1990年代から2000年代初頭にかけて低迷していたチームをデイビッド・モイーズが見事に立て直し、2004-05シーズンにはプレミアリーグ創設以来初のトップ4フィニッシュも果たしたエヴァートン。その後も欧州コンペティションの出場権を争う上位の常連となったが、2013年に10年以上もの長期政権を築き上げたモイーズが退任すると、再び苦しい時期に突入してしまった。二桁順位でシーズンを終えることも少なくなく、5度の監督交代に積極補強も実らないまま日の当たらない日々が続いたのだ。
しかし、2020-21シーズンは半世紀ぶりとなる開幕4連勝。名将アンチェロッティのもとで、ついにトンネルを抜けるときがきたのかもしれない。世界最古のサッカーリーグの“オリジナル12”でもある古豪が今季、2度目のトップ4入りへ名乗りを上げる。
積極投資も叶わず 近年は“ブルーな日々”が続く
ブライトン戦で2ゴールを決め、サインとともに喜びを爆発させるハメス photo/Getty Images
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港町リヴァプールはイングランド屈指のフットボール・シティ。近年はリーグ制覇19度を誇るリヴァプールFCばかりが脚光を浴びているが、エヴァートンも9度の優勝を数える。
両クラブの合計優勝回数28回は、マンチェスター(26回)、ロンドン(21回)を凌ぐ。
もっともエヴァートンのタイトルはプレミアリーグ以前、フットボールリーグ時代のもの。かつての好敵手リヴァプールの背中を仰ぎ見るまさに“ブルーな日々”が続いている。
“エヴァトニアン”と呼ばれるエヴァートンファンのつらさは、筆者も少しは理解できる。というのもリヴァプールがACミランと激突した2007年のチャンピオンズリーグ・ファイナルを、彼らの地元で観戦したことがあるからだ。
街は赤一色に染まり、その中でエヴァトニアンたちはリヴァプールファンに散々こき下ろされていた。
「この街にエヴァートンというクラブは存在しない」
「お前たちのトロフィールームは便所程度の広さだろう」
エヴァトニアンにできることは、嘲笑にひたすら耐え、リヴァプールの敗北を祈ることだけ。彼らの願いは天に届き、リヴァプールは敗れることになった。
さて、クロップ体制下で黄金期を謳歌するリヴァプールの陰で、エヴァートンは苦闘を続けてきた。
2016年にイラン系英国人の大富豪ファルハド・モシリが筆頭株主になると、潤沢な資金を背景に大型補強を繰り返すようになった。
だが、投資に見合う結果は出ていない。
ロナルド・クーマン、サム・アラダイスと実績のある指揮官を招聘しながら監督交代が相次ぎ、昨季もモ
イーズ・キーン(イタリア代表)、アレックス・イウォビ(ナイジェリア代表)、ジャン・フィリップ・バミン(コートジボワール代表)、ファビアン・デルフ(イングランド代表)、ジブリル・シディベ(フランス代表)といった実力者を迎えながら、12位に終わった。
名将アンチェロッティと“ハメス・システム”で好発進
ヘディングが武器のカルバート・ルーウィン。マージーサイド・ダービーでも高打点から貴重な同点ゴールを奪った photo/Getty Images
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昨年12月にはポルトガル人指揮官マルコ・シウバが解任され、監督としてチャンピオンズリーグ3度の優勝を誇るイタリアの名将カルロ・アンチェロッティが就任する。
コロナ禍の今夏も、エヴァートンはレアル・マドリードで指揮官の信頼を得たコロンビアの至宝ハメス・ロドリゲスを獲得。高まる期待の中で、実に51年ぶりとなる開幕4連勝を達成し、序盤戦の台風の目となった。
開幕ダッシュに成功した最大の要因は“ハメス・システム”。
経験豊富なアンチェロッティは、昨季の[4-4-2]、[4-2-3-1]から[4-3-3]へとシステムを変更。これはレアル・マドリードとバイエルン・ミュンヘンでの教え子、ハメスのポテンシャルを最大限に生かすためだ。
指揮官はハメスを前線の右サイドに起用している。
