J1も折り返し地点を過ぎ、横浜F・マリノス、鹿島アントラーズ、川崎フロンターレが首位争いを演じている。それに続くのがサンフレッチェ広島、柏レイソル、セレッソ大阪。昨季はそれぞれ広島が11位、柏が15位、C大阪は12位と、いずれもボトムハーフに沈んでいた。しかし、今季は下馬評を覆して3強を追撃する勢い。こうしたチームが躍進するのが、J1の面白いところだ。
広島、柏、C大阪はそれぞれプレイスタイルが違っているが、何が3チームを躍進させているのか。共通点を探っていくと「強度」というキーワードが見えてきた。
広島が確立する“ドイツ式”は速攻のためのポゼッション
広島で10番を背負う森島は、司令塔としてチームをけん引。第21節終了時点で、18試合5得点1アシストを記録 photo/Getty Images
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第21節時点で4位につけている広島は、ミヒャエル・スキッベ監督の戦術が整合性を見せはじめた第4節のFC東京戦から安定感が出てきた。この試合自体は1-2で敗れていて、次の川崎戦も0-2で連敗しているのだが、その後は3連勝。さらに第14節からは4連勝し、横浜FM、鹿島にも勝利している。
スキッベ監督が目指すプレイのポイントは「強度」だ。現象としては、ハイプレスと縦に速い攻撃になるのだが、序盤はそれを実現するための方法が確立されておらず、縦に速い攻撃を仕掛けてボールを失い、ハイプレスにいって外されてカウンターを受けるという悪循環になりかかっていた。ドイツではスタンダードになっている戦い方かもしれないが、広島でそれを実現するには体力が足りなかったのではないかと思われる。
持ち直した要因は、ボールポゼッションだった。むやみに縦へ急ぐのではなく、正確につないで押し込んでいくことで全体がコンパクトにまとまるようになった。押し込んだことでボールを失った後の敵陣でのプレスが効くようになり、奪い返した後の縦へ速い攻め込みもできるようになった。
戦い方が定まると同時に、先発選手も確定していった。とくに若手の満田誠と藤井智也がチームに力を与えている。ともにスピード、インテンシティに優れ、目指すプレイスタイルとも合致している。[3-4-2-1]のシャドーでプレイする満田は重心の低い素早いドリブル、ボールコントロールの的確さ、わずかな隙をついて放つシュートで攻撃をけん引。守備でも強度が高く、ハイプレス時に重要な役割を果たす。右ウイングバックの藤井はとにかく速い。一歩抜け出てクロスを蹴れるので、藤井に渡せば高確率でクロスボールが入ってくる。満田と藤井は強度と縦への推進力を象徴する存在だ。
1トップには個の突破力に優れるジュニオール・サントス、万能型で周囲を使えるナッシム・ベン・カリファがいる。野津田岳人が攻守を支え、貫録が出てきた森島司が決定的な仕事をする。
優勝争いは横浜FM、鹿島、川崎だが、今季は直接対決もさることながら、それ以外のチームとの戦績がカギを握ることになるだろう。上位3チームとの差がなくなっているからだ。広島は「上位いじめ」の筆頭格といえる。
夏場の暑さという独特な条件があるJリーグで、強度を前面に出した戦法が成立するのかどうか。その意味で、今季の広島は実験的な存在といえる。速さと強度を実現するためのポイントが、技術の正確性と丁寧なポゼッションになっているのはJリーグにおける1つの答えなのかもしれない。
71歳の知将による現代型 若手と新戦力の融合で躍進へ
2019年に2度目の柏就任でJ1昇格へと導いたネルシーニョ監督だが、昨季は15位と低迷。しかし今季は第21節終了時点で、5位と大きく躍進している photo/Getty Images
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昨季まで中心選手だったクリスティアーノ、神谷優太、仲間隼斗、瀬川祐輔が移籍した今季は苦戦が予想されていた。プレシーズンマッチとはいえ、J2のジェフユナイテッド千葉との「ちばぎんカップ」(〇1-0)でも精彩がなく降格候補かと思われた。ところが、開幕してみると最初の7試合で5勝1分1敗と上位につける。
2020年に大活躍したオルンガが抜け、昨季途中で江坂任も浦和へ移籍。攻撃の核となる選手がいなくなった昨季は、立て直しができなかった。そこへもって主力の放出は不安材料しかなかったわけだが、若手や新戦力を活用してまとめ上げたネルシーニョ監督の手腕はさすがである。
