灼熱の連戦を1勝2分け(第19節から第21節)。数字だけを見ればそれは特筆すべきものではないかもしれない。しかし相手が川崎フロンターレ、鹿島アントラーズそして横浜F・マリノスとなると話は別だ。しかも試合終了間際に同点に追いつかれるなど、展開的には3連勝も十二分にあった。対川崎に至っては今季ダブル(2連勝)を達成。絶対王者を実力でねじ伏せることに成功した。セレッソ大阪の『躍進』には本物の匂いがする。
そのC大阪を率いるのが47歳の小菊昭雄監督である。プロの選手経験はなくアルバイトのアカデミースタッフから指導の道に入り、そこから20数年C大阪一筋のたたき上げ。スカウトなどを経て昨年8月にクルピ監督の辞任を受け、コーチから昇格。実質監督1年目の今季は周囲の不安の声をよそに、確かな手腕を発揮。3強を脅かすまでにチームを成長させた。
川崎戦を控えた猛暑の6月28日、異例の新人監督にその指導哲学やマネジメント術を訊いた。
「小菊で大丈夫か?」の声が最初は聞こえてきた
清武とハイタッチする小菊監督。この一体感が今季のセレッソの強さの秘密だ photo/@CEREZO OSAKA
-まさに今季のセレッソは『躍進』という言葉が当てはまりますね?
「そういっていただけることは非常に嬉しいです。ただ、開幕の3試合で2分け1敗。まだ開幕直後と言えど、降格圏にいるのは嫌でしたね。私が監督になって、実質1年目でしたし、クラブにも不安があったと思います」
-開幕のたった3試合でも、芳しい結果が残せなかったとなると、不穏な空気が流れたんじゃないでしょうか?
「確かに、最初は『小菊で大丈夫か?』という周りの声が、私のところにも届いていました。でも選手は、力強くついてきてくれたんですよ。とても嬉しかったです。スタートは芳しくなかったのですが、これから安定したチームに成長できると確信を持てましたね。選手たちには、キャンプから今日まで、『日常がすべて』と言い続けています。練習はもちろん、食事や休養なども含めて“日常”にこだわって欲しいと。日々の積み重ねを続けていく上で培われたチームとしての姿勢、そこにブレが生じなかった。それが、現在の結果につながっているので、選手たちには感謝しています」
“情”を一切排除 競争を制した選手が試合に出る
練習中に笑顔を見せる小菊監督だが、今季は選手たちに「ドライに接する」ことを心がけているという photo/@CEREZO OSAKA
-昨季の選手起用で情に流されるところがあったとお聞きしてますが、今季はどうなのでしょうか?「昨季は長くコーチとして仕事をしたところでの監督就任でしたので、私自身気持ちを切り替える難しさを感じているところもありました。コンディション的に試合から遠ざかっている選手もいて、思い切ってチャンスを与えられないこともありました。しかし今季はキャンプから横一線でスタートしています。今季は開幕からここまで色々ありましたし、監督として新たな自分自身のスタートを切ることもできました。選手にも正しい競争を促すことができた。長い付き合いの選手もいましたが、そこは一切感情に流されることなく、競争に勝ち上がった選手が試合に出るという哲学を大切にしたシーズンスタートでした」
-小菊監督自身は元々はアルバイトからサッカー指導を始めたという経歴があり、ついついその人間味みたいなものが強調されがちですが……。
「意識しているのは、監督はドライな存在でなければいけない、ということです。選手との距離感もコーチ時代や、昨年の4ヵ月間に比べて、意図的に距離をあけてコーチ陣に任せているところもあります。近すぎると情に左右されるかもしれないし、適度な距離感を自分なりに見つけたつもりです」
-かつてスカウトを担当された香川真司選手から、彼が師事したユルゲン・クロップ監督やアレックス・ファーガソン監督などの立ち居振る舞いに関して、話を聞いたことがあるそうですね。
「 興味深かったです。彼らに共通するのは温かみと冷酷さをあわせ持つこと。チームが勝つために常に逆算していながら、人としてのぬくもりもある。監督として両方が必要だなと感じました。私は選手たちを見ますし、選手も監督やコーチ陣を見ています。互いにリスペクトをもって、細かい言動でも常にいい関係が築けるように心がけています」
今季のセレッソは粘り強い。開幕戦の横浜FM戦(△2-2)をはじめ、先制されながら後半にたたみかけたG大阪とのダービー( ◯3-1)、前半のうちにキャプテンの負傷とオウンゴールのダブルパンチを食らった第17節清水戦(△1-1)など、劣勢から勝点をもぎ取るゲームがいくつもある。加えて、冒頭で述べたように王者・川崎相手にシーズンダブルを達成するなど、勝ちきれる試合も増えてきた。第21節終了時点での得点数32は、横浜FM、鹿島に次いで3位の成績。昨季の混乱が嘘のような一体感があり、確かな結果を残せるチームに変貌している。
今季は未だに連敗なし 粘り強く勝点を拾うチームへ
チームのダイナモである奥埜。酷暑の中の連戦において、彼の運動量とユーティリティ性は欠かせない武器 photo/Getty Images
-第17節の清水戦では主力の清武選手が前半で負傷交代、しかもその後にオウンゴールで先制を許すという厳しい展開でした。その際にハーフタイムでどういう声掛けを?
