イタリアの優勝で終わったEURO。各チームともさすがのレベルの高さを見せつけ、フットボールの醍醐味を堪能させてくれた1カ月は、あっという間に過ぎ去ってしまった。編集部メンバーに、スポーツジャーナリストで本誌ディレクターでもある飯塚健司氏を加え、対談形式で見どころ満載だった大会を振り返ります!
EUROの前評判はあてにならない 中堅国に広がるチャンス
ハンガリーでは、グループステージから満員のサポーターが。予想外の健闘を見せたチームを強烈に後押しした photo/Getty Images
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前田「さて、今回のEUROはイタリアの優勝で幕を閉じたわけですけど、正直この結末は予想していました?」
飯塚「始まる前は優勝するなんて思っていなかったよね。でも開幕戦を見たときに、安定感あるチームだなと感じましたよ」
前田「こんなに良いチームなんだってみんな驚いていた印象がありますね。開幕前の優勝オッズを見てみると『William Hill』では1位がフランスで5.5倍、2位がイングランドで6倍、3位ベルギーが7倍。イタリアはドイツ、ポルトガル、スペインと並んで4位タイの9倍でした。こういった前評判が、かなり覆された大会だったと思います」
飯塚「死の組に入ったチームは辛かったよね。グループステージでちょっと疲れちゃったのかもしれないね」
藤井「死の組があったことで、ラウンド16でベルギー×ポルトガル、イングランド×ドイツ、クロアチア×スペインと、強豪国同士の潰し合いも生まれてしまいました」
及川「それが中堅国の躍進につながったところもありますよね」
飯塚「もともとEUROってデンマークやギリシャが優勝したり、チェコが決勝まで来たりと、いわゆる列強国じゃないチームがものすごいモチベーションでくるじゃない。出場国が増えたことで、それがさらに広がっている感じもあるよね。今回もハンガリーはもうちょっとで勝ち上がれたし、スイスもベスト8までいったし、チャンスは間違いなく広がっているよね」
列強をしのぐ完成度の高さ 今大会で力を見せたのは
驚愕の50メートル級ロング弾を沈めたチェコのシック。EURO歴代ベストゴールとの呼び声も photo/Getty Images
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前田「中堅国の完成度の高さ。チームとしてのまとまり。それは今大会のトピックの1つですよね」
藤井「例えばチェコですね。彼らはEUROで勝ち上がるイメージがありますが、今回もスピードがあって、守備も堅い。激しいけど、うまくボールを繋いで得点に至るっていう感じで見ていて痛快でしたね。シックのあのゴールもあったし、勢いもあった。オランダ戦でもグループステージの戦い方がそのまま通用するのかは疑問でしたけど、逆にバッチリハマっていた」
中村「何がハマったんでしょうね。マンツーマンで相手の良さを消したからですか?」
藤井「そうだと思います。ワイナルドゥムもデ・ヨングもやりづらそうだったし、ソウチェクをはじめチェコ側がやらせなかったのが大きいかなと」
松尾「GKのヴァツリークも素晴らしいパフォーマンスでした。無所属で大会に臨みましたけど、今大会は良い就職活動になったのではと思います」
中村「ウクライナも完成度という点では見るべきものがあったと思います。特長として、前線以外はほぼ自国のディナモ・キエフとシャフタールの連合軍みたいになっていて、いわば“慣れたメンバー”なわけです。やっぱり連係面で統率が取れているのは大きいのかなと」
松尾「ウクライナは試合内容も『延長のアディショナルタイムで決める! ?』みたいなしぶとさがあって、最後まで諦めないところも美点でしたよね」
飯塚「その“しぶとさ”のところも、連係面の完成度が高いからこそゴールが生まれるんだよね。個の力に頼ったチームだったら、こうはなっていなかったと思う」
前田「ウクライナは結果としては十分でしたよね。決勝T進出が目標で、さらにもう1つ進めたわけだから。今後が楽しみなチームですね」
EUROの裏MVPはアタランタのガスペリーニ!?
