——サイドバックの概念を覆すつもりでいる。セレッソ大阪戦後にそう口にしたのは、川崎フロンターレ2年目のFW旗手怜央だ。東京オリンピックでの活躍も期待されるこの23歳の若き逸材は今季、“新たな道”でさらなる進化を遂げるかもしれない。
リヴァプールでは両サイドバックが二桁アシストを記録するほどの攻撃力を見せたり、マンチェスター・シティではサイドバックが中央で組み立て攻撃にも積極的に参加する“カンセロ・ロール”(偽サイドバック)という言葉が脚光を浴びたり……。近年のサイドバックは、これまでのサイドバック像から様々な変化を遂げている。近代サッカーにおいて、サイドバックは最も注目されている、キーとなっているポジションといっても過言ではない。
今季からそんなポジションに挑んでいるのが旗手である。昨季は主にウイングを任され(時にインサイドハーフ)、公式戦38試合に出場して6ゴール7アシストを記録。大ブレイクを果たしたFW三笘薫があまりにも出来過ぎていたため、彼の影にやや隠れつつあったものの、旗手も当たり負けしない体幹の強さや前への推進力、運動量には目を見張るものがあり、ルーキーイヤーながらアタッカーとしては申し分ない活躍だったといえよう。そして、2年目以降もフロンターレの強力なアタッカーのひとりとして、攻撃を牽引していくかと思われた。
しかし、旗手はプロ2年目となる今季、ここまで公式戦3試合にスタメン出場しているが、任されているポジションはなんと、昨季終盤に緊急的にプレイしていただけの左サイドバック。今季は前線ではなく、ディフェンスラインでプレイしているのだ。もちろん、左サイドバックの主力であるDF登里享平が負傷離脱している影響もあるだろう。ただ、このポジションにはサイドバックとしての経験が豊富で、日本代表にも選ばれたことのあるDF車屋紳太郎がいる。にもかかわらず、鬼木達監督は旗手をチョイスしている。まだシーズンが開幕したばかりということもあり、コンディションを重視している可能性もあるが、より攻撃的な選手を起用しているのは「最多得点を記録した昨季以上に、今季は攻撃的にいくぞ」という指揮官の思いも込められているのかもしれない。
そんな指揮官の期待に応えるかのように、旗手も素晴らしいパフォーマンスを見せている。もともと攻撃的な選手のため、その動きはなんとも型破りだ。守備時は定位置である左サイドバックの位置につくが、旗手は攻撃時にはあらゆる場所に顔を出す。左サイドでコンビを組む三笘をサポートしたり、オーバーラップで深い位置を狙ったり、サイドバックの基本となる上下運動はもちろんのこと、中央に絞ってリズムを作ったり、スペースがあれば相手のバイタルエリアでボールを受けてシュートまで持っていったりと、“カンセロ・ロール”のようなタスクもこなす。C大阪戦では“カンセロ・ロール”の域を飛び越え、パス回しの流れで反対側の右サイドまで移動することもあった。両サイドバックが一つのサイドに集まって相手の守備を攻略しようとする、このような光景はこれまであっただろうか。まさに旗手のプレイは縦横無尽だ。
守備面に関しても、昨季はあくまで緊急登板だったため、軽さが目立つシーンがあったが、今季は持ち味の体幹の強さや運動量で粘り強い守備を見せている。開幕前にサイドバックとしての鍛錬を、どれだけ積んできたのかが見て取れる。MF脇坂泰斗やFW三笘らとうまく相手を囲い込むシーンもよく見られ、周囲との関係性も良さそうだ。
C大阪戦後には「攻撃面ではサイドバックの型にハマらないイメージで起用されていると思う」や「ポジションはサイドバックと言われるが、自分ではそう思っていない」とも述べていた。交代カード次第でポジションを変えることもあり、このままサイドバック1本ということはなさそうだが、旗手は型破りなスタイルで新たなサイドバック像を切り開いていく。