[特集/欧州決戦クライマックス 02]昨年はモドリッチ、今年はこの男 名実ともに大黒柱となった“完全体ベンゼマ”

万能のストライカーへ ベンゼマを成長させた二度の転機

万能のストライカーへ ベンゼマを成長させた二度の転機

自身で決めるだけでなく、味方にゴールを取らせる技術もあり、世界最高のストライカーである photo/Getty Images

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 R16のパリ・サンジェルマン戦でハットトリック、準々決勝チェルシー戦で再びハットトリック、そして準決勝マンチェスター・シティ戦の決勝点。今季のカリム・ベンゼマは神がかった活躍をみせている。34歳にして完全体となった。

 十代のころから破格の才能は示していた。リヨンのエースだった若きベンゼマは「フェノメノ」と呼ばれたロナウドとよく似ていた。ボールを持ったらドリブルで突き進んで得点を決める。猛烈な加速力、トップスピードでの柔らかいボールタッチ、DFのチャージをものともしないフィジカルの強さは、彼が憧れたブラジル人にそっくりだった。

「才能は申し分ない。だが、それだけでは十分ではない」(ジョゼ・モウリーニョ)
 レアル・マドリードに移籍してきた当初はゴンサロ・イグアインにポジションを奪われ、プライベートでも問題を抱えてブレイクできなかった。遅刻など怠慢な態度をモウリーニョ監督に叱責されたという。

 転機となったのは3年目。体重を8キロ落とし、21ゴールでリーグ優勝に貢献する。クリスティアーノ・ロナウド、ガレス・ベイルとともにBBCと呼ばれたアタックラインを形成し猛威を振るった。ただ、このころはまだ完全体になる以前のベンゼマだ。

 すでに才能だけのFWではない。ドリブルで突っ走るのではなく、中盤で接合点となり、サイドに流れてDFを引きつけ、ポルトガル人左ウイングがスコアリングポジションに入るためのスペースを作るようになっていた。個人プレイヤーだったリヨン時代とは見違えるようなチームプレイヤーに変身していた。

 二度目の転機はロナウドのユヴェントスへの移籍である。ロナウドの脇役からエースストライカーの重責を担う立場になる。そして見事に期待に応えた。

 繊細なワンタッチゴール、豪快なボレー、パワフルなヘディング、もともとトレードマークだったドリブル突破からのシュート。さらにゲームメイクもアシストもやり、CR7を継ぐ左ウイングとして成長したヴィニシウスと新たな関係を築いて強力なデュオとなった。

 BBCのベンゼマはまるで「偽9番」のようだった。バルセロナにおけるルイス・スアレスと似た立場でもある。レアルではロナウド、バルサはリオネル・メッシが絶対的なエースで、チームは彼らに得点させるために動いていた。本来はCFにチャンスボールが集まるはずなのだが、当時のレアルとバルサではウイングが得点源だったため、CFは第二ストライカーだったわけだ。そこでベンゼマはロナウドとチームを助けるためのプレイを覚えた。この時期がなければ、現在のベンゼマもなかったかもしれない。

 名実ともに主役となったベンゼマは、もう得点機会を譲る必要はない。ラストパスの第一ターゲットになったことで決定力を存分に発揮するようになった。ロナウドに「いい場所」を提供し続けたベンゼマは、どこにいれば得点できるかすでに知っている。パーフェクトなチームプレイヤーに成長していたところに、本物の9番としての得点力をプラスし、30歳を超えて完全体へと進化していった。

ベンゼマから消えた”危うさ” 真の完全体となったマドリードの王

ベンゼマから消えた”危うさ” 真の完全体となったマドリードの王

CLラウンド4マンチェスター・シティ戦でもベンゼマは大活躍だった。2 戦合計3ゴールとその勢いは止まらず、プレミア王者を粉砕している photo/Getty Images

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 ベルベル系アルジェリア人の両親、8人兄弟、リヨン郊外で育った生い立ちは、典型的なフランスのスター選手のものだ。都市郊外に暮らす移民系家族からしか代表選手は生まれないといっていいぐらいなのだが、それゆえの難しさもある。ベンゼマも才能に溺れ、若くして得た富と名誉をコントロールできないまま消えていく危険は十分あった。

 才能はその選手がどこまで行けるか「可能性」を示しているが、実際にそこまで到達できるかどうかは才能以外の部分にかかっている。例えば、いくらドリブルが上手くても守備ができない選手は90分間のほとんどの時間でチームに負荷をかけてしまう。才能以外の部分も、せめてプレイするリーグの平均レベルはないと試合に出ることさえ難しくなる。

 ベンゼマは典型的な「才能だけ」の選手だった。しかし、脱落寸前で一念発起して才能以外の部分を磨いてみると、そこに別の才能が埋もれていることがわかった。素晴らしい万能アタッカーとなり、ロナウドという重石がとれるとレアル・マドリードの大エースとして君臨できた。実際、ベンゼマの代役になれる選手は今のレアルにはおらず、ベンゼマを欠いて臨んだ3月のエル・クラシコは0-4と大敗。逆にCL準決勝のマンチェスター・シティ戦2ndレグではベンゼマが1G1Aの大活躍を見せ、歴史に残る逆転劇でチームを決勝へと導いた。

 今のベンゼマは偉大なアルフレード・ディ・ステファノを思わせる。つまり、「マドリディズモ」の体現者として奇跡を起こせる存在だ。

「 マドリード主義」は曖昧な言葉で、マドリード市民ですら明確には定義できないのだが、サンチャゴ・ベルナベウ会長とディ・ステファノの時代からそれがあることは皆知っている。今季のCLにおける逆転連発の合理的な説明はつきにくいが、スタジアムのファンと選手たちはどんな逆境でも勝利を疑っていない。レアル・マドリードが依って立つマドリディズモの主役となったことが、ベンゼマが真の完全体になったといえる根拠である。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)269号、5月15日配信の記事より転載

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