キャッシュリーと罵られたがプロはよりよい条件を求める
イングランドだけでなく、世界を代表する左サイドバックとして名を馳せたアシュリー・コール photo/Getty Images
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「 あいつだけは好きになれない」
「 育ててやったのに、恩を仇で返しや
がった」
評判が芳しくない。イングランドだけではなく、世界中のアーセナル・サポーターから目の敵にされているような印象すらある。
2006年夏、ウィリアム・ギャラス+500万ポンド(約9億5000万円・当時のレート)という条件でアーセナルからチェルシーに移籍したアシュリー・コールは、“キャッシュリー” と罵られた。うまいことをいうものだ。「おカネ大好き人間」「カネの亡者」とでも意訳すればいいのだろう。
しかし、プロならばよりよい条件を求めるのは当然だ。清貧は聞こえこそいいものの、貧しい生活などだれも望んではいない。男として生まれたかぎりは豪華な家、高級車、そして美しく、ナイスボディな伴侶を手に入れたくなる。チェルシーに新天地を求めたA・コールに罪はない。
おそらくキャッシュリーは、嫉妬が産んだ造語だ。人はだれもが成功者を羨み、心の中で尊敬こそすれ、表面上は忌み嫌う。なーにカッコつけてんだか……。ちなみに筆者も成功者が羨ましくて仕方がない、嫉妬の権化である。
アーセナルの一軍にすぐ適応 無敗優勝にも尽力している
03-04シーズンはリーグ戦32試合に出場(4アシスト)し、無敗優勝に貢献。切磋琢磨したクリシー(左)と喜びを分かち合う photo/Getty Images
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A・コールの才能にいち早く気づいたのが、アーセン・ヴェンゲルだった。ティエリ・アンリ、パトリック・ヴィエラ、セスク・ファブレガスなど、ダイヤの原石を発掘する類稀なる慧眼を持つフランス人の名伯楽は、まだ10代の左サイドバックに興味津々だった。
A・コールがアーセナルの下部組織、ローン先のクリスタル・パレスでプレイしていた当時から入念にチェックし、ヴェンゲルみずからも積極的にアドバイスしていたと伝えられている。
2000年夏、トップチームに昇格したA・コールは瞬く間にフィット。アンリやロベール・ピレスと左サイドからの崩しに貢献するとともに、一対一も強かった。ポジショニングにすぐれ、相手が嫌がる微妙な駆け引きも会得していたため、身長176センチ・体重66キロとプレミアリーグでは小柄な部類に入るからだでもビクともしない。
もちろん、天性のスピードと柔軟性でドリブラーとの勝負でもつねに主導権を握り、03-04シーズンの無敗優勝にも尽力している。
フットボールに大きな影響 百戦錬磨の名将が揃って絶賛
11-12シーズンのCL決勝。PK戦までもつれ込んだバイエルンとの激闘を制し、初のビッグイヤーを手にした photo/Getty Images
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06年、チェルシーに移籍してジョゼ・モウリーニョ監督と出会い、守備意識はさらに磨かれていく。ペトル・チェフ、リカルド・カルバーリョ、ジョン・テリーとともに築く守備陣はまさしく鉄壁。彼らを破壊するために多くのクラブがアイデアを絞ったが、大半は徒労に終わっている。
また、攻撃参加にも見るべきものがあり、正確なクロスは各方面で高く評価された。しかもインナーラップして、ゲームの組み立てに関与(頻度は低かったが……)していたのである。この表現すら存在しない時代に、なおかつ守備的なフットボールを旗印に掲げるモウリーニョのもとで、だ。なんという革新的な選手だ!
「 わたしにとって史上最高の左サイドバックは、後にも先にもアシュリーしかいない」
モウリーニョが絶賛している。
つい先日、ワトフォードの監督に就任したロイ・ホジソンも称賛の言葉を惜しまない。
「60年近くフットボールを生業としてきたが、アシュリーほどの左サイドバックは見たことがない」
チェルシーでA・コールを指導したカルロ・アンチェロッティ(現レアル・マドリード監督)も絶賛していた。
「パオロ・マルディーニに匹敵する世界最高の左サイドバックだ。DFという理由だけでバロンドールに選ばれなかったが、その後のフットボールに与えた影響は非常に大きい。もし、彼らふたりの攻撃的なスタイルが成功しなかったら、近代フットボールはかなり守備的になっていたと確信している」
百戦錬磨の名将たちが、揃ってA・コールの名を挙げている。筆者も史上最高の左サイドバックは彼とマルディーニが双璧で、スピードではA・コールが上と考えている。ロベルト・カルロスは継続性に一抹の不安があり、エリック・アビダルの最盛期は5~6年だ。A・コールは10年以上、第一線で輝いていた。
メジャータイトルはチェルシーで得たチャンピオンズリーグ(11-12シーズン)だけだ。ユナイテッド、リヴァプール、チェルシーの三派に分かれていた当時のイングランド代表は、期待を裏切ってばかりいた。
しかし、A・コールの素晴らしさは名将たちが証言(先述)したとおりである。
いま、イングランド人の左サイドバックで一、二を争うベン・チルウェルとルーク・ショーはともにスピード感に欠け、コンディション面にも不安がある。
偉大なる先人はつねにハイパフォーマンスを維持し、ビッグファイトになればなるほど、存在感を誇示していた。
文/粕谷 秀樹
※電子マガジンtheWORLD266号、2月15日配信の記事より転載