[PREMIER英雄列伝 #10]負の要素の向こう側 モウリーニョとの出会いは大きなプラス テリーは世界的なDFに変貌を遂げた!

ベビーフェイスではなくダークヒーローでもない

ベビーフェイスではなくダークヒーローでもない

闘志あふれるプレイで欧州屈指のDFと評されたジョン・テリー photo/Getty Images

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 品行方正ではない。

 知人のガールフレンドを寝取ったり、ロッカールームで政治力を駆使したり、クイーンズ・パーク・レンジャーズに所属していた当時のアントン・ファーディナンド(リオ・ファーディナンドの実弟)に、差別的な発言を浴びせもした。

 また、父親がパキスタン系の男性を侮蔑し、なおかつ暴行した。サッカー少年の親御さんにすると、絶対にめざしてほしくないタイプである。
 もちろん、ベビーフェイスではない。ダークヒーローでもなければ、一流のヒールというわけでもない。悪役であるならば、ズラタン・イブラヒモビッチ(ACミラン)のように堂々と振る舞うべきだが、周囲を圧倒するようなムードは醸し出せなかった。

 ジョン・テリーである。

 不貞、不遜、不道徳……。もう、どうしようもない。ガールフレンドを寝取られたウェイン・ブリッジ(元イングランド代表)は「一生、許さない」といまでも怒りを隠さず、A・ファーディナンドの一件はテリーのキャリアに深い傷跡を残した。

「将来はチェルシーの監督になりたい」

 テリーは古巣への復帰を待望している。そのための手段として、アストン・ヴィラのコーチを3年ほど務めた。恩師ジョゼ・モウリーニョの影響か、ポルトガル語を学び、イングランド以外のエッセンスも採り入れようとしている。意外にも研究熱心だ。

 しかし、「差別主義者が監督、コーチになれるのか」という疑念は晴れず、21年7月にアストン・ヴィラを去った後、どこからもオファーはない。現役当時の後ろ盾だったロマン・アブラモビッチはチェルシーだけでなく、イングランドからも追われた。テリーを雇い入れるクラブはあるだろうか。

不遜な若造だったけれど熱意はひしひしと伝わる

不遜な若造だったけれど熱意はひしひしと伝わる

どんな状況でも最後まで諦めず、身体を投げ出して、ときには顔面すら犠牲にして全力でシュートを阻止する photo/Getty Images

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 チェルシーの下部組織で育ったテリーは、個性豊かな先輩を目の当たりにしてきた。とくに印象的だったのが、デニス・ワイズだという。口八丁手八丁の曲者で、多くの選手が「最も嫌な相手」に挙げていた。

 なにしろ狡くて汚い。すれ違いざまに唾を吐いたり、股間をつかんだり、勝負のためなら手段を選ばなかった。かなり歪んでいるが、かつてのイングランドにはこうしたタイプも少なくなく、なぜかサポーター間で人気があった。

 もうひとり、多大な影響を与えたのがマルセル・デサイーだ。フランス代表やACミランでも幾多の修羅場を潜り抜けてきたこの男に、テリーは次々に質問を浴びせた。

「 不遜な若造だったけれど、うまくなりたいって熱意はひしひしと伝わってきた」

 デサイーが述懐したように、テリーはワールドクラスのDFからプロのノウハウを学んでいた。
 
 そして04年夏、モウリーニョと出会った。

「人に強いだけ」

「旧タイプのストッパー」

 イングランドのメディアはテリーを評価していなかった。ビルドアップに貢献できるR・ファーディナンド(前出)に比べると、洗練さを欠いていた。

 しかし、モウリーニョの教えで駆け引きが巧みになり、04-05シーズンにFCポルトからやって来たリカルド・カルバーリョの存在も大きかった。ポジショニングにすぐれ、幅広いエリアをカバーできるカルバーリョと、対人能力と駆け引きに秀でたテリーの補完性は抜群だった。

 このシーズン、チェルシーはわずか15失点。いまだに破られていないリーグ記録だ。GKペトル・チェフ、ディフェンスマスターの異名をとったMFクロード・マケレレの存在も捨てがたいとはいえ、ゴール前で堅陣を張ったテリーとカルバーリョの尽力により、チェルシーは60年ぶりのリーグ制覇を達成した。

チェルシーを心から愛し、10年以上も定位置を守る

チェルシーを心から愛し、10年以上も定位置を守る

名将モウリーニョとともにさまざまなタイトルをチェルシーにもたらした photo/Getty Images

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 冒頭で述べたように、ピッチ外で多くのトラブルを起こした。ルイス・フェリペ・スコラーリとアンドレ・ヴィラス・ボアス、ラファエル・ベニテスの退団は、テリーが主導したと伝えられている。

 07-08シーズンのチャンピオンズリーグ決勝では、決めれば優勝というシチュエーションでPKがポストに嫌われる。歴代の名選手に比べると、なぜかテリーは負の要素が多い。

 しかし、モウリーニョは絶賛している。

「 ケガや累積警告、突発的なアクシデントなどをクリアし、ジョンはつねにコンディションを維持してきた。だれにでもできるわけではない。しかも彼はチェルシーを心から愛してきた。もっともっと、高く評価されてしかるべきだと思うがね」

 滅多に人を褒めないモウリーニョの評価である。嘘、偽りはないのだろう。ピッチ外のトラブルはともかく、チェルシーの歴史に名を残す選手のひとりであることは間違いない。

 03-04シーズンから10年以上、センターバックのポジションをだれにも譲らなかったのだから大したものだ。04-05シーズンはプロ選手協会の年間MVPにも選出。テリーのほかにこの栄光に浴したDFは、ポール・マグラー(アストン・ヴィラ/92-93)、18-19シーズンのフィルジル・ファン・ダイク(リヴァプール)の3人しかいない。

 筆者も少し、ほんの少しだけ、テリーを見直す気になってきた。

文/粕谷 秀樹

※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)270号、6月15日配信の記事より転載

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