0-2で敗れた31日のガーナ代表戦後、先発出場した日本代表MF本田圭佑は「チームはゼロからのスタート。みんな前を向いている。誰も悲観的にはなっていない」とのコメントを残した。ロシアワールドカップが迫った中でヴァイッド・ハリルホジッチ前監督を解任し、西野朗体制として再出発した点においてゼロからのスタートという本田の言葉は間違いではない。しかし、ガーナ戦を見るとハリルホジッチ前監督の教えを全て無にし、完全なるゼロからスタートしているように感じられた。
西野ジャパン発足後何度か聞かれた「日本らしいサッカー」を1つのテーマに、ガーナ戦では後方からショートパスを繋いでいくスタイルを選択。これは悪いことではなく、前半には本田が際どいシュートを放つなど決定機と呼べるシーンもあった。ハリルジャパンの頃よりもボールを持っている時間が長くて面白いと感じたサポーターもいるだろう。しかしハリルホジッチ前監督が口酸っぱく言っていた縦へのスピード、裏を狙う意識は薄くなってしまった。本田、宇佐美貴史ら前線の選手がボールを引き出すために何度も中盤へ下がり、横パスやバックパスの割合もかなり増えていた。これはハリルホジッチ前監督が嫌うタイプのサッカーだ。恐らくハリルホジッチ前監督ならば本田や宇佐美に中盤まで下 がらず積極的に裏を狙えと指示を出していたはずだ。ガーナ戦の日本はハリルジャパンの頃とは全く異なるサッカーだった。
ワールドカップが目前に迫っていたタイミングではあったが、ハリルホジッチ前監督を解任する判断も悪くはない。親善試合とはいえ結果が出ていなかったのは事実で、昨年12月の韓国代表戦ではホーム開催ながら完敗を喫する不甲斐ないゲームもあった。そうした結果が出ない日々の中で代表チームのムードが悪くなっていたのならば、思い切って監督交代に踏み切るのも1つの手だろう。しかし解任時期が今年の4月だろうと、昨年12月だろうと、ハリルホジッチ前監督が就任した2015年以降チームに落とし込んできたアイディアを全く活かさないのはいかがなものか。西野新監督は就任会見でハリルジャパンの中で活かせるものは活かしていくと語っていたが、ガーナ戦を見る限りほとんど活かされていない 。もちろん3バックを試したことも関係しているが、西野ジャパンはハリルホジッチ前監督が説いた速攻よりもポゼッションをベースとした遅攻に近い形から相手を攻略しようとしている。監督が代わったとしても、ハリルジャパンとして積み重ねてきた3年間をロシアの地で活かそうとしないのは非常に残念だ。
ガーナ戦でのプレイはそれこそ2010年から2014ブラジルワールドカップまで日本を指揮したアルベルト・ザッケローニ体制と似ており、31日に発表されたロシアワールドカップメンバーも4年前とほとんど変わっていない。ザッケローニ体制のままロシア大会を目指していたのなら問題ないが、全く異なるスタイルを好むハリルホジッチ体制を3年挟んで再びスタイルを戻すのは良い傾向とは言えない。ハリルホジッチ前監督のやり方を踏襲しつつ戦い、その結果がグループステージ敗退なら納得できる部分もある。しかしザックジャパンの再現のようなサッカーで結果が出せなければハリルジャパンとしての3年間が無駄になってしまう。
選手選考もそうだ。31日に発表されたメンバーの中にはハリルホジッチ前監督が招集した浅野拓磨や井手口陽介、久保裕也、中島翔哉らリオデジャネイロ五輪世代が入っていなかった。代わりに本田、香川真司、岡崎慎司ら通称BIG3が重要な存在として選出された。浅野と井手口は所属クラブで出場機会がほとんどなかったため、落選も仕方がないだろう。しかし久保と中島は今季しっかりと結果を出していた選手たちだ。しかも久保はアジア最終予選の苦しい中で日本を救うゴールをいくつか決めている。最終予選を通しての貢献度で考えるなら、久保はBIG3を上回っていると言えるはずだ。ベテランの実績を重視するのも悪い選択ではないが、久保や中島ら伸びてきた若手がベンチにすら入らないのは日本サッカー界の将来を考えてもあまりにもったいない。
戦い方、選手選考の両面でハリルジャパンの記憶を消し去ってしまったかのような西野ジャパンの船出は正しい形と言えるのか。今回はコミュニケーション不足という曖昧な理由でハリルホジッチ前監督をワールドカップ直前に解任してしまったこと、突如としてBIG3の存在感が強くなったこと、伸びてきた若手をメンバーに含めなかったことなど、サポーターの反感を買う事柄がいくつか起きてしまった。サポーターの中に迷いが生じているのは明らかで、ロシア大会の結果次第では日本サッカーの人気がガクッと落ちてしまう恐れもある。西野ジャパンとしてゼロからスタートし、ロシア大会が惨敗に終われば本田らベテラン組から堂安律や中島ら若手を中心とした新世代に切り替えて再びゼロからスタートするのか。ゼロからのスタートという言葉を使うのは間違いではないが、前政権の教えが何も残っていない完全なる無からのスタートを繰り返すのは理想的な代表強化とは言えず、西野ジャパンの失敗次第で日本サッカー界は大きなダメージを受けることになるかもしれない。