[水沼貴史]今季のアーセナルは「夢」を見られる!? 攻守両面で感じるチームとしての「一体感」
水沼貴史の欧蹴爛漫072
第10節では3-2でリヴァプールを撃破したphoto/Getty Images
今季は日程も味方か
水沼貴史です。夏に開幕した欧州各国リーグも早いもので、2022-23シーズンの約3分の1が消化されました。例年以上に混戦模様となっているリーグが多く、今季も大きな盛り上がりを見せていますね。そんな中でも、やはり注目なのはプレミアリーグ。近年リーグを牽引してきたリヴァプールの苦戦、古豪ニューカッスルの躍進……。選手個人に目を向けてみても、プレミア1年目ながら異次元のスピードでゴールを量産するハーランドなど、話題は尽きません。もちろん、力のあるクラブたちが上位に多くいますが、今季のプレミアリーグは「一筋縄ではいかなそう」「いままでとは違うな」と感じています。
そして、そんなプレミアリーグで現在首位に立っているのがアーセナルです。正直、これも今季のサプライズのひとつではないでしょうか。名将アーセン・ヴェンゲルのもとで2003-04シーズンに無敗優勝を成し遂げた名門クラブも近年は非常に苦戦を強いられており、2017-18シーズン以降は欧州最高峰の舞台チャンピオンズリーグに出場すらできていない状況が続いていました。しかし、ミケル・アルテタ体制4年目を迎えた今季、第6節でマンチェスター・ユナイテッドに敗れはしたものの、ここまで12試合を消化して黒星はわずかに1つ。10勝1分1敗の勝ち点「31」と、クラブ史上最高のスタートを切ったのです。今回はそんなアーセナルについて少々お話をしたいと思います。
序盤戦の対戦相手が少し調子が悪かったところもあるかもしれませんが、そういった相手にもしっかりと勝ち切り、すごく良いスタートが切れたことがすごく大きいと思います。ユナイテッド戦に敗れたあとも、今季無敗だったトッテナムとのノースロンドンダービーを3-1でモノにし、連敗を回避。さらに、強豪クラブとの連戦となった翌試合のリヴァプール戦にも勝利(3-2)し、自信を深めました。すごく良い流れが来ているなと感じます。初黒星を喫したユナイテッド戦の次の試合(第7節エヴァートン戦)、苦戦を強いられたリーズ戦の次の試合(第12節マンチェスター・シティ戦)が延期と、負ければ流れが変わりそうなシーンでしっかりと自分たちを見直す時間を作ることができ、嫌な流れに持って行かせないなど、日程や運もアーセナルに流れが来ているように思います。
また、これまでアーセナルは11月から年末にかけて調子を落とすシーズンが多々あり、「魔の11月」のように言われることもしばしば。しかし、今季はワールドカップが開催されるため、この時期はリーグが中断されます。W杯に出場する選手たちがどの程度の疲労を抱えてチームに戻ってくるかはまだわかりませんが、過去のジンクスから見てもアーセナルへの追い風が吹いているかもしれませんね。6日には第15節チェルシー戦も控えていますし、まずはヨーロッパリーグを含めてW杯までの残りの試合でしっかり結果を残すことが大事だと思います。今のチーム状況を見ていると、私個人的にはそれほど悪い結果になるとは思えませんけどね。
今季はチームの雰囲気も非常に良さそうなアーセナル photo/Getty Images
チーム内の「競争」と「一体感」
他にも好調の要因はあると思います。現在のアーセナルはチーム内で、各ポジションですごく良い「競争」ができているように私は感じます。序盤戦ではなかなか出場時間を得られていなかった冨安健洋が昨季の主戦場であった右SBではなく、左SBとして定位置を掴みつつあったりするのもそうですが、これまでにいろいろとあったグラニト・ジャカが攻撃のキーマンになっていたり、両WGのブカヨ・サカとガブリエウ・マルティネッリもしっかり結果を残していたり……。全体的にみて、ポジションを掴んでいる選手たちがチーム内での競争に勝って、そのポジションを守り切るために最善を尽くしているように思います。そして、そういった選手たちからポジションを奪おうとベンチの選手たちも頑張る。新戦力のガブリエウ・ジェズスあたりも、シティ時代には絶対的な信頼を得てコンスタントに使われているという状況ではなかったかもしれません。しかし、アーセナルではアルテタの信頼を掴もうと奮闘し、ここまで全試合に出場しています。みんなが気分よくプレイできているのではないでしょうか。
