[特集/ダークホースに刮目せよ 01]名門だがダークホース ついにミランがスクデット争いに返り咲く

 ここ数年、セリエAはユヴェントスによるリーグ優勝の独占状態が続いている。ビアンコネリは2011-12シーズンから昨季まで実に9連覇を果たしており、向かうところ敵なし。だが、今季のセリエAは一味違う。第7節終了時点で首位に立つのはACミラン。ここ7年間で一度もトップ4入りを果たすことができず、燻っていた名門が開幕からサプライズを巻き起こしている。

 ここまでリーグ戦では無敗。長い間、少しでも結果が出なければすぐに監督を解任していたロッソネリだが、ステファノ・ピオリ監督に2シーズン目を任せて迎えた今季、ついに変化の兆しが。長い低迷期を経て、ようやく復活を遂げようとしているイタリアの名門。赤黒軍団に希望の光が差し込み始めた。

7年続いた低迷期からの脱却へ 名門がサプライズを巻き起こす

7年続いた低迷期からの脱却へ 名門がサプライズを巻き起こす

昨冬移籍市場で復帰を果たしたイブラヒモビッチ。39歳の大黒柱が及ぼすピッチ内外での影響は凄まじい photo/Getty Images

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 今季のミランはスクデットも夢ではない――。ここまでのミランは、確かにそう思わせるような戦いぶりを披露してきた。もちろん、そのために乗り越えなければいけない壁はたくさんあるが、ここまでの戦いぶりを見て優勝候補に含めないのは、むしろ“逆張り”というもの。名門復活が一気に実現するシーズンとなる可能性がある。

 ミランが最後にスクデットを勝ち取ったのは2010-11シーズン。ズラタン・イブラヒモビッチ、チアゴ・シウバといったトップレベルの選手に加えて、ガットゥーゾ、インザーギ、セードルフ、ピルロ、アンブロジーニなど経験豊富でリーダーシップも兼ね備えた選手たちがいた。そのチームを指揮していたのが、のちにユヴェントスで成功を収めたマッシミリアーノ・アッレグリ監督なのだから、セリエA優勝も当然といった陣容だ。

 しかし、2012年夏に流れが変わる。イブラヒモビッチとチアゴ・シウバという2大スターのパリ・サンジェルマン移籍だ。これを機にミランは低迷を始めた。トップ4から姿を消してはや7年。近年の成績だけみれば、ミランはセリエAの中堅クラブでしかない。名門だが、ダークホース。現在の首位は、サプライズというほかにないだろう。

“負の連鎖”はもう過去か イブラ復帰でチームが変わった

“負の連鎖”はもう過去か イブラ復帰でチームが変わった

B・ディアス(左)やレオン(中央)、ダロト(右)といった若手も結果を残しており、ミランには良い緊張感が生まれている photo/Getty Images

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 近年のミランは、名門のブランド力でフリートランスファーのビッグネームを獲得したり、「若手に焦点を当てる」という名目のもとでの中途半端な補強しかできなかった。経験の浅いクラブOBの監督を連れてきては、名門のプライドが邪魔をして成績不振となるたびに指揮官を解任。継続性がなく、毎年夏にやってくる「ゼロからのリスタート」にファンは辟易していた。

 昨季もそうだった。2月にラルフ・ラングニック氏の招へいが濃厚になっていると報じられた。これはただの噂ではなく、実際の動きもあり、クラブと衝突した幹部のズボニミール・ボバン氏が退団。ディレクターのパオロ・マルディーニ氏もシーズン終了を待ってミランを去るのではないかと頻繁に報じられており、シーズン途中から指揮したステファノ・ピオリ監督は失敗のシーズンの処理を任されているだけという状況だった。

 しかし、ロックダウンを終えたミランは大躍進。その結果、ピオリ監督は続投となり、イブラヒモビッチは契約を延長。そこから今の物語が始まり、現在の首位へとつながっている。

 急浮上の一番の要因が、昨冬のイブラヒモビッチ復帰ということは言うまでもない。ピオリ監督との相性は抜群で、指揮官はイブラヒモビッチ加入後に試合だけでなく、練習からチームの意識が変わったと常々口にしている。

 イブラヒモビッチはピッチ上での能力も確かだが、存在自体があまりに大きい。10月末の『CIES』の報告によると、ミランの平均年齢は欧州5大リーグ最年少で24.5歳。若手選手たちからみたら、イブラヒモビッチは自分たちがサッカーを始めた頃からスターだったに違いない。そのスターがロンドの練習中に簡単なミスで怒っている姿を見れば、まだ何も成し遂げていない若者が気を緩めることなんてできるわけがない。

