[特集/欧州制覇を紐解け 01]欧州制覇の22-23シーズンを徹底分析 完全無欠となったペップ流ポジショナル・フットボール

 プレミアリーグ、FAカップ、そしてチャンピオンズリーグ。マンチェスター・シティは指揮官ペップ・グアルディオラの就任7年目にして初のトレブル(3冠)を達成し、欧州サッカーに新たな1ページを刻んだ。

 特にこれまでタイトル制覇に十分な実力を備えていると見られながらも、手が届きそうで届かなかったCLを獲ったことの意味は大きい。かつては“マンチェスターの弱いほう”などと言われ、2010年代にオイルマネーを背景に成長を続けると今度は“カネでのしあがった成金クラブ”と揶揄された。いくらプレミアで勝とうと、カネがあろうと、やつらにはCLのタイトルがないじゃあないか。そんなふうに言う者もいただろう。しかし欧州制覇を成し遂げたいま、その力と地位を誰もが認めざるを得ない。シティはついに、真のビッグクラブへと名実ともに成ったのである。

ラストピースがついに埋まった 怪物FWは得点力だけじゃない

ラストピースがついに埋まった 怪物FWは得点力だけじゃない

CL決勝でインテルを1-0と破り、ついにシティが欧州の頂点に立った photo/Getty Images

続きを見る

 CL決勝でインテルを倒し、欧州の頂点に立ったマンチェスター・シティ。プレミアリーグのタイトルは幾度も獲ってきたが、3冠となると並大抵ではない。指揮官ペップ・グアルディオラは妥協のない理想のチームを作り上げるために幾年にもわたり取り組んできたが、ついに報われることになった。

 ペップ・シティのスタイルはポジショナル・フットボールと呼ばれる。各選手が数的優位をとれる適切なポジションをとり、連携して動くことで複数のパスコースとスペースを常に作り出す。現代サッカーのロジックを極限まで突き詰めたものだ。

 だが、そのペップの理想を実現するには高い足もとの技術、正確性、戦術理解、それを継続して実行できる献身性を備えていなければならない。そのために常に選手の入れ替えは行われ、適応できない選手は容赦なく切られてきた。ペップ就任最初の16-17シーズンに、リーグ屈指のシュートストッパーだったGKジョー・ハートを切り捨て、足でボールを扱えるクラウディオ・ブラボを迎えたことがあったが、ときに冷酷にも思えるほど選手の質にこだわるのがペップだ。
 時間をかけてDFジョン・ストーンズ、MFベルナルド・シウバ、GKエデルソン、DFルベン・ディアスら現在のコアメンバーを揃えていったが、どうしても埋まらないのがセルヒオ・アグエロに代わる点取り屋の存在だった。昨季はそれを逆手に取り、MFケビン・デ・ブライネやMFフィル・フォーデンをゼロトップ的に起用して変幻自在の攻撃を見せた。しかし、CL準決勝のレアル・マドリード戦やシーズンダブルを喰らったプレミアのトッテナム戦など1点に泣いた試合も多く、多少強引にでも点を取れる純粋な点取り屋は待望されていたのだ。そんな期待を背負って、ついに獲得されたのがFWアーリング・ハーランドだ。

 また、守備要員としてDFマヌエル・アカンジをハーランドとともにドルトムントから獲得した。チームに流動性をもたらしていたガブリエウ・ジェズスやオレクサンドル・ジンチェンコをアーセナルへと放出したが、ペップが叩き込んだポジショナルプレイはチームに浸透しており、結果的に彼らの不在がネガティヴな効果をもたらすことはなかった。他にも昨季から加入が決定していたアルゼンチン代表FWフリアン・アルバレスもチームに合流し、ついにシティはベンチメンバーにまで穴のない完璧な布陣を手に入れたといっていい。

 ハーランドの存在は、まさに昨季のシティに足りなかったラストピースというにふさわしい。前線に194cmの大きなターゲットができたことで、シティは単純にハーランドにボールを集めるだけでも勝てるようになった。ハーランドは第1節ウェストハム戦で挨拶代わりの2ゴールを叩き込むと、第3節ニューカッスル戦から第10節サウサンプトン戦まで7戦連続ゴール、3度のハットトリックを含む13ゴールを荒稼ぎするという離れ業をやってのける。特に、第9節のマンチェスター・ダービーではハットトリック+2アシストという鳥肌ものの躍動でライバルを完全に叩きのめし、その怪物ぶりをあらためて知らしめた。

