[特集/監督で観る欧州蹴球 03]新しい風を巻き起こす元レジェンド達

 選手から指導者の道へ進んだ者はこれまでにも多かったが、近年、引退から指導者への流れがいっそう早くなった印象を受ける。戦術の発展、細分化が進み、現役時代にこうした流れを経験してきた年代の選手が指導者として頭角を現し、各国で興味深いチームを作り上げている。この流れは一種のトレンドであり、今後も続いていくことは間違いなさそうだ。名選手から名監督へ。ポテンシャル十分な青年監督たちが、欧州サッカーをさらに熱くする。

ついに開花したアルテタ流 アーセナルの勢いが止まらない

ついに開花したアルテタ流 アーセナルの勢いが止まらない

ノースロンドンダービーでの2点目のゴールに雄叫びをあげるアルテタ。満員のサポーターに見せつけた、ライバル相手の完全勝利であった photo/Getty Images

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 名選手、名監督にあらず。よく聞かれる言葉だが、一方で名選手が名監督にもっとも近いという考え方もある。現役時代の経験をもとに自身の考えを言語化してチームに揺るぎない方向性を示し、選手にたしかなモチベーションを与える。同じアクションを取るなら、選手時代に無名だった者よりも名選手だった者のほうがより説得力がありそうである。

 ミケル・アルテタは2015-16シーズンにアーセナルで現役を終えると、同年7月にすぐにジョゼップ・グアルディオラ監督が就任したマンチェスター・シティのアシスタントコーチとなった。発想力豊かで既成概念にとらわれないペップのチーム作りを経験し、2019年12月にアーセナルの監督となり、暗中模索していたチームの再建をスタートさせた。

 しかし、その道のりは簡単ではなく、2シーズン続けて8位と満足のいく成績を残せていなかった。今シーズンも3連敗スタートで最下位に転落し、希望を見いだせない状態だった。なにしろ、第3節マンC戦はただただ劣勢を強いられての0-5。この時点では、次期監督が誰になるのか予想しているメディアが多かった。
 ところが、その後はアーロン・ラムズデール、ベン・ホワイト、冨安健洋、アルベール・サンビ・ロコンガなど新加入選手を積極的に起用し、プレミアリーグで無敗を誇っている。9月にはリーグの月間最優秀監督賞を受賞しており、崖っぷちから短期間で生還している。その背景には、新加入選手も含めて、マルティン・ウーデゴー、エミール・スミス・ロウ、ブカヨ・サカなど、アルテタの志向する戦術をピッチで表現する吸収力&実行力を持った若手を中心に編成を組んだことがあげられる。

「まず、チームや選手に対する私の信念。さらに、クラブにいるすべての部門の関係者への私の信念。すべての人々に、私の信念を伝えなければいけなかった」

 これは、クラブから紹介されているアルテタの言葉である。アーセナルの若い選手たちには、こうした意向を汲んで短期間で結果につなげる力があった。具体的には、強度の高いアグレッシブな守備でボールを奪い、素早くゴールを目指すスタイルにあった選手を補強したことが現在の好成績につながっている。そういった意味では、アルテタにはピッチでのプレイをデザインする力とともに、選手個々の特長を的確に見抜く力、自分のスタイルに合った選手を見極める力、クラブ全体をマネージメントする力があったということになる。

 第11節ワトフォード戦での選手たちは、自信に満ち溢れていた。7分には相手陣内の高い位置でエインズリー・メイトランド・ナイルズがボールを奪い、そのままの勢いで前方のアレクサンドル・ラカゼットへパス。ラカゼットのゴール前へのパスはGKに触られたが、こぼれ球をピエール・エメリク・オバメヤンが拾い、ラストパスを受けたサカがゴールネットを揺らした。最後の場面でオフサイドがあってゴールは取り消されたが、強度の高いプレスでボールを奪取し、素早くフィニッシュまでつなげた象徴的なシーンだった。

 なお、この試合では56分にスミス・ロウが決勝点を決めているが、このゴールも相手陣内でビルドアップのボールを奪ったことで生まれている。しかも、マイボールにしたのはCBのホワイトだった。アルテタが指揮するいまの若きアーセナルには、矢印が前方に向いている積極的な守備ができる選手が揃っている。現代のサッカー選手らしく、それぞれ攻守の切り替えも抜群に早い。

 代表ウィーク明けの11月20日に第12節リヴァプール戦が予定されている。ここで勝利すると、若いチームだけにますます勢いを増すと考えられる。

古巣を喰ったヴィエラ 若きパレスも要注意チームに

古巣を喰ったヴィエラ 若きパレスも要注意チームに

2011年に引退すると、そのままシティのアカデミーで指導者キャリアをスタート。ニューヨーク・シティ、ニースの監督を経て、今季からクリスタル・パレスの指揮を任された ヴィエラphoto/Getty Images

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 今シーズンからクリスタル・パレスを指揮するパトリック・ヴィエラも、若い選手を積極的に起用することで各選手がハードワークする好チームを作り上げている。ハイライン、前線からの強度の高いプレス、マイボールは自陣からしっかりビルドアップするなど、いまの選手たちが求めているスタイルもしっかり採用している。