的を絞らせぬ多彩な攻撃 守備も組織で守れる集団に

的を絞らせぬ多彩な攻撃 守備も組織で守れる集団に

中盤から前線に顔を出す機会が増加したケシエ。第6節ウディネーゼ戦でのゴールは彼の攻撃参加が効いた photo/Getty Images

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 ベテランFWは単に精神面における大黒柱としてだけでなく、能力面でも圧倒的。チームの攻撃が活性化した。

 最前線にイブラヒモビッチがいることでボールの収まりどころが生まれた。これにより、2列目のハカン・チャルハノールは前を向いてボールに触れる機会が増え、決定的な仕事を連発。ムラっ気のあるラファエル・レオンは、左サイドでイブラヒモビッチやチャルハノールから良いパスを受けることで自分の形で1対1に持ち込むことが可能に。縦に突破してのクロス、内側に切れ込んでのラストパス、どちらの形でもゴールを演出する選手になった。ミランの攻撃は左サイドが軸。テオ・エルナンデスという攻撃的サイドバックがいることで、左からの攻撃の厚みはミランの大きな武器となっている。

 かといって、右サイドが引きこもるわけではない。左サイドの攻撃ユニットは時間をかけるタイプで相手の守備がそちらを意識せざるを得ない。そういったタイミングで右サイドをアレクシス・サレマーカーズがシンプルに疾走すれば、広大なスペースを生かすことができる。

 また、前線にボールを持てる選手がいることで、中盤からの飛び出しも活性化。起点となるベナセルのパートナーであるケシエが頻繁に顔を出すようになった。第7節ヴェローナ戦の得点はまさにそういう形。記録上相手のオウンゴールになったが、右からのクロスに3列目から上がったケシエが飛び込んでいる。第6節ウディネーゼ戦では、イブラヒモビッチがゴール前でキープしてマイナスに落としたボールにケシエが入ってきた。

 ミランは左サイドを攻撃の軸としながらも、右からも中央からも得点が決まっており、相手としてはかなりやりにくいはずだ。

 守備陣では昨冬に獲得したシモン・ケアーが欠かせない存在に。アタランタではほぼ出番がなかったが、ベテランの経験はピオリ監督が必要としていたもの。主将アレッシオ・ロマニョーリは最近のパフォーマンスが非難の対象となっているが、能力面で疑いの余地はない。さらにGKジャンルイジ・ドンナルンマが後ろに控えており、安心感を与えている。

 ロマニョーリのミスが指摘されているということは、組織としての守備は安定している証拠。第7節まで終えて7失点はリーグ3位タイの好成績で、そこに個々のミスやPKでの失点が含まれていることを考えれば、崩されての失点はかなり少ない。守備の安定は攻撃への第一歩。これまで縮こまりがちだったダビデ・カラブリアはプレシーズンから積極性を前面に出し始め、一皮むけた印象だ。

取り戻した優勝への期待感 名門クラブは完全復活へ

取り戻した優勝への期待感 名門クラブは完全復活へ

イブラヒモビッチを中心に好循環が生まれているミラン。スクデット獲得も夢ではなくなってきた photo/Getty Images

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 イブラヒモビッチの加入から良い影響の連鎖が発生しているミラン。ピオリ監督は、「自分たちより強いクラブがいくつかいる」と繰り返し、地に足を付けようと努めている。ただ、期待感はふくらむ一方。名門ミランのファンは、すぐにでも自分たちにふさわしい順位を望んでいる。

 昨季と違うことはわかりきっていたものの、ここまで良いスタートを切ってしまったミランに待ち受けるのはこういった期待である。そこから生まれるプレッシャーは、開幕前の優勝候補たちにあって、ミランが近年の成績によりいつしか感じなくなっていたものだ。

 それでも、今のミランにはずっと自身に重圧をかけてきた男がいる。イブラヒモビッチは1日のウディネーゼ戦後、優勝への期待が高まっていることに触れ、「プレッシャーは好きだし、オレに任せればいい。若手が感じる必要はない」とコメント。兄貴分の度量を示した。

 若いチームは勢いに乗ると手が付けられない反面、ひとたび調子を崩すと立て直しが難しいというのはよく聞く話。だが、イブラヒモビッチの経験値はチーム全体をカバーしてしまうかもしれない。

 ミランの現在の首位は、本来の優勝候補たちの出遅れも影響している。それでも、イブラヒモビッチを迎えて新しい姿を見せているミランは、もう「ゼロからのリスタート」のループを抜け出した。名門完全復活の土台はすでに固まりつつある。その先にスクデットという夢が待っていても不思議ではない。


文/伊藤 敬佑

※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)251号、11月15日配信の記事より転載

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