時代はまわるもので、栄枯盛衰は太古の昔から繰り返されてきた。サッカー界もいつも同じチームが潮流をリードしてきたわけではなく、時代によって主役が変わってきた。バルサだっていいときがあれば、そうではないときがある。これは自然の摂理で、元日本代表監督のイビチャ・オシム氏も「なによりも、頂点(王座)をキープすることが難しい」と語っていた。
とくに、短い助走で勢いのままに頂点に立ってしまった場合は、その座を守ることが難しい。幸い、バルサは違う。長い年月の間で浮き沈みがあるのは当たり前で、大事なのは振れ幅をいかに小さくするかで、過去のバルサは頂点から下りはじめても、短期間で身体の向きを変え、進む方向を正してきた。
シャビと同じ“血“を持つ在籍10年を越える選手たち
今冬に加入したアウベスら全盛期を知る選手たちが、現在もバルセロナには多く在籍している。原点回帰を目指すチームにとって彼らが重要な存在となる photo/Getty Images
「いまでもバルサの試合をみている。当時(自身の在籍時)とは変わったことが多くあるが、コンセプトは変わっていない」
これはアンドレス・イニエスタがBBCの取材に語った言葉だ。注目すべきは、コンセプトは変わっていないという部分だ。では、ときの流れに関係なく不動のコンセプトとはいかなるものなのか。これに関しては、シャビの言葉を借りるとわかりやすい。
「われわれは常に試合を支配してコントロールしたいと思っているが、今日は逆だった」(昨年12月8日CLバイエルン戦後のコメント)
各選手の正確な技術、豊富なアイデアでボールを保持し、自分たちからアクションを起こして勝利するのがバルサで、自陣に釘付けにされるのは望むところではない。新たなスタートを切ったシーズンの序盤からシャビが監督に就任してから間もない期間は、なかなか本来の姿をみせることができなかった。ただ、バルサにはコンセプトを受け継ぐ者たちがいた。シャビ就任後はラ・リーガを5勝3分け1敗と粘り強く戦っている。どうやら、すでに軌道修正が行われ、正しい方向へと向かいはじめている。
根底から崩れることなく再生しつつある要因は、クラブに流れる“血”を知っているシャビの手腕もあるが、かつてチームメイトであり、いまも変わらずに戦い続けるジェラール・ピケ、セルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバ、セルジ・ロベルトといったクラブ在籍10年を越える経験豊富な選手たちの存在が大きい。加えて、昨年11月にはフリーだったダニエウ・アウベスが獲得され、指揮官と意識を共有する選手が増えている。
バイエルン戦後には悔しさを吐露していたシャビだが、2022年1月12日に開催されたスーペルコパ準決勝でレアルに2-3で苦杯を喫したあとには、こんな言葉を残している。
「多くの時間で試合を支配することができた。これがバルサの進む道で、就任から2か月ずっと取り組んできた。われわれは正しい道にいる。自分たちを信じて、努力を続ける」
敗戦のなか手応えを得たこの試合の最終ラインには、ピケ、アウベス、ジョルディ・アルバがいて、アンカーは不動のブスケッツが務めていた。平均年齢は高いが、こうした経験豊富な選手たちがピッチで躍動することでバルサが復調してきたのは事実である。
また、チームコンセプトはピッチの上だけではなく、ピッチの外でも伝えられていくもの。寄る年波には勝てず、いずれの選手もパフォーマンスは衰えていく。とくに、ピケ、ジョルディ・アルバ、アウベスは代わる選手の台頭が待たれるという一面もある。ただ、そうなったとしてもシャビのもと新しい道を進む過渡期を迎えているバルサには彼らの存在が必要だ。
「シャビを監督として迎えることは特別なモチベーションだ」
これは、昨年11月にジョルディ・アルバが残した言葉である。クラブの伝統を受け継ぐ者には、“継承者”としての仕事もある。いまは4選手ともモチベーション高く、ピッチ内外でその役割を果たしている。
姿やカタチは変わってもコンセプトは変わらず
今季の1試合平均タックル数は「2.5」とチームトップの数字を残しているブスケッツ。アトレティコ戦でも2度のタックルでボールを奪い守備陣に安定感を与える photo/Getty Images