 現役時代のヴィエラは03-04シーズンに無敗優勝を成し遂げたアーセナルのなかで絶対的な存在感を誇るボランチで、ボールを刈り取る力、前方へ運ぶ力がある最先端の選手だった。その後、10-11シーズンにマンCで引退し、そのままアカデミーのコーチングスタッフとなり、リザーブチームの監督を経験。ニューヨーク・シティ、ニースの監督を経て、今シーズンから現職を務めている。

 圧巻だったのは第10節マンC戦で、立ち上がり6分に相手陣内でコナー・ギャラガーが執拗な守備でボールカットすると、ウィルフレッド・ザハと素早く細かくパスをつなぎ、最後はザハが先制点を奪った。敵地で先制点を奪ったことであとはショートカウンター、ロングカウンターで追加点を狙えばよく、チーム全体が意思統一された戦いを続けた。

 終了間際の88分には狙いどおりにロングカウンターからギャラガーが決め、昨シーズン王者を2-0で下した。マンCのアカデミーで指導者としてのキャリアをスタートさせたヴィエラが、相手チームの監督として凱旋し勝利を収めた一戦で、数年後、ヴィエラは逆サイドのベンチに座っているのでは……と想像させる勝利でもあった。

ジェラード、シャビも4大リーグへ 新たな時代が始まる予感

ジェラード、シャビも4大リーグへ 新たな時代が始まる予感

カタールではバルサのDNAを感じる[4-3-3]のみならず攻撃的な3バックシステムも採用しており、古巣での采配が注目されるシャビ photo/Getty Images

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 スコティッシュ・プレミアシップでは、リヴァプールの英雄だったスティーブン・ジェラードが18-19シーズンからレンジャーズの指揮を執り、就任3年目にセルティックの9連覇を阻止して10シーズンぶりの優勝を成し遂げている。ジェラードが作り上げたのは[4-3-3]を基本とする守備の強度が高いアグレッシブに戦うチームで、32勝6分け0敗、92得点13失点という完全優勝だった。

 16年に引退したジェラードは、17年にリヴァプールのアカデミーで指導者としてのキャリアをスタートさせた。ユルゲン・クロップがトップチームの監督に就任したのが15年なので、このときリヴァプールはすでにクロップのスタイルがアカデミーまで浸透しており、ジェラードに影響を与えていることは容易に想像がつく。

 そして先日、レンジャーズで結果を出していたジェラードをついにアストン・ヴィラが引き抜いた。スコットランド『Daily Record』紙では噂の段階からすでに具体的な違約金が紹介されていて、その額は200~300万ポンド( 約3億円~4億5000万円)となっており、現実味のある話であった。誰もが知るレッズのレジェンドが、監督としてプレミアリーグに帰ってくることになったのは非常に楽しみだ。

 もうひとり注目なのが、バルセロナの新監督となったばかりのシャビ・エルナンデスだ。彼も引退から短い期間で結果を出している。19年にアル・サッド(カタール)で引退すると、そのまま監督に就任。現役時代にルイ・ファン・ハール、フランク・ライカールト、グアルディオラなどの指導を受けてきたシャビには、勝者のメンタリティーがあり、勝つための方法が頭、身体に植え付けられている。あとはいかにアウトプットするかで、アル・サッドでは圧倒的な強さをみせ、20-21のカタール・スターズリーグに19勝3分け0敗、77得点14失点で優勝している。

 ただ、いまのバルセロナはシャビがプレイしたころのスター揃いのバルセロナではない。ラ・リーガでは4試合勝利がなく、第13節セルタ戦は前半を終えて3-0でリードしながら、後半に3失点するという勢いのなさを象徴する一戦となった。さらに、前半終了間際にアンス・ファティが太ももを痛めて途中交代し、全治4~6週間となっている。

 ファティだけでなく、バルサは離脱者が多い。スペイン『MARCA』紙によれば監督就任早々、「自分たちを信じるんだ」「バルセロナというクラブにいることを誇りに思うべきだ」などの言葉をかけたという。また、シャビは新たな規則をいくつか設けたようで、「選手はトレーニング開始1時間半前に集合すべし」「規則を破った者には罰金を課す」「試合2日前から深夜の帰宅を禁止する」など、規律の改善から取り組んでいる。本来、バルセロナほどのビッグクラブであればこうしたメンタルや規律へのアプローチを越えた段階からチーム作りができそうだが、このあたりに厳しいチーム事情がうかがい知れる。しかし黄金期を支えたレジェンドだけに、かつてのバルサを取り戻して欲しいというファンの期待値は高いだろう。

 アルテタ(39歳)、ヴィエラ(45歳)、ジェラード(41歳)、シャビ(41歳)。いずれもまだまだ若く、指導者としてのキャリアをスタートさせたばかりだ。現役時代に戦術の発展、細分化を体感してきた彼らが、今後にどんな新機軸を打ち出すか。こうした監督の登場は、サッカーに停滞はなく、今後も進化していくと感じさせてくれる。

文/飯塚 健司

※電子マガジンtheWORLD263号、11月15日配信の記事より転載

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