[特集/Jを進化させる理想家vs策士 02]名古屋グランパス・風間八宏インタビュー 後編

 J1には個性的な指揮官たちがひしめいているが、名古屋の風間八宏監督ほど個性的な監督もいない。他の誰も実践しない独自のメソッドを持ち、「ポゼッション」だとか「システム」といった、ありきたりなサッカー論を当てはめようとしても、彼が目指すものを説明することはできないだろう。まさに己の道を突き進む「理想家」の代表格だと思える。風間サッカーとは一体何なのか?を紐解くため、熱帯低気圧が暴威を振るう6月下旬、編集部は名古屋へ足を向けた。

「枠」の中で上がる速度 目の速さを技術が追いかける

「プレイスピードがどんどん上がっている」と風間監督 photo/Kazuyuki Akita

風間 枠の中で速くなっていくと、選手が自分で自分の首を絞めることもあります。変化しているのに、変わり目がわからないから。

―名古屋のサッカーはペースダウンするイメージがありません。流れに応じて安全運転に切り替えるのではなく、ずっとペースを上げ続けて相手を粉砕するまでやるという感じなのでしょうか。



風間 速度を落とすのは「できない」ときですよね。今より速度が上がってもできるようになれば、今の速度でも落としている速度になる。だからそれ(ペースダウン)を強調することはありません。今季も開幕時より速くなっている中で、技術が足りなくなっているのは事実です。技術が安定しないのは承知している。自分たちが速くなっていることに気づかないゆえのミスがある。ミスに対しては言いますが、「見えているなら(パスを)当てろよ」と言っているので、それを「ちょっと待て」とは言いません。せっかく見えているのにトライしなかったら意味がないでしょ。

―停滞しているということでしょうか。



風間 足りなくなっている。とくにシュートを決めるところ。チームとしてはチャンスを作るところまでで、シュートに関しては個人の問題です。日本人はやさしいから、あまりそこを問題にしませんけど。ただ、ポイントが「チャンスを作る」から「シュート・テクニック」になってきています。

―「枠」の中で速度が上がっている中、それに技術がついていけないときが出てきている。プレイのハードルを自ら上げているということですね。



風間 見えているし、理解もできている。あとは体現できるかどうか。見えているということは、ずっと続けていかなければいけない。例えば、視野をどれだけ持てるか。360度見るのはダメな選手です。そんなに見回す時間はない。180度なら、体の向きはいいかもしれないけど、それだけだと狙っているポイントがない。90度の中で選ぶ、180度でもいいんですが、最後に見るポイントは15度ぐらいになるわけで。ボールが動いている間、誰のものにもなってない時間が見るための時間です。その短い時間に、例えば相手の足が揃っている瞬間を見つけられるかどうか。速くなる中で、そのポイントを突くにはより高い技術(見る技術も含めてパスの精度)が求められます。

―相手からずれた場所でボールを受けようとするのはポジショニングの基本ですが、名古屋の場合はそのずれが小さい。そのずれを見つけて利用できる目と技術が必要ですね。



風間 フリーの定義の違いですね。2対2でも、ポンと当てて間に動けば、リターンを受けた瞬間はフリーです。それを皆がやりだしたら場所なんかいらない。ボールを動かしている間に何を見るか、何を予測できるか。わかっているけど、ついつい楽なほうへいくことはありますけど、見えてくるほど技術は足りなくなっていく。目が速くなる一方で技術が足りないと、お客さんにはただのミスパスに見えると思います。技術を上げるには2つあって、1つは今できていることは100回でも同じようにやれないといけない。もう1つは、今はやれていないことにトライする。もう見えているならトライさせないといけないと思っています。我々は面白いことを目指しているので。

変化とは自由のこと 自由とは、サッカーの楽しさ

エースストライカーのジョー。上がったプレイスピードの中で彼が決められるようになれば、またひとつ「壁」を超えられるはず photo/Getty Images

「 わかられたら辞めるよ」

 風間監督はかつてそう言っていた。ファンやメディアがわからなくてちょうどいい、わかられたときには次のわからないものを作っていなくてはいけない。だから見ている人にも面白いと。

「シュートが入りそうだなと思いながら見ていて入るより、あっ入っちゃったのほうが面白いでしょ?」

 ファンが「入っちゃった」と感じる速さ。そういうシーンをたくさん作りたいと風間監督は言う。わからないほうが面白いと。

 いわゆる風間サッカーのベースは、人とボールを操ることにある。サッカーの要素を最小限にすれば人とボールしかない。人とボールの原理を知り、それを利用する。右へ動こうとする人は左には動けない。ボールの上を触ればボールは動けなくなる。そうした人とボールの原理原則はサッカーが始まったときから変わらない普遍的なものだ。それを徹底的に追求する。培った技術を発揮しやすいツールとして「枠」があり、その「枠」はシステムを収めるには少し小さい。枠内でボールを動かし人も動けば、システムは勝手に崩れる。相手も崩れる。風間監督がいわゆるシステム論を語らないのは、名古屋のサッカーでそれは意味がないからだ。

 風間監督は「枠は変化」と言う。変化は「目」から始まると考えられる。それまで見えていなかったものが見えるようになる。目の変化が速度を生むのだが、その速度に技術が後からついていくことになる。

「グラウンドの中は、見えるものと技術を持っている者が自由になる」

 風間監督にとって、「自由」はサッカーの根本で、楽しさ、面白さだ。そこは譲らない。だから、見えているなら「やめておけ」とは言わない。現在地に安住していては本当の自由は手に入らないからだ。しかし、目が速くなり、予測が効くようになり、技術もついていけば、チームは進化するが、そこからさらに目は速くなって技術は次の壁にぶち当たる。おそらくその繰り返しなのだ。

 これまでサッカーの事象を独自の言葉で定義してきた風間監督だが、「枠」に関しては「説明が難しい」と言う。「変化するモノ、ということでいいと思う」と言ったのは、「枠」そのものの形状よりも、変化することこそが重要だからだ。個が変化し、やがてチームが進化し、壁に当たり、さらに変化を続ける――自由を得ながら不自由になり、また自由を目指す。風間監督下の名古屋はその意味で常に過程のチームで、それを享受している。それは転がり続ける石の自由かもしれない。

インタビュー・文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD No.235より転載

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