[特集/20-21王者達をプレイバック 02]セリエA新時代の幕を開けたインテル コンテが築き上げた“強固な一枚岩”

試行錯誤の末に掴んだ栄冠 後半戦の上積みがキモに

試行錯誤の末に掴んだ栄冠 後半戦の上積みがキモに

セリエA得点ランク2位となる24得点を挙げたルカクは、パワフルなドリブルやスピードを前面に出したプレイで対峙したDFを圧倒。相手のビルドアップを阻害する動きも怠ることなく、絶対的エースは守備面でも重要な存在となった photo/Getty Images

続きを見る

 アンドレア・ピルロを監督に迎えたユヴェントスが前人未踏の10連覇を達成――。という結末を多くの人が予想していたであろう2020-21シーズンのセリエAは、その前評判を裏切り、ミラノ勢が主役の座に返り咲くこととなった。

 前半戦は若きミランが首位を走り、サプライズを巻き起こすと、後半戦はインテルが驚異の安定感でクラブ通算19度目のスクデットをもぎ取ることに成功している。

 終わってみればインテルの独走だったが、決して平坦な道ではなかった。コンテ監督がどのようにイタリアの頂点へとインテルを導いたのかを振り返る。
 後半戦の安定した強さが印象的だったインテル。しかし、2020-21シーズンは厳しい船出だった。

 昨季ヨーロッパリーグ決勝で敗れてタイトルを逃したインテルは、短いオフのあとで[3-4-1-2]のシステムに再挑戦。半年前に獲得したクリスティアン・エリクセンを最大限生かすために試行錯誤を繰り返した。

 だが、新加入選手であるアルトゥーロ・ビダルやアレクサンダル・コラロフのコンディションが上がらなかったことも影響して、このシステムは長く続かない。開幕2試合で5失点したことが示すように、守備が安定しなかったのだ。

 再び中盤をフラットにしたインテルは、少しずつ安定感を身につけた。ロメル・ルカクとラウタロ・マルティネスの相互理解は以前から知られていることで、前線は常に相手の脅威となり続ける。3バックは前年期待外れだったミラン・シュクリニアルが完全復活。ステファン・デ・フライ、アレッサンドロ・バストーニとともに鉄壁の3バックを形成すると、中盤ではニコロ・バレッラが覚醒。技術の高さだけでなく、動きの質と量でも圧倒的な存在感を放ち、前線にボールを届けるようになった。シーズン序盤に守備の対応が批判の対象となったアクラフ・ハキミも素早く戦術を学び、いつの間にか不可欠な選手と呼ばれるようになる。

 アントニオ・コンテ監督は開幕当初、エリクセンに寄り添った。だが、途中からエリクセンを諦めたことで、インテルを前進させた。とはいえ、今度はエリクセンがイタリア語習得などの歩み寄りを見せ、インテルはさらに力をつける。トップ下がなくなったチームで、レジスタとしてのプレイを身につけたのだ。実際、左のインサイドハーフはインテルの中でやや物足りなかったポジション。そこにエリクセンがすっぽりと収まり、新たな武器となった。

 さらに、シーズン後半戦になると、左ウイングを務めるイヴァン・ペリシッチも守備が大幅に改善。32歳にして見事な成長を果たしたことで、インテルはそれまで以上に付け入る隙がなくなった。

 こうしてインテルの安定感は、シーズンが進むにつれて高まっていったのだ。

言うなれば“カメレオン” コンテが見せた柔軟な思考

言うなれば“カメレオン” コンテが見せた柔軟な思考

試合中でも戦術の変更を厭わなかったコンテ。大きな声にジェスチャーを交えながら、ピッチ上の選手たちに指示を与える姿は印象的だった photo/Getty Images

続きを見る

 コンテ監督の特色は、指揮官として“カメレオン”であるところ。「自分たちの強みを押しつけて勝つ」というと聞こえはいいが、挑戦者だったインテルには難しかった。

 そこで、試合をコントロールするときはコントロールし、相手にボールを持たせるときは持たせることを選んだ。無理せず、状況に応じたサッカーを選択するようになったのだ。

 後者がより目立ったため、周囲からの「アンチフットボール」的な批判は絶えなかった。あるいは憎たらしいほどに勝ち続けるチームへの“いちゃもん”的な部分もあったかもしれない。いずれにしても、インテルがカウンターだけのチームでないことは明らかだった。

 第18節ユヴェントス戦は、インテルが揺るぎない自信をつかんだゲームだ。絶対王者にほとんど何もさせず、2-0で完勝。コンテ監督が突き進む道の正しさが証明された瞬間で、勝ち点3以上に得るものの大きかったベストゲームだった。