71歳の大ベテラン監督だが、考え方が若いのだろう。ビルドアップなど現代風にアップデートされている。もともとヴェルディ川崎で日本でのキャリアを始めた26年前からパソコンにデータを打ち込んで駆使するなどモダンな監督でもあった。
[3-5-2]システムの堅守速攻型。守備の安定がベースになっている。上島拓巳を3バックのセンターに起用し、センターバックだった大南拓磨を右ウイングバックに移したことでより安定感が増した。アンカーに椎橋慧也が定着して攻守の要となっている。
攻撃は細谷真大がスピードとコンタクトの強さを利して活躍。新加入の小屋松知哉もアグレッシブなプレイをみせている。攻撃の中心はマテウス・サヴィオだ。キープ力とアイデアのあるパスでチャンスをつくる。
基本的には5バックで守ってからのカウンターだが、それだけではなく自陣でのビルドアップも上手く、組み立てでは3人が絡むパスワークのオートマティズムもある。堅守速攻型ではあるが、それ一辺倒でないところが強みだろう。守備型だけれども押し込まれっぱなしにはならず、ある程度のバランスを維持できる。ボール支配力のある上位に食い下がれる力を持っている。
シンプルな攻撃に脅威加える、強度と運動量の徹底
今季、長崎から加入して右SHで存在感を発揮する毎熊。学生時代はFW、長崎では右SBでプレイした経験を生かし、C大阪では攻守両面で貢献する photo/Getty Images
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前がかりの広島、後方に重心を置いてカウンターを狙う柏と比べると、C大阪は極めてオーソドックスなスタイルといえるかもしれない。形の上では普通の[4-4-2]であり、攻守どちらにも偏りはない。[4-4-2]はミドルゾーンでのプレスとショートカウンター向きのシステムなのだが、それがそのまま表れている。
ある意味、何の変哲もない。だが、それが効果的なのは運用の部分が優れているからだ。とくに2トップの守備面でのハードワークは他チームと比べて突出している。ブルーノ・メンデス、アダム・タガートの外国籍ストライカーをベンチに置き、加藤陸次樹、山田寛人のコンビが先発しているのもハードワークが評価されているからだろう。
2トップだけでなく全体に守備意識とハードワークが徹底されている。個々の運動量、強度がチームの機能性を上げており、原川力、奥埜博亮のボランチコンビは、攻守に力を発揮。パスワークの軸になり、守備のバランスを保ちながら、ここぞという瞬間でのラストパスやゴール前への飛び出しも見せ、チームのエンジンとなっている。
攻撃はシンプルだ。2トップがアクティブで相手を外す動きが多いので、原川や奥埜から2トップへすかさず縦パスが出る。形の上ではいわゆる縦ポンなのだが、相手のセンターバックを攻略していれば、最もシンプルで効果的な攻め込みになりうる。
清武弘嗣は外連味のないスタイルのチームでは、異質な存在だ。ゲーム展開を読めて、卓越したボールコントロールとアイデアで「違い」をつくれる。単調になりがちな攻撃でアクセントをつける選手として貴重であり、コンディションが万全ならカギを握る選手といえるだろうが、全治6週間の負傷が痛い。
推進力のある為田大貴、ジェアン・パトリッキという飛び道具系の左サイドがいて、右サイドはハードワークできる毎熊晟也が定着しつつある。いずれもスピード、運動量があり攻守の強度を生み出している。また、FWタガートやメンデスの投入でゴール前の迫力も出せる。マテイ・ヨニッチと西尾隆矢のセンターバックコンビが堅く、GKキム・ジンヒョンは攻撃面で進歩をみせている。
全体にハードワークによるソリッドな印象だ。上位陣を脅かすチームとして、強度の点で広島、柏との共通項がある。
また、若手の台頭も3チームの共通点だ。広島の満田、藤井、東俊希、柏は細谷のほかにも長身ストライカー森海渡が284分間の出場で4ゴールという高率の得点力を発揮。C大阪も加藤、山田の台頭があった。若い選手の運動量、スピード、パワーという特徴は3チームそれぞれ方法論が違うにしても目指している強度アップに合致している。
横浜FM、鹿島、川崎もインテンシティは高く、広島、柏、C大阪だけが持っている特徴ではなく、強度アップはリーグ全体の方向性としてある。チームとしてそれを上手く表現できているチームが上位を占めていて、広島、柏、C大阪は若手の成長とともに強度を増したので、下馬評の低さを覆す躍進になっているわけだ。
文/西部 謙司
※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)271号、7月15日配信の記事より転載