフリカのイメージであり、実は安定感がある。過去5度の本大会では3大会でベスト16進出。予選でもカメルーン、アルジェリアといった強敵を寄せつけなかった。
今大会のナイジェリアは若返りが進んだが、アルゼンチンやフランスと好勝負を演じた前回大会の路線を継承。経験豊かなミケルを中心にバランスのいいチームに仕上がった。鋭い縦への仕掛けによって、2、3人で素早くゴールを陥れる。11月の親善試合では本大会で対戦するアルゼンチンに4-2と快勝。自信を深めた。くじ運には恵まれなかったが、アフリカ勢でもっとも力のあるチームだろう。
EUROで躍進したアイスランドが対抗馬に
G・シグルズソンのFKが火を吹くか photo/Getty Images
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最後にアイスランド。33万人という歴代最少人口でワールドカップに臨むこの国は、もしかすると旋風を巻き起こすかもしれない。実績、タレントでは他の3カ国に太刀打ちできないが、ライバルにはないものを彼らは持っている。それは団結力だ。
身の丈をわきまえる小国の人々は、自分たちがやるべきプレイを全力でやる。それは堅守速攻だ。自陣に強靭な壁を築き、ボールを奪うと手数をかけずにサイドからゴールに迫る。攻められることが前提になっているので、苦しい時間でも自滅することはほとんどない。まとまりや精神力の強さはグループD随一だろう。同じく初出場した2年前のEUROではグループステージを突破。さらにラウンド16でイングランドを下す大番狂わせを起こした。得点力を備えたG・シグルズソン、無尽蔵のスタミナを誇るグンナールソンという二枚看板は健在。EUROからメンバーはほとんど変わっておらず、戦い方を熟知しているのも心強い。EUROを機に世界中に浸透した雄叫びと手拍子「バイキング・クラップ」が、ロシアの大地に轟くかもしれない。
文/熊崎 敬
スポーツライター。サッカー専門誌編集者を経てフリーランスとなる。欧州はもちろん南米サッカーもこよなく愛し、コパ・アメリカなども現地へ飛び取材を重ねる。著書には「日本サッカーはなぜシュートを撃たないのか?」「JAPANサッカーに明日はあるか」(ともに文春文庫)など。
theWORLD193号 2017年12月23日配信の記事より転載