ラ・リーガ第23節のバルサ×アトレティコは今シーズン苦しむ両雄の戦いで、今後の趨勢を占う一戦だったが、少し驚きの結果となった。バルサは試合を支配するという大枠のコンセプトのなか、素早いトランジション、各選手のポジションが流動的ないまの時代にマッチしたパフォーマンスをみせて4-2で勝利してみせた。ピケ、アウベス、ジョルディ・アルバ、ブスケッツなど経験豊富な選手たちがスタメンに名を連ねながらである。
顕著だったのは両サイドバックの動きで、とくに右でプレイしたアウベスは水を得た魚だった。左サイドにボールがあるときはボランチの右サイドにポジションを取り、ほぼピッチ中央でボールを受け、自由にさばいていた。右サイドにはペドリ、アダマ・トラオレがいて、これらの選手がワイドなポジションでボールを持ったときはインナーラップし、高いポジションを取る。あまりにも楽しそうにプレイしており、時代がやっとアウベスに追いついたのかという印象を受けた。
1点ビハインドで迎えた10分に奪った同点ゴールは、これからのバルサを予感させるものだった。ピケが相手陣内に入ったところでボールを持ち、右サイドに開いたトラオレへ正確な長いパスを出す。同サイドのペドリ、アウベスは縦に走らず、トラオレが勝負するスペースを確保。トラオレが実際に自分で仕掛け、クロスを入れる。いったんはDFにクリアされたが、ここからのトランジションが早かった。
ペドリ、アウベスがボールを持ったジョアン・フェリックスにプレスをかけ、バックパスを出させる。続いてペドリ、トラオレで素早く囲み、コケからボールを奪う。すると、ペドリからトラオレにつないでクロス。このボールが弾き返されると、ペナルティエリア内でアウベスが拾う。この時点でアトレティコの意識は右サイドに集中しており、左サイドには大きなスペースができていて、ジョルディ・アルバが完全にフリーに。ここを目掛けてアウベスがパスを送り、ジョルディ・アルバが左足ボレーシュートでゴールネットを揺らした。
素早いトランジションから攻撃参加した両サイドバックがからんで奪ったゴールで、アトレティコは自陣に押し込まれ、成すすべがなかった。アウベスとジョルディ・アルバ。経験豊富な両名の動きが火をつけたのか、この日はバルサの流動性がアトレティコを駆逐していた。
後半早々の49分にはガビとフレンキー・デ・ヨングで左サイドを崩し、ゴール前へ折り返す。ニアサイドでペドリ、フェラン・トーレスが潰れてボールが中央へ流れると、そこにはなぜかアウベスが走り込んでいて、復帰後初ゴールを決めてみせた。その20分後に、高いテンションのまま危険なファウルを犯して退場になったが……。
ブスケッツの存在もまた、相変わらず効いていた。後方に卓越した戦術眼を持つこの熟練者がいることで、ペドリ、F・デ・ヨングはワイドに開いたり、中央に絞ったりと自由に出入りができる。また、ブスケッツのポジションによってチーム全体の位置取りが決まる面もある。前にいけば距離が空かないように最終ラインも上がり、後方へ下がれば同じように下げる。ブスケッツこそが、いまのバルサに欠かせない選手だといえる。
アトレティコ戦では自分たちでボールを持っているときはもちろん、高い位置から素早く、厳しくプレスをかけることで守備でも試合をコントロールしている時間が多かった。イニエスタが語るように、時代ごとに変化することはある。ただ、姿は変わっても、根本、コンセプトが継承されていれば大崩れすることはない。これからのバルサがそのことを証明してくれるだろう。
バルサには経験豊富な選手たちによって受け継がれていく伝統がある。言い方を変えれば、伝統を受け継いでいく経験豊富な選手たちがいる。強いクラブ愛を持つ指揮官のもとに、同じ意識を共有する選手たちが存在する。バルサは、やはりバルサである。数年後には、なんらかのカタチでイニエスタも帰還しているかもしれない。たしかに一時期ほどの圧倒的な強さはないが、むしろ今後が楽しみな状態である。
文/飯塚 健司
※電子マガジンtheWORLD266号、2月15日配信の記事より転載