昨季はUEFAチャンピオンズリーグとラ・リーガの優勝を達成したレアル・マドリード。阿吽の呼吸でプレイできるルカ・モドリッチ、トニ・クロース、カゼミロのトライアングルを中心に、絶対的なチームがすでに出来上がっている。一方で、代えの利かない選手たちは高齢を迎えており、チームがより“深化”を果たすためには、スムーズな世代交代が必要となる。名将カルロ・アンチェロッティ監督はこの難題にどう取り組むのだろうか。
完成されたチームに潜むピークアウトの危険
レアルはUEFAスーパーカップを制した。アラバとベンゼマが得点を決める盤石な戦いぶりを見せ、1つ目のタイトルを獲得 photo/Getty Images
すでに絶対的なチームが出来上がっている。モドリッチ、クロース、カゼミロのMFトライアングルがプレイした9つのファイナルはすべて優勝。フランクフルトを2-0で下したUEFAスーパーカップも余裕のある勝ち方だった。
フランクフルト戦の先発メンバーは昨季のCL決勝と同じ。戦い方も変わらない。
GKには今や世界最高といっていいティボー・クルトワ。際どいシュートがそうは見えないほどセーブ能力が図抜けている。昨季、セルヒオ・ラモスとラファエル・ヴァランが抜けて不安視されていたCBはダビド・アラバとエデル・ミリトンが完全に埋めた。右はベテランのダニエル・カルバハル、左にスピードのある左利きのフェルランド・メンディ。カリム・ベンゼマとヴィニシウス・ジュニオールのコンビは攻撃の切り札になった。右はモドリッチとの補完関係が効いているフェデリコ・バルベルデが定着している。
他にも素晴らしい選手たちが控えているが、この11人によるチームの完成度が高い。緩急自在にゲームをコントロールし、何が起きても困らない風格が漂っている。
レアルは伝統的に個の力に依存してきた。しかし、現在のレアルは特定の個のために周囲が働くのではなく、1つ1つの強力な個が密接に関わり合って絶妙のバランスのうえに機能している。クリスティアーノ・ロナウドがいなくなってから万能のエースストライカーとして君臨しているベンゼマの力は大きいが、彼だけのチームではないのだ。逆にいうと、抜けて困る選手はベンゼマだけではない。モドリッチ、カゼミロ、ミリトン、誰が欠けても影響が大きい。
戦術が先にあって、そこへ選手を当てはめていくのではなく、個のパッチワークでチームを作ってきた。昨季の栄冠は、その良さが最大限発揮された結果だった。しかし、それゆえの問題もある。チームが出来上がりすぎているので、どの選手も入れ替えができない。チーム自体がアンタッチャブル化しているのだ。主力選手の年齢からいって、このままの状態を維持しようとしてもそう遠くない将来に必ずピークアウトする。ある日突然、最高だったチームがどん底に落ちてしまう危険が潜んでいる。そのときに代案がなければならない。アンチェロッティ監督はすでに少しずつ世代交代を進めている。
少しずつ壊しながら、新たな完成形を目指す
昨季レアルに加入したカマヴィンガ。リーガデビュー戦でゴールを決めるなど、中盤の世代交代において旗頭となる存在だ photo/Getty Images
昨季は運にも恵まれた。運を味方につけるのもレアルの強さではあるのだが、CLはノックアウトステージになってから、いつ負けてもおかしくない試合が続いていた。
苦戦した原因は、はっきりしている。ハイプレスに威力がないのだ。モドリッチ、クロースに守備面での強度が足りない。基本システムは[4-3-3]だが、ときおりモドリッチとベンゼマが前線に並ぶ[4-4-2]で守備をセットしている。そのときのバルベルデ、ヴィニシウスの守備の貢献は大きく、モドリッチの負担を抑えながらバランスを崩さず守ることはできる。だが、敵陣でのプレスには、どちらもそれほど迫力はない。
どうしても引き込んでの守備になる。そのときのアラバ、ミリトンを中心とする守備の堅さはある。自陣で奪えば、相手のハイプレスを外すパスワークが素晴らしい。そして、相手を前がかりにさせてヴィニシウス、ベンゼマの速さで裏をつくカウンターは脅威だ。これはこれで完成している。ただ、その出来上がったチームでも、パリ・サンジェルマン、チェルシー、マンチェスター・シティ、リヴァプールとの試合はいずれも負けていて不思議ではない展開だった。強力なライバルを相手に引き込んで守れば、劣勢になるのは避けられないのだ。
しかし、これを変えるのは現在のメンバーでは無理である。だからといって、モドリッチ、クロースを使わないわけにもいかない。この2人はチームの頭脳であり、攻撃のメトロノームであり、2人がいないレアルは別のチームになってしまう。