「ハーランドを見ていると、ズラタン(・イブラヒモビッチ)のようなゴールも、(クリスティアーノ・)ロナウドのようなゴールもある。トップ・オブ・トップのストライカーが一堂に会している。だから危険なんだ。トップストライカーたちが1人になったような、本当に贅沢な選手だ」

 元ユナイテッドのGKピーター・シュマイケルの言葉だ。宿敵も認めざるを得ない、そんな圧倒的なパワーがハーランドには備わっていた。結果、プレミアでシーズン36ゴールという金字塔を打ち立て、アンディ・コールとアラン・シアラーの記録を塗り替えるまでに至っている。

 ハーランドにボールを集めてゴールラッシュ。これをシーズン初めは戦術の退化ととらえる向きもあったが、やがてそれは間違いであることが証明される。よい例がCL準決勝のレアル戦だ。昨季の雪辱をどうしても晴らしたい相手だったが、1stレグではハーランドへの楔を徹底的に潰され、どうにかデ・ブライネのゴールで追いついたもののシュート10本、1-1のドローという不本意な結果に終わる。

 だが続いた2ndレグで、ペップはまったく同じスタメンながらも戦い方をガラリと変えてきた。ハーランドへの楔を狙わず、サイド攻撃に人数をかける。ハーランドはボールと逆のサイドへと逃げるように動き、マークについたCBを釣りだした。その結果、レアルの最終ラインは横に間延びし、空いたスペースをストーンズやベルナルドが突くことでシティは好機を生み出せるようになった。先制点もまさにこのカタチから生まれており、間延びした最終ラインの裏を狙ってデ・ブライネがハーフスペースのベルナルドへスルーパス。ベルナルドはそれをニアへ打ち込んで決定的な1点をもぎとっており、それが4-0のゴールラッシュにつながっている。ハーランドはこの試合ではゴールもアシストも決めていないが、囮の役割を完遂することでチームへの貢献を果たしたのだ。

 また、得点力があり、固め打ちもできるため格下相手には早めに勝負をつけることもできる。複数コンペティションを戦うシティのようなチームにとって、余力をもって試合を終わらせることができるのは大きなアドバンテージであり、シーズンを息切れなく戦うためにもハーランドの獲得はきわめて重要だったということができる。

 強引に得点することも、ポジショナルプレイの鉄則にのっとってチームと連動することもお手の物。ハーランドの加入によって、ペップが追い求めた理想のポジショナル・フットボールはついに完成したのだ。

強力な守備職人アカンジ加入と“偽CB”という新たな概念

強力な守備職人アカンジ加入と“偽CB”という新たな概念

バイエルン戦でのストーンズは、偽CBという新境地を見せファンを驚かせた photo/Getty Images

続きを見る

 ハーランドの加入によってシーズン当初から爆発していた攻撃陣と比して、守備の整備にはやや苦労した。

 シーズン開始当初から10月ごろまでは昨季までおなじみであった“カンセロ・ロール”により、DFジョアン・カンセロを高い位置に上げて攻撃を仕掛けていた。しかしW杯中断前から徐々にカンセロの出場機会は減少する。

 今季のシティはW杯直前になると失点が増えており、11月から年末までは勝利こそしているもののクリーンシートがなくなってしまっている。この時期、プレミアではアーセナルが快調に首位を突っ走っていたため、追いつくためには守備の改善が必要だとペップは考えたのかもしれない。カンセロは11月初頭の第15節フラム戦でレッドカードを受けて退場もしており、やはり守備の安定感では他のDFに一歩譲る。年明け1月5日のチェルシー戦ではハーフタイムで下げられてしまい、ペップは明らかにカンセロを持てあましているのが見て取れた。そしてこの時期に逆にレギュラーに定着したのが、やはり新加入のアカンジだ。

 アカンジはシーズン序盤はCLグループステージなどでスポット的に起用されるにとどまったが、徐々に本領を発揮。6-3と大勝利したマンチェスター・ダービーでCBとして先発すると、次節のサウサンプトンでは右SBとしてスタメン出場。CBタイプと思われていたが、スピードと対人能力の高さはSBとしても十分に通用することを証明した。

 左右のCBに加え、右だけでなく左SBとしても出場でき、相手ウインガーと対峙してもスピード負けしない。そのユーティリティ性は今季のシティの守備をおおいに助けており、冬にカンセロがバイエルンへローン移籍したとき危惧された守備陣の層の薄さは、アカンジがいたおかげで感じることがなかった。

