[特集/欧州サムライ伝説 9]決して錆びないインテリジェンス チームに秩序をもたらす長谷部誠

加入2年目にリーグ制覇 どのポジションでも輝きを放つ

加入2年目にリーグ制覇 どのポジションでも輝きを放つ

最終ラインを統率する長谷部。彼の知性とサッカーセンスがリベロという新境地を切り拓いた photo/Getty Images

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 前年度の不振(15位)を受けて“鬼軍曹”フェリックス・マガトを招聘し、親会社「フォルクスワーゲン」から潤沢な資金を得て大型補強も行ない、新たにチームを構築中。長谷部誠が加わった2007-08シーズンのヴォルフスブルクは、生まれ変わっている最中だった。そんなチームに即戦力として冬の移籍で加わった長谷部に与えられたのは、[4-3-1-2]の中盤右サイドで、ボランチとしての役割とともに、外に流れてのプレイも求められた。

 当時、ヴォルフスブルクにはゲームメイク能力に長けたジョズエがいて、彼を中心に配置した3ボランチが基本布陣だった。説明するまでもなく、長谷部は守備能力が高いのはもちろん、ここぞというタイミングで前線に顔を出し、正確なパスでチャンスメイクもできる。力強いドリブルも魅力で、自分でボールを前方へ運ぶ推進力もある。

 視野が広く、的確なポジショニングでチームのバランスを取るジョズエとの連携が高まるに連れて、ヴォルフスブルクのチーム力はどんどん高まっていった。そして、前線にはエディン・ジェコ、グラフィチという強力な2トップがいた。マガトが監督となり、長谷部が加わった2年目、このチームは偉業を達成してみせた。後半戦になって失速したバイエルンを追い抜き、08-09シーズンのブンデスリーガを制覇したのである。
 圧巻だったのは第19節ボーフム戦からの10連勝で、これによって8位から首位に躍り出た。そのなかには、第26節バイエルンとの直接対決が含まれており、この一戦に5-1で勝利したのが大きかった。躍進の一翼を担ったのが長谷部で、中盤の右サイドはもちろん、左サイド、さらには右サイドバックも務めた。第33節ハノーファー戦では2つのアシストを決め、『kicker』誌のベストイレブンに選出されている。加入2年目ですでに、チームに欠かせない戦力となっていた。

 ただ、より戦力を整え、いよいよCLに挑むという09-10シーズンになってマガトをシャルケに引き抜かれた。統率力を失ったヴォルフスブルクはCLで早期敗退し、リーグでも中位に甘んじた。一方で、長谷部は変わらず献身的にプレイし、中心選手としての地位を確立。「長谷部にならどのポジションでも任せられる」。この信頼感は監督が変わっても不変で、11-12シーズンの第6節ホッフェンハイム戦ではGK退場→交代枠なしの緊急事態を受けて、GKまで務めている。

 ヴォルフスブルクには13-14シーズンの途中まで在籍し、毎年20試合以上に出続けた。正直なところ、このチームは節操がなく、目まぐるしく監督を変えるスタイルで戦い続けている。11-12シーズンにはマガトを呼び戻したが、このときはうまくいかなかった。長谷部にとってガマンとなるシーズンもあったが、複数のポジションをこなすとともに、CLやELの舞台を経験するなど、選手として充実した日々を過ごしたヴォルフスブルク時代だった。

30歳を過ぎて新境地開拓 日本のベッケンバウアー

30歳を過ぎて新境地開拓 日本のベッケンバウアー

ニコ・コバチのもとリベロでプレイ。長谷部の新境地が拓かれた photo/Getty Images

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 ニュルンベルクを経て、フランクフルトへ加入したのが14-15シーズンだった。このとき、長谷部は30歳になっていた。しかし、ここからの活躍は目を見張るものがあった。というか、36歳になったいまもフランクフルトの中心選手として出場を続けている。

 初年度はトーマス・シャーフのもと[4-1-3-2]のアンカーを務め、前がかりになりがちなチームのバランスを取り、守備を安定させて一桁(9位)の順位を確保した。より輝きを放ったのは、ニコ・コバチと出会ってからだ。15-16シーズンの途中から指揮官を務めたニコ・コバチは、16-17シーズンになると長谷部を最終ラインの中央で起用した。3バックの真ん中で、リベロの役割を与えられたのである。結果は大当たりで、新境地が開拓されることになった。

「日本のベッケンバウアー」

 そのプレイをみた現地メディアは、長谷部をそう評価した。大事なのはスピードではない。戦況を読み、的確なポジショニングを取っていれば、屈強なストライカーにも十分に対応できる。なにより、長谷部は守るだけではない。マイボールにしたあとの展開が頭のなかに描かれていて、素早いカウンターの起点にもなった。

 17-18シーズンは前線のセバスティアン・アレ、ルカ・ヨビッチ、アンテ・レビッチの“マジック・トライアングル”の能力を最大限に生かすタテに早いサッカーを貫き、DFB杯で決勝に進出。相手はバイエルンで劣勢が予想されたが、長谷部はリベロとして先発し、高い集中力を発揮してチームをコントロール。3- 1で勝利を収め、自身ドイツでの2個目のタイトルを獲得した。

 ニコ・コバチをバイエルンに引き抜かれたぐらいでは、フランクフルトの勢いは止まらなかった。新たな指揮官としてアディ・ヒュッターを迎えた18-19シーズンはELで4強に進出した。アレ、ヨビッチ、レビッチの攻撃陣3人が注目を浴びるとともに、最終ラインをコントロールする長谷部の存在がますますクローズアップされることになり、同シーズンに多くの個人タイトルを受賞している。

 サッカー専門誌である『kicker』が選ぶブンデスリーガ年間ベストイレブン。選手たちが投票するドイツプロサッカー選手協会によるブンデスリーガ年間ベストイレブンをともに受賞。さらに、UEFAが選出するEL優秀選手にも輝いた。

 ヴォルフスブルクからニュルンベルクに移籍したときは、この未来はまったく想像できなかった。まさか、30代中盤を迎えた長谷部がELで勝ち進むフランクフルトでリベロを務め、さらには優秀選手に輝くとは……。

 19-2000シーズンも開幕から出場を重ね、第16節ケルン戦でブンデスリーガ300試合出場を達成。さらに、第30節マインツ戦で309試合出場となり、車範根(チャ・ブンクン)が持っていたアジア人選手最多出場記録を更新した。すなわち、過去にブンデスリーガでプレイしたアジア人のなかで、もっとも長く活躍した選手になったのである。

 高い技術力を持ち、正確なプレイができるのは当たり前のこと。戦術理解度が高く、複数のポジションをこなせる。ポリバレント(多様性)な能力を持つうえ、戦況を読む力に優れ、ポジショニングで相手と勝負できる。サッカーはテクニック、スピード、パワーといった要素だけで戦うスポーツではない。判断力や駆け引きも大事なのだと、いまの長谷部が教えてくれている。

文/飯塚 健司

※電子マガジンtheWORLD246号、6月15日配信の記事より転載

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