[特集/リヴァプール解剖論 01]紐解くリヴァプール成功の要因

リヴァプールを導いた男 “新時代の旗手”クロップ

2015年10月からリヴァプールを率いているクロップ監督 photo/Getty Images

 ユルゲン・クロップがリヴァプールの監督に就任したのは2015年10月、このシーズンは8位でフィニッシュした。以後、4位、4位、2位、そして今季の優勝は確定的である。

 クロップが来た2015-16シーズンから、リヴァプールは上位チームに強かった。マンチェスター・シティにも勝っている。ところが、下位チームに対する取りこぼしも多く、それが今季までプレミアリーグで優勝できなかった原因と言える。そして、それはクロップがボルシア・ドルトムントを率いていた際にも見られた傾向でもあった。

 強い相手には強いが、弱い相手に取りこぼす。クロップ監督のサッカーを語るうえでのポイントだと思う。それを克服したことがプレミア初制覇への道を切り拓いた。

 クロップのサッカーが「強い相手に強い」のは、戦術的な変遷期だからだ。2008年にスペインがEUROで優勝、2008-09シーズンでジョゼップ・グアルディオラ監督のバルセロナが圧倒的な強さをみせた。その後もスペイン、バルサの一人勝ちが続く。世界的にゾーンディフェンスのブロック守備がデフォルト化した段階で出てきたバルサのパスワークは、いわばゾーンディフェンスの“天敵”だった。ゾーンの構造的弱点である「隙間」にパスをつなぎ、片端から平らげていった。

 リヴァプールの場合も同じで、スペイン風のビルドアップが世界的に普及しきった段階で出現し、強烈なハイプレスでビルドアップをカモにしていった。戦術的変化の先頭に立つことで一人勝ちの状況を作れたわけだ。

就任3年目で揃い始めたピース ポゼッション型には無類の強さ

サラー(左)、マネ(中央)、フィルミーノ(右)で形成される3トップは欧州随一の破壊力を誇る photo/Getty Images

 クロップの戦術は縦に速い攻め込みと、それに続くハイプレスの組み合わせがベースになっている。相手のディフェンスラインの背後にスペースが存在しているうちに早いタイミングでロングパスを送り、カットされても敵陣でプレッシングを仕掛けて奪い、波状攻撃を加える。非常に強度の高いプレイスタイルであり、これに巻き込まれると相手は対抗できなくなる。

 この戦術に合った選手が揃ったのは就任3年目の2017-18シーズンで、モハメド・サラー、アンドリュー・ロバートソン、アレックス・オックスレイド・チェンバレン、フィルジル・ファン・ダイクが加入している。さらに2018-19シーズンにナビ・ケイタ、ファビーニョ、アリソン・ベッカーを補強してパズルは完成した。このシーズンにCL優勝を果たしている。ただ、それでもまだ悲願のプレミア優勝には届かなかった。

 自陣からビルドアップしていくチームに対して、リヴァプールのハイプレスは絶大な効果を発揮している。ボール支配を前提とした強いチーム、その最高クラスであるマンチェスター・シティに対しても有効であり、それ以下は言うまでもない。効かなかったのは2017-18シーズンのCL決勝で敗れたレアル・マドリードだけだった。プレミアで優勝できなかったのは取りこぼしの差である。といっても、昨季はわずか1敗しかしていないのだが、勝てた試合を引き分けたのが敗因だった。

ついに取りこぼし克服へ 採用した“疑似ポゼッション”

“疑似ポゼッション”のキーマンであるファン・ダイク。最終ラインからの球出し役だ photo/Getty Images

ペースを消す、ビルドアップに固執しない。この対策はリヴァプールを倒すには不十分だが、手こずらせることはできる。しかし、彼らはすぐに“対策の対策”を打ち出した。

 今季のリヴァプールは、相手に引かれるとマンCのようなポジショナルプレイでパスを回すようになった。ただ、マンCになろうとしているわけではない。いわば“擬似ポゼッション”である。

 キープしながらバックパスを多用し、ときにはGKにまでボールを下げてしまう。ボールを保持して固めた守備を破るというより、相手を手前に引き出すのが目的なのだ。釣り出しに成功したら、すかさずロングボールを蹴って得意の早い攻め込みとハイプレスの循環に持っていく。

 リードしたとき、あるいはハイプレスが空転したときに、守備ブロックを組み直してカウンターを狙うのはドルトムント時代から行われていた。しかし、[4-3-3]のままウイングが外切りすることでミドルプレスの強度を高め、[4-4-2]に変化して守備強度を担保するといった戦い方も併用することで幅は広がった。こうした“対策への対策”ができたことで取りこぼしがなくなったのだ。

今後のカギを握る選手層 中盤はもはやブラック企業!?

ワイナルドゥム(左)、ミルナー(中央)、ヘンダーソン(右)など、中盤には名うてのボールハンターが揃う photo/Getty Images

 目下の課題は選手層だろう。サラー、マネ、ロベルト・フィルミーノは代えの利かない存在だが、それだけに適宜に休ませなければならない。そのために南野拓実を補強したが、まだその役割を十分に果たせていない。

 そのFW以上に懸念されるのはMF陣だ。ジョーダン・ヘンダーソン、ジョルジニオ・ワイナルドゥム、ファビーニョ、O・チェンバレン、アダム・ララーナ、ケイタ、ジェイムズ・ミルナーは名うてのボールハンターで、ハイプレス戦術の核となるだけに人数も確保している。だが、それでもリーグ戦では現実的に枚数が不足しているのだ。これ以外の選手がMFに入るとハイプレスの強度、セカンドボールの回収率が落ち、戦術の前提が崩れてしまう。

 運動量とボール奪取力を重視したMFの補強は、ボールアーティストを求める他のビッグクラブと競合しない利点がある。しかし、技術的にもハイレベルなボールハンターが求められる現状ではそれほど多くの候補はいない。補強は同型のスタイルを追求しているライプツィヒとザルツブルクからに限られてしまっている。ここがボトルネックになる懸念がある。

 とてつもないハードワークを要求される戦術を継続する難しさもある。ある意味、ブラック企業のような体質なのだが、それでも5シーズン継続できているのは抜群に明るいクロップのキャラクターによるところが大きい。アトレティコ・マドリードにおけるディエゴ・シメオネ監督と似ていて、指揮官のカリスマ性がチームの勤続疲労を軽減している。

 一方で、力いっぱい戦い抜くスタイルは、炭鉱や港湾の労働者が基盤となってきたイングランドの伝統に合致し、リヴァプールのDNAを受け継ぐもの。ファンからの絶大な支持を受けるアンフィールドは対戦相手にとって“ライオンの巣穴”だ。燃料供給が枯渇することがない。これも大きな成功の要因である。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD243号、3月15日配信の記事より転載


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