[PREMIER英雄列伝 #8]近代フットボールのCBに求められる全要素を満たした男 素早く賢く、喧嘩も強い リオはまさしくリーダーだ
最強のユナイテッドには“真の5番” が存在した
流血もなんのその。終了のホイッスルが鳴るまで熱き魂をピッチで見せ続ける闘将 photo/Getty Images
降格圏内に引きずりこまれそうなエヴァートンにも0-1(今季第32節)で敗れるのだから、なんといえばいいのやら……。勝利へ意欲がまったく感じられない。ダビド・デ・ヘアが「なにが起きているのか分からない」と途方に暮れ、ラルフ・ラングニック暫定監督もがっくりと肩を落としてこう言った。「チャンピオンズリーグの出場権獲得は難しくなった」
マンチェスター・シティとリヴァプールに大きな大きな差をつけられ、チェルシーよりもはるかに劣る。マンチェスター・ユナイテッドに昔日の面影はなく、フットボールのフの字すら知らないSNSの使用者にまで笑いものにされる始末だ。
とくにハリー・マグワイアは、“偽5番” なるありがたくないニックネームまで頂戴している。革新的な意味合いの偽9番や偽サイドバックとは異なり、「センターバックとしての体をなしていない」という意味だ。スピード感を著しく欠き、キャプテンでありながら、チームの窮状を救うガッツも持っていない。失点したり、ポイントを落としたりしたときの泣きっ面は情けなさすぎる。
かつてユナイテッドには、名将アレックス・ファーガソンが「史上最強」と自負した2000年代中期のチームには、“真の5番” が存在した。
リオ・ファーディナンドである。
覇権奪還の切り札としてファーガソンが最高額を
名将ファーガソンの目に留まり、2002年夏にユナイテッドへ加入 photo/Getty Images
素早く賢く、喧嘩も強い。ロッカールームでもピッチ上でも、まさしく頼れるリーダーだった。フィードの精度もすこぶる高く、リオの右足から放たれる中長距離のパスで局面打開。ウェイン・ルーニーが、クリスティアーノ・ロナウドが、カルロス・テベスが敵陣を急襲し、瞬く間にゴールを奪うシーンが何度も何度も繰り返されている。
また、空中戦にも強く、ラインコントロールも巧みだった。要するに、近代フットボールのセンターバックに求められるすべての要素を、リオは有していたのである。
名門ウェストハムのユースで育ち、リーズでその才能に磨きをかけたリオは、02年7月にユナイテッドへやって来た。前年、守備の要だったヤープ・スタムがラツィオに新天地を求め、ローラン・ブランが衰えたため、アーセナルとリヴァプールの後塵を拝していた。負けることが世界一嫌いなファーガソンは、覇権奪還の切り札としてリオを獲得したのである。移籍金は3000万ポンド(02年7月のレートで約54億円)。当時のDF最高額だ。
この補強は成功し、ユナイテッドは02-03シーズンのプレミアリーグを制し、その後もつねに優勝争いの中心に位置していた。そしてリオは14年にQPRへ移籍するまでの11年間、CBのポジションをほぼほぼ手中にした。重要性がうかがい知れる。
この男を100とするならマグワイアは50に至らず
怪我に悩まされた晩年。ただ、その時々のベストを尽くし、ダービーではアグエロをも抑え込む photo/Getty Images
03年9月23日、リオは突然のアクシデントに見舞われた。ドーピング検査に必要な検体を提出せず、キャリントンの練習場を後にするミスを犯したのである。あくまでも検体を提出しなかっただけで、違法薬物を使用していたわけではない。
しかし、いつの間にか話に尾ひれがつき、「リオは違法薬物の使用で8ヵ月の出場停止処分を食らった」と誤解している関係者も少なくない。
ファーガソンも自著『MY AUTOBIOGRAPHY』で擁護している。「自分の立場を理解し、十分すぎるほど自覚していたリオが、違法薬物を使うわけがない。禁忌を犯している選手はプレイに乱れ、パフォーマンスにバラつきが生じるものだ」
ファーガソンの証言を借りるまでもなく、リオのプレイはつねに高次元を維持していた。落ち着き払い、新外国人選手や若手の面倒見も申し分ない。検体の不提出は責められても、違法薬物使用はとんでもない濡れ衣だ。
ましてファーガソンは、「選手の行動を逐一報告するように」とエージェントに命じていた。厳しい管理下にあって、違法薬物に手を出せるはずがない。選手に検査を促さず、顔見知りの報道関係者と談笑していたとされる係員にも責任の一端はあるはずだ。
晩年のリオは腰痛に悩まされ、スピード系のアタッカーに手を焼くようになっていた。それでも間合いを図りつつ、相手の長所を吸収するような対応を見せた。全盛期を知る者にとっては寂しかったものの、彼は彼なりにベストを尽くした。
あえて断言しよう。リオがもう少し遅く生まれていれば、ユナイテッドはCBの人材不足を嘆くことはなかったと。この男を100とするなら、マグワイアは50にも至っていない。
文/粕谷 秀樹
※電子マガジンtheWORLD268号、4月15日配信の記事より転載