本来のトップ下に比べてプレッシャーが少ないサイドで、自由にプレイさせるというのが、その狙い。実際にタッチラインを背にボールを受け、広い視野を確保することで、ハメスの傑出した展開力、アシスト能力が存分に引き出された。
新天地でのハメスのプレイは、大きく3つに分類できる。
1つ目は、右サイドから中央に切り込んでのラストパス、もしくはフィニッシュ。2つ目は、右サイドからの大きなサイドチェンジ。そして最後は、きわめて精度の高いセットプレイだ。
この3つのパターンを使い分け、ハメスは開幕4連勝の立役者となる。
CFドミニク・カルバート・ルーウィンが開幕8試合で8ゴールと爆発したが、これもハメス・システムの産物と言っていい。
カルバート・ルーウィンは空中戦に滅法強く、4ゴールをヘッドで決めたが、その多くはハメスを起点としたワイドな展開からの、質の高いクロスによって生まれている。
開幕4連勝で迎えた宿敵リヴァプールとのマージーサイド・ダービーでも、彼らはいつもとひと味違うところを見せた。つねに先行されながらも粘り強く戦い、チャンピオンに2-2のドロー。連勝は止まったものの、「チャンピオンズリーグ圏内も夢ではない!」と期待はむしろ高まった。
4連勝からまさかの3連敗 復調の鍵はやはりハメス
チームの窮地を救うビッグセーブも多いが、ミスも目立つピックフォード。守護神の安定感が、チームを飛躍へと導くかもしれない photo/Getty Images
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だが、このダービーを最後にエヴァートンの勢いは止まる。
サウサンプトン、ニューカッスル、マンチェスター・ユナイテッドに3連敗。あっさりと首位の座を明け渡したのだ。
足踏みの理由は、GKジョーダン・ピックフォード(イングランド代表)のミスや3トップの左を担うリシャルリソン(ブラジル代表)の出場停止などが挙げられる。
だが最大の要因は、ハメス・システムが研究されたことだろう。
1-3の逆転負けを喫したユナイテッド戦。エヴァートンは右サイドから守りが崩れた。ハメスのサイドである。
アンチェロッティ監督は、天才肌のハメスに守備を要求していない。その理由は言うまでもなく、圧倒的なポテンシャルを攻撃に注力させるためだ。
そのために指揮官は今オフ、手を打ってもいる。
MFアブドゥライェ・ドゥクレ(フランス)とナポリ時代の教え子MFアラン(ブラジル代表)を獲得。ふたりのハードワーカーの獲得は、王様ハメスを守備の負担から解放するという狙いがある。
だが世界一激しいプレミアリーグでは、ワールドクラスにもハードワークや自己犠牲の精神が要求される。守らないハメスの穴をチームメイトが埋める戦術が、早くも綻びを見せ始めたのだ。
エヴァートンが上位に踏みとどまるための、最低限の条件がある。ハメス自身がコンディションを上げることだ。
ハメスはレアル・マドリードに在籍した昨季、ジネディーヌ・ジダン監督との折り合いが悪かったこともあり、リーグ戦8試合しか出場していない。
ほとんど稼働しなかったシーズンを経て、プレミアリーグに順応するのは容易ではない。まずは90分間フルに戦えるフィジカルづくりが急務。ハメスがトップコンディションで継続的にプレイできれば、多少の守備の不安に目をつぶることもできる。
4連勝から一気に3連敗と安定感を欠くエヴァートンだが、潜在能力は間違いなく高い。攻撃陣はタレントが揃い、中盤のパスワークと強度の質も向上。センターバックは機動力に不安を残すが、十分な高さと強さがあり、両サイドバックも非常に質が高い。リシャルリソンやハメスの離脱中に、ベルナルジやイウォビといったベンチメンバーが存在感を高めてきたのも好材料だ。
勝つ術を知りつくしたアンチェロッティならば、ここ数試合の低調ぶりはすぐに修正してくるはずだ。彼のもとでハメスが全盛期のフォームを取り戻せば、CL出場権獲得も夢ではない。“BIG6”だけでなく、レスター、ウルブズ、リーズなど曲者揃いのプレミアリーグで、今季は“マージーサイドの青い壁”が、これまでにない存在感を放っている。
文/熊崎 敬
※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)251号、11月15日配信の記事より転載