カタールW杯が面白かったので、欧州のサッカーも観てみたい。そんなふうに思っている人には、ぜひアーセナルを観ることをおすすめしたいと思う。何せドラマ性にあふれているから、楽しめること請け合いだ。結果がふるわず、チャンピオンズリーグの出場権も獲れなくなっていた近年のアーセナル。ミケル・アルテタ監督が苦節3年で作り上げたのは、日本人選手も所属するプレミアリーグでもっとも若いチーム。Amazonドキュメンタリー『All orNothing』でも描かれるとおり、昨季は健闘しながらも5位に終わるという悔しいシーズンだった。しかしそんなチームが今季ついに花開き、圧倒的な優勝候補と目されたマンチェスター・シティを差し置いて首位を独走。ついにそのまま新年を迎えるところまで来てしまったのだ。
本命シティとの勝点差は5。このままの勢いで逃げ切れば、ついに19季ぶりの優勝が現実となる。プレミアリーグ後半戦最大の見どころは、アーセナルだ。
結果を出すために必要だった強力な守備陣
首位独走のアーセナルは若い力が躍動。どこまで突っ走れるかに注目が集まっている photo/Getty Images
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プレミアリーグ17試合を終えた時点でアーセナルは、14勝2分1敗・勝点44で首位。ここまでは文句のつけようがない成績だ。英『Squawka』が示したデータによれば、16試合消化時点での勝点43という成績が、プレミア歴代3位タイだったそうである。上にいるのはプレミア初の勝点100を達成した17-18シーズンのシティ、史上最速で優勝を決めた19-20シーズンのリヴァプールの2つのみ(ともに勝点46)。同じ勝点43で並んだのが、05-06シーズンに連覇を達成したジョゼ・モウリーニョのチェルシー。圧倒的な成績で歴史に名を刻んだチームに、今季のアーセナルは迫るところまで来ているのだ。
アルテタ監督は昨年12月に、就任4年目に突入した。就任してからのリーグでの成績は8位、8位、5位と、結果を出してきたとは言い難い。しかし、辛抱強くチームを作り変えてきた成果が、今季ついに表れている。
アルテタが就任してから一貫して行なってきたのは、スカッドの「補強」というよりも「入れ替え」だった。メスト・エジル、マッテオ・グエンドウジ、ピエール・エメリク・オバメヤンら問題児気質の選手はすべて放出。アカデミー上がりの選手たちを積極的に起用するようになった。
何より手をかけたのが守備陣で、ソクラティス・パパスタソプーロス、シュコドラン・ムスタフィ、セアド・コラシナツ、ダビド・ルイスらベテランを段階的に放出。アルテタが望むサッカーへの適性を慎重に見極めながら、ガブリエウ・マガリャンイス、ベン・ホワイト、冨安健洋らが獲得されていった。
GKにも、ビルドアップの繋ぎとフィード能力に優れたアーロン・ラムズデールが収まった。ここにキーラン・ティアニーとオレクサンドル・ジンチェンコ、ローンで逞しくなって帰ってきたウィリアム・サリバ、さらにロブ・ホールディングを加えた今季の守備陣容はプレミア屈指と言っていい。アーセナルといえば豪華な攻撃陣にショボい守備陣、なんてのが数年前のイメージだったが、アルテタはまず守備陣を徹底的に改造したのだ。
今季ここまでの失点数は14(リーグ2位)。攻撃時も後ろに残っているガブリエウ、サリバの2枚はとにかく身体能力が高く、スピードと強さで多少強引にでもなんとかしてしまえるタイプだ。サリバがカウンターに追いついてピンチ脱出なんていうシーンが今季はいくつも見られるが、フィジカル能力でこのコンビを上回るのはなかなか難儀である。両名ともに時たまポカもあるのだが、前掛かりな戦い方をする以上は起こりうるエラーであるという考え方が徹底されているのか、切り替えが早く引きずらないのも今季の特長だ。
ベン・ホワイトはサイドバックとして熟練し、今や欠かせない戦力だ。冨安を左サイドに置いて敵のウインガーを通行止めにする、終盤にホールディングを投入して5バックで逃げ切るなど、守備面での戦術の幅は広がっており、守備の改善は躍進の大きな要因となっている。
密なコミュニケーションが息のあったチームをつくる