さらに、「チームのために」というところもすごく見えるようになってきていると思います。特にマルティネッリあたりは、攻撃だけでなく守備でも頑張れますし、昨季の途中ぐらいから本当にチームのために戦える選手なんだなと私は感じていました。みんなが「チームのために」とプレイすることろは、誰でも点が取れる今季のチームを見てもわかると思います(得点数はリーグ2位の「30」)。前に出て行く時も選手を孤立させず、素早くサポートする。今季のアーセナルは常に3~4人が近くの距離にいることで攻撃パターンも豊富で、うまくゲームを進めることができていますからね。点を取ったり、点を取られたりした後に選手たちがササッと集まって話し合いを行ってるシーンなどを見ても、「チーム」としての雰囲気の良さや一体感が感じられます。若い選手が多いチームなので、こういったサイクルができれば良い方向へと向かうと思いますよ。
アーセナルは守備面も好調。クリーンシートこそそれほど多くないかもしれませんが、ここまで11失点はリーグ2位タイの少なさとなっています。今季はウィリアム・サリバがレンタルから戻ってきたことが大きいように感じます。守備範囲が広く、安定感も抜群。それによってベン・ホワイトが右SBに出て、冨安はあまりチャンスがありませんでしたからね。そして、ベンチにはキーラン・ティアニーがいて、現在は怪我で離脱していますが新戦力のオレクサンドル・ジンチェンコもいて、冨安は守備ラインならどこでもできる。先ほどの「競争力」という意味でも素晴らしいチームになっています。実際、選手をうまく回せることで、ヨーロッパリーグのグループステージも難なく突破しましたからね。今季のアーセナルは攻守両面でチームが充実しているように思います。
左SBとして定位置を掴みつつある冨安 photo/Getty Images
アルテタの冨安への信頼は厚い
そして、日本人として気になるのはやはり冨安の現状ではないでしょうか。先ほども述べたように、今季はスタートこそあまりチャンスがありませんでしたが、現在は左SBとしてスタメンに定着。今季リーグ初スタメンとなったリヴァプール戦ではあのモハメド・サラーを完封し、勝利に大きく貢献しました。
試合によっては地元のメディアから厳しい評価を与えられることもありますが、できるからこその期待の表れのように感じます。良い選手に対して要求が高くなるのは、見られ方が厳しくなるのは必然ですからね。メディアの厳しい評価も批判的に感じるのではなく、世界最高峰の舞台であるプレミアリーグで力が認めつつある証拠だと思います。今季リーグ初スタメンということに加えて不慣れなポジションにもからわず、冨安をサラーにぶつけるあたりを見ても、アルテタからの信頼も相当厚いように感じます。そのユーティリティ性や高いレベルで様々なことをこなせる能力、チーム内での評価は揺るぎないものとなっているでしょう。今後も自信を持ってプレイしてほしいです。
ここまでのアーセナルはチームとしての一体感など、これまでとは違った良い部分が見えているので、これをシーズンの最後まで継続して欲しい。それがやれるかどうかで、今季の結果に繋がってくるのではないでしょうか。近年の結果や状況を見て「絶対にこのままいく」とは言い切れないかもしれませんが、19年ぶりのリーグ制覇へ向けて今は「夢」を見たいかなと思います。
それでは、また次回お会いしましょう!
水沼貴史(みずぬま たかし):サッカー解説者/元日本代表。Jリーグ開幕(1993年)以降、横浜マリノスのベテランとしてチームを牽引し、1995年に現役引退。引退後は解説者やコメンテーターとして活躍する一方、青少年へのサッカーの普及にも携わる。近年はサッカーやスポーツを通じてのコミュニケーションや、親子や家族の絆をテーマにしたイベントや教室に積極的に参加。YouTubeチャンネル『蹴球メガネーズ』などを通じ、幅広い年代層の人々にサッカーの魅力を伝えている