[特集/Jを進化させる理想家vs策士 03]大分トリニータ・片野坂知宏インタビュー 前編

我が道を行く「理想家」と対極にあるのは、柔軟な戦術やマネジメントでチームを導く「策士」であると考える。その筆頭格と言えるのが、大分トリニータの片野坂知宏監督だろう。2016年に大分の監督となり、同年にJ3で優勝してJ2へ昇格。2017年の9位を経て、2018年に2位となりJ1昇格を決めた。就任からわずか3年で2度のカテゴリー昇格である。J1でも第18節を終えて5位と上位をキープしている。まさに台風の目。旋風を巻き起こしている大分は、いかにして作られたのか? 戦術の選択、選手へのアプローチなど、チーム作りについて指揮官に聞いた。

追い求める部分と、相手に合わせる部分がある

7月上旬、大分市内の練習場にてインタビューに応えてくれた片野坂監督 photo/Kazuyuki Akita

―大分の監督に就任したときはJ3からのスタートで、前年度から選手の入れ替わりもありまし
た。どこから、なにから手をつけたのでしょうか?



片野坂 監督就任のお話をいただいたときはJ2かJ3かまだわからない時期で、降格すると厳しい道になると思いました。そこでまずは、トリニータがどういう戦術で戦っているかを見ました。そのときに『こういうサッカーがしたい』という絵を描くことができました。攻撃、守備ともに良くなると考えられたので、引き受ける決断ができました。

―その後に降格が決定し、J3からのスタートになりましたね?



片野坂 残ってくれた選手たちを見たときに、新しいことにトライするよりも、それまでやってきた[4-4-2]を継続し、少し違うニュアンスとなる私なりの[4-4-2]の戦術を落とし込んでいけばもっと良くなると思えました。過去にG大阪で長谷川健太さんのもとでコーチを務めていたのですが、そのときに学んだ攻撃、守備の戦術を取り入れながらチーム作りを進めました。

―新たに落とし込んだ戦術とは、どのようなものだったのでしょうか?



片野坂 とくに攻撃ですね。GKからしっかりボールをつないで攻撃を構築し、相手のプレッシャーを外してチャンスを作り出していく。そのために、GKにはボールを簡単に蹴らずに繋いでくれと要求しました。GKコーチにもトレーニングでしっかりやってくれと伝えました。ボールを大事にするところはJ3時代から変わらずにやっています。守備に関しては、積極的にボールを取りにいく。グループで連動して奪いにいく。長谷川監督が[4-4-2]で非常に強固な守備を落とし込んでいたので、参考にさせていただきました。うまくハマったことで、トリニータらしい特長を持つ戦術になりました。

―戦術を浸透させる一方で、結果も求められたと思いますが?



片野坂 もちろん、結果が大事で勝つためにいろいろな戦術をやるのですが、勝つことだけを優先しませんでした。戦術を浸透させるべく、選手がしっかりと理解し、共通認識のなかでできているかどうか。試合で目指しているサッカーができているかどうか。選手がモチベーション高く、躍動しているかどうか。そういうところを見るようにしました。この辺りは、広島でコーチを務めたときにペトロビッチさんに影響を受けた部分です。

―目指すサッカーを追求しながら、結果も追い求める感じですね?



片野坂 やりたいサッカーで結果を出せるチームにしていかないといけない。負けたからこっちの戦術にしようとか、勝つために守りを強くしようとか、そういうふうには考えませんでした。私が考えるトリニータに合っている戦術をブレないでやり続けました。もし結果が出なかったら、監督としての器ではなく、技量が足らなかったと思うようにしていました。とにかく、このサッカーでJ 2にあげるんだという信念でやり続けました。負けるときもありましたが、『これをやり続けるぞ』と選手にも強く求めながらやっていたのが良かったのかもしれません。

―システムや選手起用にバリエーションが多いですね。



片野坂 自分たちのサッカーをする部分と、相手に合わせる部分と両方があります。相手とのパワーバランスがあるので、常に自分たちのサッカーができるわけではありません。より厳しいJ1というリーグでは横綱相撲ができないので、相手によって攻撃、守備の狙いを変えていくことが勝点に繋がると考えています。どこにウィークポイントやストロングポイントがあるのかを考えて、うまく合わせていく。いまはそういう戦い方をしています。

―絶対にブレないチームの根本となる部分はどのようなところなのでしょうか?



片野坂 ボールを保持する部分は大事にしています。ただ、われわれはまだ、名古屋さん、川崎さんほどのレベルには達していません。それでも、怖がらずに持とうと伝えています。各選手が良いポジションを取れば、良い判断ができてボールを繋ぐことができます。ピッチに立つ11人が的確なポジションを取り、相手がどう守備をしてくるか観察し、できたスペースを突いてしっかりと繋ぐ意識を持つ。相手が前からプレッシャーをかけてきても、守備のブロックを作って構えてきても、自分たちが良いポジションを取るという意識を持つことを常に求めています。

柔軟なマネジメントで紙一重の戦いを乗り切る

GKからしっかりとつなぐスタイルは大分のストロングポイントだが、 相手によってはロングボール戦術も辞さない柔軟さもまた強み photo/Getty Images

 単純に戦術を落とし込むといっても、そこにチーム作りの難しさがあり、その過程で想定外の敗戦を喫したことがあった。一方で、チームは確実に成長しており、J1の舞台で狙いどおりに勝利を収めた試合もあった。また、チームマネジメントはピッチ内外に及ぶ。そこでの難しさとは、どういったものなのだろうか。

―戦術をチームに落とし込むときに、どのような難しさを感じましたか?