サカはW杯でも結果を出し、名実ともにワールドクラスの仲間入りを果たした photo/Getty Images
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チームの基本配置はアンカーを置いた[4-3-3]だが、ビルドアップ時は左サイドバックがアンカーのトーマス・パルティの隣に入り、MF化する。これはジンチェンコがシティ時代にもよくやっていた動きだが、左SBがティアニーであっても冨安であっても同じ動きをする。これによりグラニト・ジャカがハーフスペースの高い位置まで押し上がり、右のハーフスペースにはマルティン・ウーデゴー。左ワイドにはガブリエウ・マルティネッリ、右にはブカヨ・サカが開き、中央ではガブリエウ・ジェズスがボールを触りに降りてきたり、スペースを作るための動きを繰り返す。左右のSBはウインガーのスペースを潰さないよう、機を見てサポートに入る。これがアーセナルの攻撃時の基本の配置である。
速くオートマティックなプレイを実現したり、ビルドアップの筋道を作り出していくために、選手の配置や動き方についてはきっちりとルールがある。このあたりは、アルテタが師事したペップ・グアルディオラのチームにも似ている。
上記のような陣形でペナルティエリアを囲い込むまではだいたいどの試合も同じだ。だが、そこから決まったゴールのパターンというものはない。フィニッシュまでは選手の閃きと自主性に任せているように見え、このあたりはアーセン・ヴェンゲルのDNAを感じさせもするのが面白いところだ。
ボール保持時の攻撃の起点は、だいたいサイドである。左のマルティネッリもしくは右のサカにボールが渡ると、攻撃が始まる。多くの場合、両名はサイドで2枚のマークを引き連れることになるが、ここで1枚多く引きつけ、ズレを生み出すことがアーセナルの攻撃の第一歩となる。
右のサカが2人を引きつけ、ハーフスペースで待っているフリーのウーデゴーへ。あるいはタイミングよく上がってきたホワイトを使ってクロス。サカがそのまま仕掛けて2枚のマークを剥がしてしまうこともある。得点パターンは多彩というか、最後は選手同士の呼吸とタイミングで一瞬のスキを突いて決めたようなゴールが多いが、その「呼吸とタイミング」がピッタリと合っているため、結果としてさまざまなシチュエーションでゴールが生まれている。
ちなみに特定のフィニッシャーはおらず、現在2桁得点に達した選手はゼロ。そのかわり選手がまんべんなく点を獲っている。ウーデゴーとマルティネッリがともに7点、サカが6点、ジェズスが5点、ジャカが3点、そのほか全11人の選手が得点を挙げており、総得点は40点(リーグ2位)。総得点45点中の21点をアーリング・ハーランドが決めるシティとはなんとも対照的だ。
守備においても、呼吸とタイミングがカウンタープレスの強度を上げている。ボールを失えばすぐさま2人~3人が連動したプレスをかけ囲い込む、あるいはサイドに追い込んでボールを奪い返す。前線の選手はみな運動量が多くスタミナもあるタイプで、特にキャプテンのウーデゴーはプレスを指揮する姿がたびたび見られるとおり、ファーストディフェンスのキーマンである。追い込む方向や味方の動きも計算に入れたプレスのかけ方は実に巧みだ。
攻撃でも守備でも、ここまで皆が同じ絵を描ける状態のアーセナルというのは近年記憶にない。なぜそうなのか。答えは選手間の密なコミュニケーションにありそうである。昨年10月にエミレーツ・スタジアムを視察してきたが、今季はTVカメラに映らないところでも選手同士、あるいは監督とのコミュニケーションが非常に頻繁に行なわれていることがよくわかった。プレイが止まれば何かを話し合っているし、アルテタが誰かを呼んで指示を出していることもある。攻撃にしろ守備にしろ、その場その場で何をすべきか、意思統一の徹底がアーセナルの抜群の呼吸を生み出しているということかもしれない。