 第28節サッスオーロ戦は、相手にボールを持たせるゲームの好例。インテルのボール支配率が30%を切ったことは物議をかもした。だが、それが最も相手の嫌がることであり、結局インテルは2-1で勝利している。

 その一方で、インテルはシーズントータルのボール保持時間がサッスオーロ、ユヴェントスに次いでリーグ3位というデータが残っており、ボールを持つことを拒否しているわけではないことが分かる。

 最前線のルカクは、どんなボールでも収めることができるターゲットとなり、右ウイングには超高速のアクラフ・ハキミ。これだけでカウンターは成立してしまうくらいだが、さらにバレッラなどの2列目も絡んでくるため、ギアが入ったインテルを止められるチームは皆無だった。これが十八番の形だったからこそ、カウンターのチームという印象が定着した。

 ただ、そのベースとなったのが守備であることも忘れてはいけない。3バックの個々の対人能力が高いこともあるが、点取り屋であるラウタロ・マルティネスが懸命に最初のDFとしての役割をこなした。全員が「チームのために」という意識のもとで走ったことは、全体にも好影響を与え、誰もサボらない、全員が同じ方向を向いた強固な一枚岩のチームが完成したのだ。

 コンテのカメレオンは、対戦相手によって色を変えるのはもちろんだが、試合中でも瞬時に戦術の切り替えを行うことができる。それが強みだった。試合中の戦術変更は危険を伴うものだが、コンテが作り上げたインテルにそういった方向性の違いは生じなかった。

 そういった意味で、コンテ監督は完全なモチベーターと言える。もちろん、イタリア人指揮官らしく、ガチガチの決まりごとで選手の自由を縛る戦術家だ。ただ、多くの一流プレイヤーが嫌う“束縛”に全選手が喜んで応じるように仕向けたモチベーターとしての側面がより強い。この求心力は、最初からあったわけではない。それでも、「監督の言うとおりにやればうまくいく」という、前述の実績が説得力となり、次第にチームは一枚岩となっていった。

 何より、コンテ監督が誰よりも勝利を渇望し続けたことで、信頼が生まれ、指揮官が発する全ての言葉に選手たちが呼応するようになったのだろう。

コンテが退団した来季は? 新監督の手腕に期待せよ

コンテが退団した来季は? 新監督の手腕に期待せよ

退任が決定したコンテに代わり、来季から指揮を執るインザーギ。ラツィオで実績を積んだ指揮官は優勝チームをどのように引き継ぐのか photo/Getty Images

続きを見る

 完全に選手のハートをつかんだコンテだが、インテルの財政難が影響して、スクデットを置き土産にチームを去ることが決まった。残されたメンバーは、大きな不安があるはずだ。

 だが、現時点でインテルは、コンテを失うという最悪のシナリオに直面したなかでも、最善の選択をしているように映る。

 新指揮官に就任するのは、シモーネ・インザーギ。マッシミリアーノ・アッレグリが理想だったのかもしれないが、個人的にはかなり良い選択とみている。

 インザーギの基本システムは[3-5-2]で、前任者と同じ。その上で、新監督はコンテほどウイングに攻撃のタスクを課さない。だからこそ、インテルはクラブの財政難を救うための犠牲にハキミを選んだ。これにより、鉄壁の3バックやルカクに手を着けないでおける。ラウタロ・マルティネスはまだ放出の可能性がありそうだが、“被害”は最小限にとどめられそうだ。

 チームがサイズダウンしたとしても、ディフェンディング・チャンピオンとして掲げられる目標は優勝以外にない。また、2020-21シーズンに大失敗したチャンピオンズリーグでも一定の成績が求められる。

 インザーギ新監督に求められるものは大きい。前任者との比較は避けられない。ただ、ジョゼ・モウリーニョからラファ・ベニテスに指揮官が交代した3冠獲得後ほどの混乱は起こらないのではないかと想像している。

 新シーズンに向けては、インザーギ監督が自らの色を出しつつ、一枚岩になっているインテルをまとめきれるかにまずは注目したい。


文/伊藤 敬佑

※電子マガジンtheWORLD258号、6月15日配信の記事より転載

記事一覧(新着順)

電子マガジン「ザ・ワールド」No.299 フリック・バルサ徹底分析

雑誌の詳細を見る

注目キーワード

CATEGORY:特集

注目タグ一覧

人気記事ランキング

LIFESTYLE

INFORMATION

記事アーカイブ