[特集/3人のサムライアタッカー 02]ついに稀代の才能をリーガで解き放つときが来た! 絶好調ソシエダで煌めくプレイを連発する久保建英

 バルセロナのカンテラで育ち、18歳でレアル・マドリードへ移籍。久保建英は幼いころから「日本の至宝」として注目を集めてきた。しかし、2019年の欧州挑戦以降のキャリアは決して順風満帆ではなく、下位に沈むレンタル先のクラブで慣れないスタイルにもがき苦しんだ。

 しかし、今季からレアル・ソシエダへ完全移籍。ようやく腰を落ち着かせるクラブを見つけ、チームメイトにはダビド・シルバという最大のお手本もいる。ついに「日本の至宝」の覚醒のときがきた。ラ・リーガで3位につけるチームの中心として、ここまで違いを見せつけている久保の躍進の秘密に迫る。

パスワークなどに生かされる時間と相手を操る能力

パスワークなどに生かされる時間と相手を操る能力

第7節ジローナ戦で1G1Aの活躍。ゴール後にはチームメイトから祝福される photo/Getty Images

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 久保建英はスペインに来てから最高のシーズンを送っている。おそらくプロになってから最も充実しているのではないか。これは所属のレアル・ソシエダとの相性の良さが大きい。

 レアル・ソシエダはしっかりパスをつないでビルドアップを行い、フィニッシュへのアプローチもパスワークによる崩しがメインだ。ボール運びに安定感があるので、忙しくボールが行き来するような展開にはなりにくい。これまでの貸し出し先クラブは残留争いに巻き込まれていたこともあり、アップダウンの多いゲーム展開の中で久保の技巧は刹那的に発揮されていたにすぎなかった。しかし、レアル・ソシエダでは落ち着いた先の読める展開になっているので、久保の特長が発揮しやすくなっている。

 1つ2つ先の予想ができるパスワークの中で、久保のポジショニングの上手さ、タイミングのつかみ方、狭いスペースでのコントロール能力が発揮されている。そして、ダビド・シルバの存在も大きい。
 ダビド・シルバと久保は非常によく似たタイプだ。背格好も似ているし、左利きで、クリエイティブなプレイぶりはそっくりと言っていいぐらいだ。久保はかつてよく「和製メッシ」と呼ばれていたが、バルセロナ下部組織出身という共通点はあるものの、それほど似ていると思ったことはない。それよりもダビド・シルバこそ、久保がモデルにすべき手本だろう。

 久保も若いころのダビド・シルバも、素早さはあってもメッシほどではない。そのかわり、2人には「時間を操る」能力がある。 相手の予想より少し早める、あるいは遅らせる、あるいは少し遅らせておいて次を早くやる。この能力を駆使するアタッカーを止めるのは非常に難しい。つまり、時間を操れる選手は相手を操れる。

 久保はDFの足の間を抜くシュートが得意だが、これもタイミングを操作して相手に足を出させているから足の間を抜くことができるわけだ。レアル・マドリード戦(第19節)のリュディガーの股間を抜いたシュートはまさにこれだった。

 時間と相手を操る能力は個人技で発揮されるだけでなく、パスワークにも使われていて、むしろこちらが久保の真骨頂だと思う。

あえて密集を作るプレイで相手を置き去りに

あえて密集を作るプレイで相手を置き去りに

第17節ビルバオ戦では1G1Aの活躍で3-1の勝利に貢献。セレブレーションの際にはユニフォームを脱ぎ捨て喜びを爆発させた photo/Getty Images

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 久保が時間を操作できるのは、ベースとしてボールタッチの上手さがある。常に左足の側にボールを置いていて、いつでも触れる蹴れる状態を維持している。ボールが足下から離れないのでDFはタックルのタイミングをつかみにくい。ボールを支配できているので顔が上がるのが早く、それだけ多くの情報をつかみながらプレイできる。

 ドリブルしながらFWの足下にクサビのパスを入れるプレイをよく見るが、それが簡単にできるのはボールが常に自分の支配下にあるからだ。右からカットインして、DFが自分のすぐ側にいても顔を上げてFWの足下にタテパスを入れられる。簡単にやっているけれども、プレイが制限されている中で、相手DFにパスをカットされないタイミングで蹴っている。あそこまで簡単にできるのはチームでも久保とダビド・シルバぐらい。常にボールを支配下に置いているから速くも遅くもできて、相手はなかなかタイミングをつかめないのだ。

