モウリーニョ・リヴァプール誕生してたかも!? チェルシーとの間で揺れた名将

若き日の名将モウリーニョ photo/Getty Images

続きを見る

2004年に動きがあった

名将ジョゼ・モウリーニョ伝説が本格的にスタートしたのは、2004年にチェルシーの指揮官に就任した時からだ。FCポルトでチャンピオンズリーグ制覇の偉業を成し遂げ、大いなる野心とともにイングランドへやってきたのだ。

しかし、チェルシー以外のクラブで指揮を執る可能性もあったという。英『METRO』によると、モウリーニョはチェルシー行きが決まる前にリヴァプールと話し合いの場を持ち、合意寸前まで達していたようなのだ。

同メディアはモウリーニョのアドバイザーを務めていたホルヘ・バイデクのコメントを伝えているが、当時のリヴァプールはモウリーニョ招聘で少し遅れを取ってしまった。まだジェラール・ウリエがチームを指揮していたからだ。
「モウリーニョはリヴァプールへ行くはずだった。当時の取締役リック・ペリーとも我々は合意に至っていたんだ。ただ、リヴァプール側は15日ほど待つよう求めてきた。まだウリエがリヴァプールの指揮官だったからだ」

その間にチェルシーとの話し合いが進み、モウリーニョはロマン・アブラモビッチ氏がオーナーを務めるチェルシーへ向かうことに。代わりにリヴァプールはラファエル・ベニテスが2004-05シーズンよりチームを指揮している。

結果だけを見れば、両チームとも正解だったのだろう。チェルシーはモウリーニョの下でプレミアリーグを連覇し、リヴァプールもベニテスの下でチャンピオンズリーグを制した。

ただ、リヴァプールがモウリーニョを招聘していればプレミアリーグ制覇のチャンスはより高まっていたかもしれない。結果論ではあるものの、モウリーニョがリヴァプールを指揮する姿も見てみたかったか。

●最新情報をtwitterで見よう!

twitterアカウント
https://twitter.com/theWORLD_JPN/

記事一覧(新着順)

電子マガジン「ザ・ワールド」No.303 躍動するサムライ18

雑誌の詳細を見る

注目キーワード

CATEGORY:海外サッカー

注目タグ一覧

人気記事ランキング

LIFESTYLE

INFORMATION

記事アーカイブ