 また、ストーンズの成長も守備のトピックのひとつだ。

 前述のカンセロの移籍によってしばらくは3バック、4バックの併用で戦うことが多くなったシティ。常に敵陣に押し込めるような力の差がある相手であれば攻撃重視の3バックで問題ないが、ビッグクラブが相手となるとやはり後方ケアのために4バックの布陣を敷きたくなる。

 CL準々決勝のバイエルン戦では、ペップとストーンズによって、その最適解ともいえる戦術が披露された。DFがMF化することで攻撃時は3バック、守備時は4バックとなるやり方はペップ自身がパイオニアであり、いまや珍しくもないが、このときのストーンズはCBとアンカーのポジションを巧みに使い分ける動きを駆使した。つまり縦のスライドによってCBとアンカーを兼任するというもので、ストーンズのボール保持技術と、正しいポジショニングをとれる戦術眼とがあってはじめて可能になった新戦術だった。これは“偽CB”という新たな概念を生み出し、以降ペップはこのカタチを多用するようになる。このバイエルン戦で、今季のベスト布陣が完成したといってもいいだろう。

まさに最強スカッド ベンチメンバーまで隙はなし

まさに最強スカッド ベンチメンバーまで隙はなし

2番手のストライカーにはもったいないほどの結果を出すアルバレス。来季はハーランドとの新たなコンビも確立したい photo/Getty Images

続きを見る

 シティの攻撃の中心はやはりデ・ブライネ、守備のキーマンはロドリだ。ハーランドの加入によって、最後尾のエデルソンまで中央に太い一本の幹が通ったように安定感が生まれたが、シティの豊富なバックアッパーたちもチームの安定感に大きな役割を果たしている。

 いや、「バックアッパー」という表現は適切ではないかもしれない。実力的にはどの選手も遜色なく、ペップはメンバーを固定することがあまりない。もちろん上記のような中心メンバーはいるが、来季はどうなっているか、保証は何もないといっていい。何せあの強靭なカイル・ウォーカーでさえ、ケガの影響もあったとはいえ一時は若いリコ・ルイスにポジションを奪われかけたのだ。

 スタメンを脅かす筆頭格がMFフィル・フォーデンだろう。虫垂炎の手術で離脱した時期もあり、本人にとっては満足なシーズンではなかったかもしれない。それでもシーズン二桁ゴールはしっかりと確保した。複数ポジションをこなせることもあり、来季はジャック・グリーリッシュやデ・ブライネと共存しながらより多くの出場機会を求めることになるだろう。FWリヤド・マフレズに退団報道もあり、今季序盤がそうだったように右サイドでの出場を増やすかもしれない。

 面白い存在なのがアルバレスだ。ハーランドの影に隠れてしまっているように見えるかもしれないが、より周囲とリンクできるプレイスタイルが持ち味であり、ハーランドが負傷で欠場した第29節リヴァプールとの大一番では、自身の1ゴールも含む3ゴールに関与する大爆発を見せた。

 しかも、この日のシティはまるで昨季に立ち返ったかのような流動的な前線の動きを見せており、ハーランドが不在でもアルバレスを使ってこのような戦い方ができることを示したというのは興味深い。シティはゼロトップ的な戦い方を忘れたわけではなく、使い分けているだけなのだということがこの試合で明らかになり、アルバレスへの注目度も上がることになった。リーグ戦1454分の出場で9ゴールという成績は称賛されるべきで、特にスタメン時に8得点と、高確率で得点していることは見逃せない事実だ。

 ペップはハーランドとアルバレスの共存も数回試している。来季はより成熟したコンビネーションに期待できそうだ。

 これまでプレミアでは無双していたものの、CLの舞台では勝ちきれない弱さも露呈していたシティ。しかし、CLを制覇したことで弱点などもはやなくなったように思える。シティは来季も、磨き上げたポジショナル・フットボールの完成形をたずさえて暴れまわるだろう。あのバイエルンやレアルでさえ歯が立たなくなってしまったシティを止めるチームは、果たしてあるのだろうか。

 すでに多くのタイトルを手にしたマンチェスター・シティとペップ・グアルディオラ。しかし、彼らの本当の黄金時代はここから始まるのかもしれない。



電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)282号、6月15日配信の記事より転載

記事一覧(新着順)

電子マガジン「ザ・ワールド」No.299 フリック・バルサ徹底分析

雑誌の詳細を見る

注目キーワード

CATEGORY:特集

注目タグ一覧

人気記事ランキング

LIFESTYLE

INFORMATION

記事アーカイブ