あえて説明すれば、ドイツはW杯に4度の優勝を誇るサッカー界屈指の強国だ。7大会連続出場にして、日本代表はついにそのドイツと対戦することになった。実に喜ばしいことで、これほど楽しみなことはない。なにしろ、両国のサッカーを通じた交流は長きに渡る。ドイツ人のデッドマール・クラマーさんが日本サッカーの礎を築き、はじめてのプロサッカー選手である奥寺康彦さんはブンデスリーガでプレイした。Jリーグクラブを誕生させるときに参考にしたのは、ドイツのスポーツシューレだった。つまり、ドイツは日本にとって師とも呼べる存在なのである。
フリックが作り出す連動性ある攻守
予選では10戦9勝。アルメニアには2試合で10得点、アイスランド戦は2戦で7得点を記録。第9節リヒテンシュタイン戦は9得点と攻撃力が爆発した photo/Getty Images
現在、日本サッカー協会は欧州に拠点を設けているが、これはデュッセルドルフにある。本当に長く良好な関係を続けており、これまでもそうだし、いまも多くの日本人選手がブンデスリーガでプレイしている。こうした面を考えれば「師」ともいえるサッカー大国、世界屈指の強国との対戦が実現したわけで、本大会で一泡吹かせることが最大のお礼となる。もっとも、ドイツはお礼とは受け取らないだろうが……。
下剋上を成し遂げる可能性を探りたいところだが、欧州予選でのドイツは容赦ない強さを発揮してグループJを1位通過している。北マケドニア、ルーマニア、アルメニア、アイスランド、リヒテンシュタインを相手に、9勝1敗36得点4失点。予選3戦目で北マケドニアに惜敗したが、それ以降は白星と得点を重ね、7連勝と他国の挑戦を寄せ付けなかった。EURO2020を終えて、前任者のヨアヒム・レーヴが退任し、バイエルンを率いていたハンジ・フリックが監督となった。志向するのはボールをコントロールして試合の支配者となり、能動的に多くのチャンスを作り出すアグレッシブに攻撃を仕掛けるサッカーで、欧州予選では引いて守る相手からもゴールを量産することに成功している。
もっとも多く採用したのは[4-2-3-1]だったが、こうしたシステムは最初の各選手の立ち位置、基本となる立ち位置で、実際の試合では中盤の選手はもちろん、最終ラインからもどんどん高いポジションに選手が飛び出してくる。顕著なのはサイドからクロスが入るときにゴール前に走り込む選手の人数で、相手が引いている場合、4人~5人がペナルティエリアに突っ込んでくる。ペナルティエリアどころか、セットプレイの流れでもないのにゴールエリアに3人~4人がいるケースもある。
守備でも試合を支配することを狙っていて、高いポジションから連動性のあるプレスをかける。相手が最終ラインからビルドアップしようとすれば、前線、さらには中盤2列目の選手が献身的にボールを追いかけ、ミスが出ればそのままボールを奪って素早くゴールへ。高いポジションで取り切れなくても、パスコースを限定することで守備的MFや最終ラインが前向きの状態でインターセプトする。
守備的な相手には各選手が最適なポジションを取ってギャップを生み出し、スペースができれば次々に選手が突っ込んでくる。ビルドアップを狙う相手には前線から連携の取れた組織的なプレスをかけ、チームでボールを奪って素早いカウンターへとつなげる。いわば、フリックが率いるドイツは展開に応じて勝利に近づく最適なプレイを各選手が選択できる柔軟なチームとなっている。
豊富すぎる攻撃の選択肢 もっとも注意すべき男は
もっとも気を付けるべき男がハフェルツだ。前線で起点となる動きだけでなく推進力のあるドリブルで得点を創出する photo/Getty Images
とくに、いまのドイツは恐ろしいまでの攻撃力、得点力を持つ。なにしろ、前線、中盤のコマが豊富で様々な組み合わせが可能だ。予選初期はセルジュ・ニャブリを1トップに、レロイ・サネ、カイ・ハフェルツが両サイドのウィングを務め、パスセンスに優れるイルカイ・ギュンドアン、ゴリゴリと前線にボールを運ぶレオン・ゴレツカがインサイドハーフを務めるなどしていた。世界屈指のオールラウンダーであるジョシュア・キミッヒをアンカーとする[4-3-3]である。しかし、これは数多くある顔のひとつに過ぎない。
ティモ・ヴェルナーを1トップに、2列目に右からトーマス・ミュラー、ハフェルツ、サネ。守備的MFがギュンドアンとジャマル・ムシアラ。これは今年3月下旬に行ったオランダとのフレンドリーマッチを戦った[4-2-3-1]のときの顔ぶれで、他にもマルコ・ロイス、ユリアン・ドラクスラー、ユリアン・ヴァイグル、ユリアン・ブラントなどがいる。