 ただ、こうしたベースの技術はベースにすぎない。久保の面白さは、この技術を前提に相手を操る感覚を持っているところである。

 FWへタテパスを入れた後、そのまま久保は自分のパスを追うように走って行く。リターンが来るときも来ないときもあるが、この「出して寄る」動きですでに相手を操っている。この密集へ突っ込むようなプレイはメッシやネイマールも得意としていて、久保に近い年齢の選手ではロドリゴやムシアラもこれができる。ただ、誰でもできるというものではなく、ごく一部の限られたアタッカーしかこのスタイルを持っていない。いわば希少種だ。

 パスを出して寄る、つまり密集を作るプレイでは自らプレイできるスペースを狭めてしまう。だから相応の能力がない選手がやっても効果はない。かえって自分の首を絞めるような結果になってしまうだろう。では、なぜ久保はあえて密集を作るのか。

 簡単に言えば、相手を束にして置き去りにするためだ。

 例えば、ペナルティエリアのすぐ外、中央に3人のDFが並んでいるとする。久保はそこにいる味方の足下へパスを入れて、自らパスを追うように突っ込んでいく。そうすると、DFは必ず「門」を閉める。そうしないとDFとDFの間でリターンパスを受けた久保に通過されてしまうからだが、3人のDFの間に存在する2つの「門」を同時に閉めることはまず不可能なのだ。1つを閉めれば、必然的にもう1つのDFとDFの間は広がってしまうからだ。

 ここで久保の時間を操れる能力が最大限に発揮される。1つの「門」を通過しようとして、相手がそこを締めてくれば、タイミングを遅らせて隣の広がった門のほうへ移動する。そこも閉めてきたら、その外側は必ず開く。こうして時間を操作することで、3人のDFを操り、その隙をやすやすと突いていける。これができるのは前記したとおり、動きながらボールを完全に支配下に置き、顔を上げたままステップを踏みかえ、ボールに細かく触り続けられるスキルの高さがあるからだが、それ以上にDFを操るイメージを持っていることが決定的なのだ。

 ただ、レアル・ソシエダでこの久保の能力は発揮されてはいるが、まだ改善の余地はある。密集化させたことが裏目に出てしまうケースもまだ少なくないのだ。密集のパートナーになっているのは主にスルロットなのだが、ここがもっと機能する必要がある。久保に戻すパスは、DFとDFを結んだラインよりも手前でなければならない。2人のDFのどちらの足も届かない場所。そこにリターンパスを置けないとDFに飛び込まれてクラッシュする。久保とダビド・シルバのコンビが特別なのは、互いに密集でのパスの出し手も受け手もできるからで、こうしたパートナーが増えていくと、レアル・ソシエダの攻め込みはさらに危険なものになるはずだ。

充実してきたフィジカルでダイナミックなプレイも

充実してきたフィジカルでダイナミックなプレイも

第19節レアル戦ではクロースとマッチアップ。当たり負けないフィジカルを披露した photo/Getty Images

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 第19節レアル・マドリード戦でトップ下に起用された久保は成長の跡を見せている。自陣で奪ってからのカウンターで、一気に相手陣内まで運んでいくプレイを何度も披露した。相手とのコンタクトに負けずに振り切る、長い距離を一気に走り抜けていく、そうしたダイナミックなプレイが出るようになった。それだけフィジカル的に強くなっているからだろう。

 守備時のデュエルも強くなっている。球際で勝つようになった。ダビド・シルバと久保はよく似ているけれども、違っている点として足腰の強さがあった。2人ともパワフルなタイプではないが、ぐっと体を沈めたときのダビド・シルバのコンタクトに対する強さやバランスの良さは久保にはないものだ。しかし、この違いもだんだんなくなってきている気がする。足に根が生えたようなダビド・シルバの粘着力には及ばないが、久保も簡単にバランスを崩すことはなくなり、接触プレイにも強くなっているのだ。

 怪我人続出の中、1人でも攻撃を引っ張っていく気概を示していて、今季後半の久保は明らかに一皮むけている。相性の良い強いチームに恵まれ、このまま成長を続けていけばラ・リーガを代表する選手の1人になるのではないか。

文/西部 謙司

電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)278号、2月15日配信の記事より転載

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