71分、交代を告げられピッチを去る背番号4に、遠く大阪まで駆けつけた清水サポーターから大きな拍手が送られた。CB吉本がベンチに戻ると平岡監督はもとより、全選手、全スタッフが彼の元に集まり、ひと塊の輪ができた。まさに惜しまれつつピッチを去る。10度にわたる膝の手術を乗り越え、14年のキャリアを刻んだ彼が、現役を退く決断をした。その最後の舞台で今季初の先発は何よりも素晴らしい花道となった。
その舞台をより素晴らしいものにしたのが、これまた今季J1初先発のFW川本だった。
「カズ君(吉本)の引退試合ということで自分もゴールを決めて恩返ししたという気持ちがあった。結果で(自分への)評価を変えられたのは自分でも収穫だし、カズ君に恩返しもできたと思う」
後半立ち上がりすぐの49分、直前のプレイでシュートをGK東口のビッグセーブで防がれた川本だったが、そこで得たCKからのプレイで右SBエウシーニョのパスにオフサイドラインぎりぎりで反応し、シュートを左隅に決めた。
実は「実は(川本を)メンバーには入れていなかった」と平岡監督は明かしたが、そういう選手がチャンスを活かしゴールを決める。スポーツ選手には才能だけでなく、運も必要だとよくいわれるが、川本にとってはまさにそうなった。当然ながらここまで本人が努力し積み上げてきたものがあったからこそである。きっと吉本もそういう選手を沢山見てきたことだろう。
更に清水は64分にも右サイドの丁寧なビルドアップから、クロスのこぼれをMF金子が絶妙なトラップからシュートを左ポストに当てながらねじ込む。これで2‐0と、既にリーグ2位を確定しているG大阪を突き放す。
「全員の気持ちが乗ったゴールだと思う」と金子は語ったが、この試合の清水は前節まで最下位にあえいでいたチームとは思えない躍動感のあるプレイを90分披露し続けた。クラモフスキー前監督の解任でチームを率いることになった平岡監督だが、少なくともこの試合に関してはチームとして目指す方向性を存分に披露することに成功した。
「ひとりひとりのポテンシャルはあると思うが、それがうまくかみ合わないと成績が出ない。攻守一体だと思うので、それぞれがハードワークをすることが大事だと思う。それは今日の吉本が見せてくれた」
去りゆく大ベテランのプレーがチームに勢いを与えてくれたことに感謝した。同時に個々のポテンシャルをひとつにまとめることができれば、清水は決して下位に沈むようなチームではないと確信させるものだった。来季、今のスタイルを貫き、チームとしての底力を見せて欲しい。
一方のG大阪だが、この試合ではここまでの縦に速いサッカーから、細かく繋ぐスタイルに切り替えた。
「今まではダイレクトに前線にボールを入れて、相手陣内に速く持っていき、そこで勝負をすることをやってきた。順位を確保した中で、これから先もう少し丁寧にボールを扱う、下でつなぐ時間も作りながら相手陣内に持っていって、そこでゴールを挙げるという狙いでスタートした」(宮本監督)
宮本監督はこれまでの現実的なサッカーの限界を既に分かっているのだろう。特に川崎との直接対決で木っ端みじんにされ、優勝の瞬間を見せつけられたあの試合で、彼我のクオリティの差は一目瞭然だった。結果こそ出なかったが、この清水戦でやろうとしたことをより進化(深化)させ、チームに定着できれば来季の戦いはおもしろいものになるだろう。何より今月27日におこなわれる天皇杯準決勝でどんな戦いを見せるのか。来季を占う上でもG大阪の『次』に注目したい。
最後にコロナウイルスによって誰も予想できなかった4ヶ月もの中断を挟んでおこなわれた今季を、過酷なスケジュールにも関わらず走り切ったJ1の18クラブに感謝するとともに、本当にお疲れさまの言葉を送りたい。来年、通常のリーグ戦ができることを願ってやまない。
文/吉村 憲文