[特集/魅せる新監督 02]サッリ独自のカラーを加え、ユーヴェ10年の集大成へ

守備は攻撃の第一歩、世界的な代名詞となったサッリ・ボール

守備は攻撃の第一歩、世界的な代名詞となったサッリ・ボール

磨き上げてきた独自の戦術で、サッリはついにイタリア一のビッグクラブを指揮するまでになった photo/Getty Images

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 アントニオ・コンテとマッシミリアーノ・アッレグリのバトンリレーでセリエA8連覇を成し遂げたユヴェントス。しかし、最大のターゲットであるチャンピオンズリーグ制覇には一度も手が届かなかった。

 この段階で、クラブのフロントが求めるのは「過去10年で積み上げた強さの維持」と「過去10年で作れなかった新しい何かの創出」だ。ミッションを託されたのは、かつてはナポリの指揮官としてユヴェントスに挑んだマウリツィオ・サッリ。サポーターにおける就任当初の賛否は五分五分といったところだったが、序盤戦を無敗で乗り切った今、“サッリ肯定派”は少しずつその勢力を増やしている。

 表舞台におけるマウリツィオ・サッリのストーリーは、他のビッグクラブを率いる名将と比較して圧倒的に短い。
 突然のブレイクは2013-14シーズン。前年から指揮を執ったセリエBのエンポリを2位に押し上げてセリエA昇格に導くと、自身初のセリエAとなった翌2014-15シーズンを15位でフィニッシュして目標とするセリエA残留を達成。それまで無名だったヤングタレントを見事に使いこなしたことからも注目を集めたのだが、加えて、腕まくりをしたジャージ姿に分厚い眼鏡というアンチ・ファッショニスタなスタイルも逆に存在感を際立たせた。しかも、その彼が“元銀行員”という肩書を持っているのだから、メディアが騒がないわけがない。

 サッリのサッカーは、基本的には守備は相手選手を捕まえるマンツーマンではなく、ボールの動きに組織を合わせて動かそうとするゾーン・ディフェンス。同じく近年のセリエAで旋風を巻き起こしているジャン・ピエロ・ガスペリーニ率いるアタランタは“自分のエリアに入ってきた選手を捕まえるマンツーマン”を基本としているが、サッリのチームはそれとは真逆の守備戦術を採用する。極端に言えば、「ボールがゴールに入らないように動けば、相手選手の動きを気にする必要はない」という考え方で、すなわちフィールドプレイヤー10人のハイレベルな連動性が求められる。しかも、守備はあくまで攻撃の前提となるものと考えているから、できるだけ高い位置で、できるだけいい状態でボールを奪うことを狙いとする。リスクは小さくない。

 攻撃は「サッリ・ボール」と呼ばれるポゼッションスタイルが、すでに世界中で知られるようになった。「外から中」という人の動きで狭いエリアに密集させ、[4-3-3]、あるいは[4-3-2-1]のシステムでアンカーを務める司令塔を中心に、テンポのいいショートパスをつないでジワジワと持ち運ぶ。ファイナルサードに入ってからフィニッシュまでの展開は選手の個性に委ねられるが、“ボールの運び方”については細かいトレーニングで徹底的に叩き込まれる。最も特徴的なのはアンカーに位置する司令塔で、エンポリ時代はミルコ・ヴァルディフィオーリ、ナポリ時代はジョルジーニョが、効果的な縦パスを通すことで攻撃のスイッチとした。特にナポリ時代は圧巻だった。最前線中央にゴンサロ・イグアイン、左サイドにロレンツォ・インシーニェ、右サイドにホセ・マリア・カジェホンを並べてユヴェントスに食い下がると、イグアイン放出後はその役割をまったくタイプの異なるドリース・メルテンスに託したが、それでもチーム力が落ちなかったところに戦術としての“サッリ・ボール”の完成度がうかがえる。

徐々に高まるチームの完成度 柔軟な選手起用で新しい何かを掴む

徐々に高まるチームの完成度 柔軟な選手起用で新しい何かを掴む

サッリスタイルを見せつけた10月6日のインテル戦、イグアインのゴール photo/Getty Images

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 つまりサッリは、イタリア人監督としては極めてアグレッシブな思考の持ち主だ。だからこそ“勝利”を唯一の価値とする多くのユヴェンティーノの中で懐疑論が巻き起こった。

 事実、開幕当初はまったく機能していなかった。守備の連係はバラバラで隙だらけ。攻撃は選手同士の距離感が噛み合わず、司令塔のミラレム・ピャニッチがパスコースを探すシーンもあった。

 パルマとの開幕戦、ナポリとの第2節は“落としても不思議ではないゲーム”で、第3節フィオレンティーナ戦は不甲斐ないドローだった。しかし、逆に言えば開幕3試合で1つの黒星も喫しなかったところがユヴェントスのユヴェントスらしさであり、タレント力であり、フロントがサッリに求める「強さの維持」だ。以降の戦いでは徐々にチームの完成度が高まっていったが、もしこの3試合で1つでも黒星を喫していれば、展開は違ったものになったかもしれない。

 サッリらしいスタイルがいよいよ本格的に浸透し始めたのは、10月6日に行われたインテルとの“イタリア・ダービー”である。この試合の決勝点となったイグアインのゴールは、24本のパスをつないで奪ったゴールだった。首位を争う絶好調インテルとの大勝負で“サッリ・ボール”が完成した瞬間だった。

 ナポリ時代のサッリは、メンバーを固定して戦ったことでいつも必ずシーズン終盤に失速した。ユヴェントスの後塵を拝した理由がそこにあることはわかっていたはずだが、それでもサッリは頑なにローテーションを起用しようとしなかった。しかし、CL制覇を狙うユヴェントスにとって、万全のコンディションでシーズン終盤を迎えられるかは大きな問題だ。だからその起用法にも、大きな注目が集まっている。

 結果的にはどうか。サッリは考え方を変えつつあるようだ。“準レギュラー組”に最低限の出場機会を与えながら、コンディションを上げてきた選手に対してはレギュラー争いに加えようとする姿勢が見える。

 なかでもディバラが好調だ。第12節ミラン戦では、C・ロナウドに代わって途中出場。77分に奪った決勝ゴールは、鮮やかにショートパスをつなぐまさしく“サッリ・ボール”だった。

 試合後、途中交代に怒りをあらわにしたC・ロナウドに対する意見を求められて、サッリは言った。

「全力を尽くしている選手を交代させれば、5分くらいは怒っていても普通。逆に怒っていなかったらもっと心配したよ」。

 交代の一因を膝のケガとしたが、もし、この指揮官に、“サッリ・ボール”の実現のためにC・ロナウドを外す決断を下せる度胸があるのなら、サッリは本当に、ユヴェントスのフロントが求める「過去10年で積み上げた強さの維持」と「過去10年で作れなかった新しい何かの創出」を両立してしまうかもしれない。

theWORLD239号、11月15日配信の記事より転載

文/細江 克弥


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