ハフェルツ、ヴェルナー、ニャブリ、サネはいずれもドリブルで状況を打開できる突破力があり、狭いスペースにぐいぐい仕掛けることができる。ミュラーのスペースを見つけて走り込む神出鬼没の動きも健在で、ルーマニアとのホームゲームではセットプレイから貴重な決勝点をマークしている。
もっとも注意すべきはハフェルツで、とにかく前方への推進力がある。ハフェルツがタテに仕掛けたときは高い確率でゴール前にボールが来るので、まわりの選手が信頼して走り込んでいる。ハフェルツが複数の選手を引き寄せることでギャップが生まれ、フリーの選手が生まれる。北マケドニアとのホームゲームでは前半からこうしたシーンを作り出すことで相手を疲弊させ、後半に4点を奪って快勝している。
1トップを務める選手がただ前線にドンと構えているわけではないのもやっかいだ。ヴェルナーやニャブリ、ときにハフェルツも1トップを務めるが、いずれも常に足を動かし、頻繁に2列目へと顔を出す。かと思えば裏のスペースをしたたかに狙っていて、一瞬の動きで抜け出す。これらはみな2列目でもプレイする選手で、ひとつダメならまた次の動きへとプレイの選択肢を変えて状況を打開しようとする。すなわち、欧州予選でのドイツの攻撃には閉塞感がなかった。
さらにやっかいなことに、独特のリズムがあってボールをロストしないムシアラだけでなく、ルーカス・ヌメチャ、カリム・アデイェミという新顔も台頭している。ヌメチャはドイツ人とナイジェリア人の両親を持つ身体能力の高いストライカーで、深くダイナミックな切り返し、ストライドの長いドリブルでボールを運べる。アデイェミも父親がナイジェリア人で、こちらは俊敏性とテクニックに優れており、サイドからの突破を得意とする。
最終的にこの3名が揃ってW杯の登録メンバーに入るかは不明だが、それぞれ異なる特徴を持つ。こうした事実を考えると、ドイツの攻撃が手詰まりになることはないと言える。
ドイツのつけ入る隙は森保一監督の原点にあり?
W杯予選の第3節で北マケドニアに1-2と敗戦した。カウンターからピンチを招き、最後はゴラン・パンデフに決められて先制点を許している photo/Getty Images
ここまでドイツの強さばかりを紹介してきた。無敵のように思われるが、欧州予選では苦戦した試合もあった。というか、1敗を喫しており、ここに付け入る隙があると考えたいところだ。ドイツが敗れたのは予選3戦目の北マケドニアとのホームゲームで、集中力高く守る相手を崩せず、69%対31%と圧倒的にボールを支配しながら、1-2で競り負けている。
このときの北マケドニアは[5-3-2]で、守備に重心があった。ドイツはルーマニアとのホームゲームでも2-1と苦戦したが、このときのルーマニアも[5-4-1]と後方に人数をかけていた。最終ラインからていねいにビルドアップを狙う相手、堅守速攻の相手、積極的にプレスをかけてくる相手。ドイツはどのタイプにも対応できるが、もっとも苦戦するのはやはりゴール前のスペースを効果的に消してくる相手だ。
ヴェルナー、ニャブリ、ハフェルツといった1トップ候補は、前述のとおり前線にスペースを見出せないときには2列目に顔を出してボールにさわる。この動きに安心して引き出されず、粘り強くゴール前に腰を据えてスペースを与えない。劣勢を強いられるのは当たり前。よほどのことがない限り、失点のリスクを犯して攻撃に人数をかけるべきではない。
なぜなら、ドイツは常に攻撃で数的優位を作ろうとしているため、いざカウンターを受けると一気にピンチになる傾向がある。ロシアW杯では初戦のメキシコ戦で絵に描いたようなカウンターを受け、結果的に敗れている。3戦目の韓国との戦いでも同じ弱さを露呈している。北マケドニア、ルーマニアとの戦いでもカウンターから失点している。恐ろしいまでの攻撃力を誇るが、守備力に関しては過剰なリスペクトをしなくていい。スピードやアジリティに優れる選手は、どんどん勝負を仕掛けることが有効だ。
北マケドニアのゴラン・パンデフ、ルーマニアのヤニス・ハジは、前がかりで手薄になった最終ラインに勝負を仕掛け、個人技でドイツのゴールをこじ開けている。両サイドバックも攻撃参加するドイツの守備は、アントニオ・リュディガー、ニクラス・ズーレ、マティアス・ギンターといったセンターバックに大きな負担がかかっている。ドイツを攻略するには、劣勢を強いられるのは当たり前と割り切って守備に人数をかけ、攻撃は「個」の能力が高いアタッカーに任せる形に持っていくべきだろう。
幸い、森保一監督はもともと[3-4-2-1]の使い手だった。両サイドはもちろん、2シャドーも下がって[5-4-1]になってもいい。勝負を終盤まで持ち込めば、ジョーカーも日本にはいる。守備は組織的に、攻撃は「個」に頼る。これがドイツに一泡吹かせるひとつの方法になる。
文/飯塚 健司
※電子マガジンtheWORLD268号、4月15日配信の記事より転載