さらに強さの要因を付け加えるとすれば、ホームスタジアムの凄まじい一体感が挙げられる。あれほどの高揚感に包まれたスタジアムというのもなかなかお目にかかれない。現地のファンにとってみればようやく訪れた「祝福のシーズン」であり、期待感はパンパンに膨れ上がっている。今季はホームで未だ無敗、それも一度引き分けたのみであり、ビッグクラブもことごとく破ってきた。今季のエミレーツはまさに“要塞”。アーセナルの好調はファンの後押しのおかげでもあり、それを含めたチームの一体感が要因だと言うこともできるだろう。
気になるのは選手層の薄さ 10番の復帰は鍵を握る
FAカップのオックスフォード・U戦でついに復帰したスミス・ロウ。マイナスのクロスに飛び込んでゴールする昨季の黄金パターンは今季後半も見られるか photo/Getty Images
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では、今季本当にアーセナルは優勝できるのだろうか。
ブックメーカーのオッズも見てみると、『bet 365』では、アーセナルの優勝オッズは2.75倍。シティは1.57倍だ。まあ、そうはいっても最後にはシティが優勝するさ。そう考えている人のほうが多いのかもしれない。大本命になりきれない要因のひとつは、アーセナルの選手層の薄さにあると言うことができる。
アーセナルにはいくつか代えのきかないポジションがあって、バックアッパーに代わると大きく質を落としてしまう。具体的には、アンカーと両ウイングである。
今季唯一の敗戦は第6節マンチェスター・ユナイテッド戦だが、この試合はトーマスが怪我で出場できず、代わりにアンカーをアルベール・サンビ・ロコンガが務めた。しかし強度、配球力の差はトーマスとは歴然であり、チームの出来にも大きく差が出てしまう。この問題は昨季からくすぶったままであり、頼れる守備的MFがもう1枚欲しいところだ。
また、ホームで初めて得点を挙げられず勝点を落とした第19節ニューカッスル戦では、攻めあぐねたにもかかわらずベンチのファビオ・ビエイラもマルキーニョスも投入されることがなかった。彼らは攻撃の切り札となりきれておらず、幾分心もとない陣容なのは確かだ。
そんななか、冬の移籍市場でシャフタールのMFミハイロ・ムドリクの獲得がさかんに噂されているが、確実に期待できそうなのが、10番を背負うエミール・スミス・ロウの復帰だ。サカと並ぶアルテタ・アーセナルの象徴的存在でありながら、開幕からコンディション不良でただひとり波に乗れていなかった22歳がそけい部の手術を経て、いよいよ戻ってきた。昨季10ゴールを記録した彼が本調子となればマルティネッリやウーデゴーの負担も軽減されることになり、ニューカッスル戦のような膠着した試合で流れを変える役割も期待できる。
エディ・エンケティアの好調も大きい。ジェズス負傷離脱により不安が大きかった最前線だが、エンケティアはW杯中断明けから4試合で4ゴール。ジェズスとはまた違った良さも見せており、思ったより心配はいらないのかもしれない。
戦力的にはウイングとアンカーを1枚ずつ、加えてストライカーも補強できれば万全というところだろう。しかし冬の移籍市場は難しいので、うまくいく保証はない。しかも後半戦のヤマ場はもうすぐそこで、ここをどう終えるかで趨勢は変わってくる。
1月16日のノースロンドンダービーを皮切りに、23日にユナイテッド戦。2月に入るとエヴァートン、ブレントフォードを挟んで、16日に優勝争いの直接のライバルとなるシティ戦がやってくる。アーセナルがスパーズ、ユナイテッド、シティに負ければ一気に追いつかれる展開もありうる。逆にこの3戦を1勝2分の勝点5以上で乗り切れば、その他の試合も勝つことが前提だが首位を保ったまま切り抜けることができ、以降4月までビッグクラブとの対戦はない。こうなれば優勝に向けいよいよ視界が開けてくる。1勝2分。今のアーセナルなら十分ありそうである。
いずれにしても、どこまで首位を保って逃げ切れるかが勝負。チームが息切れしないような補強やコンディション調整が万全になされれば、優勝にもっとも近いのは間違いなくアーセナルなのだ。5月を終えたとき、笑っているのは本当に彼らになるかもしれない。
文/前田 亮
電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)277号、1月15日配信の記事より転載