「 キャプテンが負傷退場。がんばった中での不運な失点。そういう時って、チーム状態が悪いとガタガタ崩れてしまうんですよね。コーチ時代にもそういう経験をしてきました。不安もよぎりましたが、そういう時こそ真価が問われる。前半に清武がケガをするまで再三チャンスを作り、CKも獲得していました。安定した気持ちで1回リセットすれば、後半はいいゲームができると思っていたので、そこを素直に伝えました。ハーフタイムの雰囲気も経験ある選手を中心に、戦う集団、いい顔つきのグループになっていたので、心配なく後半を迎えられました。今季は未だに連敗がないという結果が示している通り、この半年に渡ってチームに雰囲気が良くないとか、やっているサッカーがバラバラだとか一度も思ったことがありません」
-結果を出すために、特に必要な要因は何だと思いますか?
「 日々の準備が大事であることはもちろんですが、試合では、やるべきことを全員が共有し、規律を持って全員で実行することが重要です。例えば、守備の優先順位。我々は高い位置からボールを奪いにいきたい。決してゴールを守るのではなく、ボールを奪う守備をしたい。当然試合の流れもバランスもあります。高い位置からボールを奪う時の守備の規律、そしていつリトリートするかなど、どの守備をすべきかという落とし込みがしっかり共有できていると思います。攻撃では長短のパスをしっかり繋ぎながらゴールを奪いたい。中でも相手の嫌がることをしていかないとなかなかゴールは奪えません。そういったところで私が求める前線の役割も共有できていますし、クオリティも出てきていると思います。更にそれを上積みしていければと思います」
常に先発は安泰ではなく、メンバー外にも可能性がある
舩木のように、負傷者の穴を埋め台頭する選手もいる。第17節清水戦では値千金の同点ゴール photo/Getty Images
-左のSBの丸橋、山中がケガをしている中で、舩木のように出てくる選手も実際にいます。正当な競争がおこなわれ、その結果新しい選手が台頭するといういいサイクルがあると感じます。
「どのポジションにも素晴らしい選手がいます。紅白戦をしても非常にクオリティが高い。シーズン当初からいっているんですが、練習でパフォーマンスの低い選手は『先発で出たから、次の試合の18人に入るとは思わないでくれ。逆にメンバー外だからといって次の試合で先発がないと思わないでくれ』と。実際にそういうことは多々ありました。少しでも気を抜けば即メンバー外なので」
「サッカーには勝ち負けがあり、そこに運も少し関係してきますが、信頼とリスペクト、選手、スタッフ、そしてC大阪ファミリー全員で明るい未来を作りたい。監督に就任してからそう強く思っていました。選手に求める通り、私自身も日常がすべてと思ってやっていきたいと思っています」
小菊監督は「前半戦に点数をつけると、75~80点」と語った。合格点といってよいのだろう。第21節終了時点では6位。「再びアジアへ、リーグ3位以内」という今季の目標も、しっかり捉えることができているようだ。カップ戦も順調に勝ち上がっている。
コーチとして経験した天皇杯、ルヴァン杯の優勝は大切な宝物であり、選手やファンがその感触を覚えているうちにタイトルを獲りたい、と語ったのが印象的だった。そして、ここでタイトルを獲らないと、常勝軍団にはなれないとも。
プロ経験なく、アルバイトからセレッソ一筋だった“生え抜き監督”は、その経験と心で強力な一体感をもつ集団を作り上げた。それがいま、Jリーグに確かなうねりを巻き起こしている。
インタビュー・文/吉村 憲文
※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)271号、7月15日配信の記事より転載