そこでアンチェロッティ監督は、完成されているチームを少し「壊す」ことにした。バルベルデを中盤へ下げ、エドゥアルド・カマヴィンガを投入する。モドリッチやクロースが疲労しきる前に交代させ、チームの運動量と強度を維持していた。ただ、やはり重要な2人が抜けてしまうと、ある程度のクオリティの低下は避けられない。チームの機能はいくぶん壊れる。ただ、それを最小限に抑えることには成功していた。
今季はオーレリアン・チュアメニが加入している。攻守に働けるチュアメニはまさにピンポイントの補強であり、これでモドリッチ、クロース、カゼミロをバルベルデ、カマヴィンガ、チュアメニにそっくり入れ替えることが可能になった。ただし、現在のチームの最重要パーツをそっくり入れ替えるとなると、これは完全に違うチームといっていい。
当面はカマヴィンガ、チュアメニをローテーション起用してフィットさせていくだろう。そしていつの間にかすっかり入れ替わっているというのが理想だ。そのときは敵陣でのプレスが強力なチームになっている。もちろんそのために失われるものもある。チュアメニ、カマヴィンガ、バルベルデの新しいトリオのレアルは、それまでとは違うレアルにならざるを得ないわけだが、その移行期のマイナスをどれぐらい抑えられるかが今季のポイントになるだろう。
出来上がりすぎたチームを壊しながら足していくのはかなり難しい作業だが、老練なアンチェロッティ監督は絵画の修復師のように慎重に世代交代を進めている。おそらく昨季のように何もかも勝ちとることはできない。ただ、無冠に終われば監督が無事で終わるはずがないのがレアルというクラブでもある。スーパーカップですでに1つのタイトルは獲れているとはいえ、CL、リーガ、コパ・デル・レイのいずれかは狙わなければならない。一時的にチームを弱体化させながらのミッションだ。
強固な守備は問題なし 最大の懸案はベンゼマの代役
世代交代を進めながらもタイトル獲得が至上命題となるアンチェロッティ監督。百戦錬磨の指揮官はこの難しいミッションを完遂できるか photo/Getty Images
比較的入れ替えが容易なのはディフェンスラインだろう。弱点とはいえないが、現在のレアルの精密なパスワークにおいて、唯一できることが少ないのが左SBのメンディだ。守備力、スピード、左足のキックで非常に能力の高いメンディではあるが、それほどプレイに幅はない。クロースとアラバが近くにいるのでシンプルにプレイできているが、同じレベルで連携できているわけではない。
ただ、アラバを左SBに移動させれば、簡単に解決できる。その点でアントニオ・リュディガーの補強も大きい。今のところ左右のSBとして起用しているが、リュディガーとミリトンでCBを組めればアラバを左SBに起用できる。守備の要でビルドアップ能力の高いアラバをCBに残す場合でも、リュディガーの加入でナチョに頼ってきたバックアップの層が厚くなる。DFは何も壊さずにローテーションができるパートだ。
最大の懸念はベンゼマのバックアップだろう。
中盤のトリオも力のある選手は揃っている。ダニ・セバージョス、チュアメニ、カマヴィンガ、バルベルデと質も数も全く不足はない。しかし、FWにはベンゼマに匹敵する選手が他にいない。昨季、ベンゼマが欠場したクラシコでは、バルセロナに完敗を喫している。
ベンゼマと似たタイプのCFもいないので、昨季はマルコ・アセンシオやモドリッチの偽9番でしのいでいた。ベンゼマの代役はおらず、いないときは別のチームにならざるを得ない。今季、ベンゼマ不在時の策として浮上しているのがエデン・アザールの偽9番だ。
負傷が続き、新しいスーパースターとして期待されながら活躍ができなかったアザールだが、コンディションが戻っていれば格別な選手ではある。今や絶対的な存在となっている左サイドのヴィニシウスの代役も十二分に務められるはずだ。アザールの完全復活があるのかないのか、少なくともベンゼマ不在のオプションになりうるのか。アザールのローテーションも気になるところである。
モドリッチ、クロース、カゼミロ、アラバ、ミリトン、ヴィニシウス、ベンゼマ……。誰が欠けてもチームは同じではいられなくなる。それほど出来上がりすぎている。だからこそ、レアルが“深化”を果たすためには、この最高のチームを壊しながら作っていかなければならない。非常に難しい作業だ。ただ、それを行うのが百戦錬磨のアンチェロッティ監督なのは救いである。ある意味、現状で最も代えの利かない人物かもしれない。
文/西部 謙司
※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)272号、8月15日配信の記事より転載