片野坂 いざ試合がはじまると、やれているとき、やれていないときがあります。やれていないときいかに修正するかにおいて、私自身まだ経験不足なところがあります。そうしたときのために、プランをたくさん持つようにしています。リードしたとき、ビハインドになったとき、得点が必要なとき、守るとき。90分間のなかにいろいろな状況があるので、対応策を考えておく。想定外でまったくどうしようもないという状況を無くさないといけないです。そのために、日頃のトレーニングで選手個々のパフォーマンスやメンタルの状況を判断したうえで11人を決め、さらには90分間の戦いのなかでどんな状況が起こるかを考えてプランを立て、切れるカードを準備しておかないといけないです。

―去年のJ2第16節甲府とのアウェイゲームでは、立ち上がりから失点を重ねました。「嫌な予感がしていた」と試合後にコメントしたのが印象的でした。



片野坂 開始15分で4失点しました。ウォーミングアップからあまり良くなかった印象で、試合の入りがどうなるか……と思っていました。逆に甲府さんは非常に気合が入っていました。前からプレッシャーをかけてくるとわかっていましたが、屈することでボールをロストし、アッという間に失点して終わってみれば2-6の大敗です。本当に良い教訓になった試合で、このプレッシャーを回避できるチームにならないといけないと感じました。大敗後はボールを繋ぐのが怖くなって戦術を変えてしまうことがありますが、私は変えるつもりはありませんでした。ただ、メンタル的に選手は逃げたいところがあると思ったので、『少し蹴ってもいいよ』と逃げ道は作りました。

―では逆に、今季一番ハマッたなという試合はありますか?



片野坂 2-0で勝利したホームの横浜FMさんとの一戦ですね。攻撃、守備の狙いを選手たちが遂行してくれて良いゲームをしました。横浜FMさんはポステコグルーさんのもとGKからしっかりボールを繋ぎます。SBのポジションも内に入ったり、中盤に加わったり、大外を上がったりで、そこから背後を狙ってくる。各選手が本当に嫌なポジションを取り、常にゴールを向いた攻撃を仕掛けてきます。このSBへの対応や攻撃の起点となるアンカーのところをいかに管理するかが大事だったなか、狙いがうまくハマりました。いいボールを配給させずに、出てきたボールにグッと身体を寄せて奪い、マイボールにした瞬間に早い攻撃を仕掛けることができました。ただ、さすがに一筋縄ではいかず、アウェイでは0-1で負けてしまいました。やはり、横浜FMさんも前半戦でわれわれとやったときに悔しい敗戦をしていたので、リベンジという思いがあったのだと思います。

―J1はすでに後半戦に突入しています。今後、勝点を積み重ねていくためにはどのようなことが必要だと考えていますか?



片野坂 選手が戦術を信じて、90分間粘り強く、積極的に挑戦してくれています。ここまで負け試合で勝点1を拾えたことがあれば、なんとか逃げ切って勝点3を得た試合もあります。紙一重の戦いをやってきているので、後半戦もスキを作らず、気持ちを切らさずにより強度を高めてやっていかなければいけないです。連敗すると、すぐに下位に追い付かれる怖さがあります。夏場の厳しい時期に強度が落ちないようなトレーニングをし、相手のウィークポイント、ストロングポイントを明確に選手へ伝える。90分間、狙いをしっかりと遂行できる選手を選び、準備することが勝点を積み重ねることに繋がると思っています。

―チームマネジメント全体を考えたときに、大事にしているのはどのようなところなのでしょうか?



片野坂 選手にどのように接するかは、すごく気を使うところです。経験がある選手、若い選手では接し方を変えるべきですし、当然、選手個々で性格も違います。試合に出ている、出ていないでも変わってきます。一人一人がいろいろな考えを持っていて、それぞれにプロとしての姿勢があるので、各選手の個性を常に観察しています。そして、選手に差をつけないようにしています。Aの選手にはコミュニケーションを取るのに、Bの選手には取らないとはならないようにしています。また、選手の矢印がチームを向いていないときには、『チームのために』という話をしないといけない。全体が同じベクトルを向くように、気を使ってコミュニケーションを取るようにしています。ただ、4年目を迎えて、選手とあまりコミュニケーションを取らない1年になっています。

―それはなぜでしょうか?



片野坂 より厳しい戦いになってきたことで、戦術を落とし込むときにメンバーを外したり、試合によってメンバーを入れ替えたりしています。勝っているチームはいじらないという考えもありますが、私は得点しても次の試合で起用しないことがあります。対戦相手によって入れ替えるので、不満がある選手もいると思います。もし納得いかないのであれば、言ってほしいとずっと伝えてきました。私の考えが浸透してきているのか、いまはもう、そういうコミュニケーションはほぼ取らなくなりました。以前、持っているポテンシャルを出し切れていない選手がいたときは、覚悟を持ってやるように私自身が伝えました。それでもやってくれなかったときは、はっきりさせなければならないと心のなかで決めていました。そういった部分では、選手に厳しくなっていると思います。

インタビュー・文/飯塚 健司

※電子マガジンtheWORLD No.235より転載

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