アタランタ所属のゴセンスはその攻撃性能を存分に発揮。オウンゴールを誘発したジャンピングボレーは印象深い photo/Getty Images
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及川「ところで選手個人に目を向けると、面白い傾向があるんですよ。アタランタのメンバーが、こぞって結果を出しているんです。ドイツで攻撃性が光ったゴセンスしかり、デンマークの左サイドを走り回ったメーレしかり」
前田「そうだね。他にもイタリアのペッシーナ、ロシアのミランチュクと、得点を決めた選手が何人もいる」
及川「常日頃から培った90分走りきれるスタミナとか、切り替えの早さとか、そういうところが大舞台で活きていた感じがします。だから、大会の裏MVPはそれを仕込んだガスペリーニ監督だったという説を、僕は提唱したい(笑)」
藤井「なるほど。ライプツィヒにもそれは当てはまるんじゃないかと思います。スウェーデンのフォルスベリは4得点取りましたし」
松尾「ザビツァーとライマーも、オーストリアの中盤では重要なピースでしたね。スペインの前線に変化を加えるオルモも、縦横無尽な動きで重要な働きをしました。特に偽9番的に起用された準決勝イタリア戦は、脅威になっていました」
飯塚「この2チームに共通する点は、落ちない運動量で早いトランジションを繰り返すことだよね。それはチームを活性化することにつながるし、やっぱりタフな選手って、こういう国際大会では力を発揮する。アタランタとライプツィヒの選手が活躍できたのは、必然だったのかもね」
W杯に向けてどうなる? 伸びしろ豊かな2チームに期待
弱冠18歳ながらスペインの攻撃を司ったペドリは、大会最優秀若手選手に選出された photo/Getty Images
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中村「今後の欧州シーンは、どうなっていくんでしょうね。今回のEUROでは、ドイツやフランスのように明らかにテコ入れが必要なチームがある一方、未完成ながらも伸びしろを感じたチームもあって。チーム状況が上りなのか下りなのかが、ハッキリ分かれた印象があります」
松尾「伸びしろという意味では、スペインは面白いチームになっていきそうですよね。ジョレンテを右SBに入れたりエンリケ監督の采配も癖が強かったけど、イタリアとの準決勝も内容では上回っていたんじゃないかと」
前田「ペドリもめちゃめちゃ良かったですし。それらをまとめるブスケッツの存在も大きい。あとは決定力だけ、という感じでした」
藤井「世代交代が進んだ若いチームですよね。東京五輪で経験を積むメンバーもいるし、今後の期待感はすごく高いチームなのかなと僕も思います」
及川「賛否両論のイングランドも、伸びしろという点ではまだまだ大きいものがありますよね。監督も含めて、ということになるかもしれませんが」
飯塚「結局、サンチョやフォーデン、ベリンガムら若手起用の最適解は見出せなかったし、最後までいまいち正体がつかめないチームだった。それだけに、ポテンシャルはまだまだあるという見方もできるね」
前田「非難されたPKキッカーの件も、ラッシュフォード、サンチョ、サカにとっては貴重な経験になったと考えることもできます。タレント力は随一なだけに、存在感を増していくのは間違いないでしょうね」
松尾「逆に今後厳しそうなのは、ベルギーでしょうか。デ・ブライネら黄金世代が、このまま何も掴めずに終わってしまうのか」
中村「今回見ていて、攻め手がカウンターばかりというのが厳しいと思いましたね。デ・ブライネがいないと組み立てられない。使われる側の選手が多すぎるというか」
松尾「ベルギーはチームになっていなかったという印象がありますね。個人技は強烈だったけど、単発で終わってしまったイメージがある」
前田「フランスしかり、どれだけ良いタレントがいても、組織がまとまらないと勝てないんですね。逆にデンマークやチェコはチームがまとまっていたからこそ強かった。マルティネス監督は続投したけど、どういうチームに仕上げるのか見えてこないという課題はずっと残っていますよね」
飯塚「そう考えると、来年のW杯に向けては、今のところ明暗が分かれているよね。ドイツは監督交代によるリセットが決まっているし、フランスも個人頼みをどうにかしないといけない」
藤井「ポルトガルも、チームコンセプトが見えにくかったですよね。若手の台頭はありながら、一方でロナウド、ぺぺなどベテラン組にいつまで頼れるのかもわからない」
飯塚「今回優勝のイタリアを筆頭に、イングランド、スペインが良い流れに乗っている。対して、今回死の組に入った3チームとベルギーは、課題が浮き彫りになった。そこをいかに修正してくるかが、今後W杯に向けての勢力図を左右していくでしょうね」
前田「欧州には、ハーランドやウーデゴーを擁するノルウェーなど、まだまだ未知の強豪もいます。これから1年でどんな勢力図になっていくのか、今から楽しみですね!」
※電子マガジンtheWORLD259号、7月15日配信の記事より転載