[特集/マンチェスター・シティ包囲網 01]積極補強で理想のスカッドへ進化! アーセナル&ユナイテッド逆襲の狼煙

 王者マンチェスター・シティを脅かすのはどこか。もっとも可能性が高いのは、昨季2位、3位でフィニッシュしたアーセナルとマンチェスター・ユナイテッドだろう。アーセナルは昨季終盤までシティを抑えて首位を独走していたが、最終盤にスカッドの薄さを露呈し逆転されてしまった。ユナイテッドは指揮官エリック・テン・ハーグの就任1年目ということもあり、チーム構築にやや時間を要したことがライバルであるシティとの差となって表れた。

 しかし、今夏はどちらも積極的な補強を敢行し、指揮官の思い描く理想のスカッドが完成しつつある。シティに引けをとらない陣容となった両者が、どこまで王者に迫れるか。ここが今季プレミアの最大の見どころとなるだろう。

局面で切り分ける現代サッカー 両者の補強は理にかなっている

局面で切り分ける現代サッカー 両者の補強は理にかなっている

コミュニティ・シールドでは、まさにシティ撃破を成し遂げたアーセナル photo/Getty Images

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 現代サッカーは局面ごとの切り分けが明確になっている。序盤はハイプレス対ビルドアップの構図があり、ハイプレスの強度低下とともにミドルゾーンに守備ブロックが移行し、攻撃側はブロック内侵入からの押し込みができるかどうかが焦点になる。さらに守備側が押し込まれた場合の耐性、引いた守備陣を打ち破る攻撃側の攻防があり、それぞれの対峙の構図の中にトランジション合戦が含まれる。

 1990年代にはゾーナル・プレッシングが浸透するに従って、一時的に混沌としたゲーム展開が多くなった。中盤の潰し合いが続き、攻守がめまぐるしく移動、どちらが主導権を握っているのか判然としなかった。現在はそうしたカオスな試合展開は少なくなり、とくにプレミアリーグの上位陣の試合では一部の時間帯を除いてはなくなっている。そして、チーム編成や補強には、そうした現状が反映されている。

 アーセナルとマンチェスター・ユナイテッドはどちらも長身のCFを補強した。ダビド・デ・ヘアの抜けたユナイテッドは足元に優れたGKアンドレ・オナナも獲得している。自陣ビルドアップの仕込みを完了している上位チームにとって、ポイントになるのがCFとGKだからだ。
 試合序盤のハイプレス対ビルドアップにおいて、およそ優位なのは守備側である。これは力関係にもよるが、ビルドアップが最も優れているシティでも序盤はボールを安定的に運べていない場合も少なくない。ハイプレスでショートパスを封じられたときには前線へ蹴る選択肢を持っていなければならず、GKの配球力と前線でロングパスを収めて捌けるCFが必要になるわけだ。シティはすでにハーランドを昨季獲得しているが、アーセナルとユナイテッドはターゲットになるCFがいなかった。アーセナルがカイ・ハフェルツ、ユナイテッドがラスムス・ホイルンドを獲得したのは必然なのだ。

新加入選手のもたらす効果は抜群 今季こそアーセナルは優勝狙う

新加入選手のもたらす効果は抜群 今季こそアーセナルは優勝狙う

超高額な移籍金で獲得したライスは、攻守両面で今季のアーセナルのキーマンとなる photo/Getty Images

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 アーセナルはシティに最も近いチームだ。昨季の順位だけでなく、プレイスタイルや局面ごとの考え方がよく似ている。ミケル・アルテタ監督はかつてペップ・グアルディオラ監督のアシスタントだったので当然なのだが、同型のスタイルでシティに張り合えるところまで成長した。

 開幕に先立って行われたコミュニティ・シールドは1-1。アディショナルタイムのレアンドロ・トロサールの得点で追いつき、PK戦で今季最初のタイトルを手にしている。

 序盤はシティに圧倒されていた。20分間のシティの保持率は85%、アーセナルのハイプレスは全く効果がなかった。早々にミドルゾーンへの撤退を余儀なくされ、必然的にシティの保持率が跳ね上がり、ボールとともにゲームを支配する流れになった。

 しかし、この20分間をしのぐとアーセナルは盛り返して互角の展開に持っていく。押し込みが完了したシティのハイプレスを外せたからで、押し返すことができた。新加入のデクラン・ライスがボールを引き取り、ビルドアップのキーマンとして機能している。CFで起用されたハフェルツのロングボールを収める力も発揮されていた。加入した2人が実力と貢献度の高さを示している。

 後半はアーセナルが押し込んで攻勢になる時間帯もあった。ブカヨ・サカ、ガブリエウ・マルティネッリの両翼は健在。とくにサカの突破力や周囲と連係する能力はプレミアでもトップクラスだ。マルティン・ウーデゴーのクリエイティブなパスもハイクオリティ。攻め込んでしまえばシティに遜色ない力がある。

 GKアーロン・ラムズデールはビルドアップも問題ない現代型。さらにブレントフォードからダビド・ラジャの加入も決まりそうで、こちらもフィールドプレイヤー並みのボールスキルを持つGKだ。

 ガブリエウ・マガリャンイス、ウィリアム・サリバのCBコンビは鉄板。右SBは新境地を拓いたベン・ホワイト、左にはMF化するオレクサンドル・ジンチェンコ。新加入のDFユリエン・ティンバーは左右もセンターもできるマルチロールだ。

 ボランチでは1億500万ポンドで獲得したライス加入が大きい。トーマス・パルティとのコンビになるが、タイプの違うジョルジーニョも控えている。右サイドにはサカ、左はマルティネッリ。トロサール、エミール・スミス・ロウと強力なバックアップもいる。トップ下はウーデゴーだが、ライスやハフェルツもやれる。CFはガブリエウ・ジェズスかハフェルツ。どのポジションにも言えるが、タイプが違うので局面によって使い分けが可能だ。

 昨季は自滅もあってシティに追い抜かれリーグ優勝を逃したが、戦力も充実した今季はチャンス到来である。

ユナイテッドが狙うのは カウンターをテコにしたプラン

ユナイテッドが狙うのは カウンターをテコにしたプラン

期待の大型FWホイルンド。ポストもシュートも巧みな、昨季チームに欠けていたピースだ photo/Getty Images

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 マンチェスター・ユナイテッドも局面ごとの対応力に優れているが、シティやアーセナルほどの熟練度はない。そこでテン・ハーグ監督が重視しているのがトランジションだ。とくに守備から攻撃への切り替えの速さ、ゴールへ向かう推進力。これはユナイテッドの伝統に合っていて、現在の選手たちの特長を生かすうえでも合理的な選択といえる。

 ホイルンドの獲得にもそれは表れている。柱となるCFが不在だったのは確かだが、経験や実績でまだ十分とはいえない20歳のストライカーを補強したのは、ホイルンドに推進力があるからだ。タイプとしてはハーランドと似ていて、長身でスピードが抜群、足下の器用さもある。シティに来た当初のハーランドより献身的な守備ができる。現時点でハーランドとは比べられないが、6年契約は期待の表れだろう。

 ビルドアップ能力に関しても、現状のユナイテッドはシティやアーセナルほどではない。しかしアタッカーのスピードは優るとも劣らない。マーカス・ラッシュフォード、アントニー、ジェイドン・サンチョ、アレハンドロ・ガルナチョと獰猛なアタッカーを揃えている。迫力満点のカウンターを先導するブルーノ・フェルナンデスもいる。そしてポストも突破もできて、エネルギッシュなCFホイルンドが加わったわけだ。

 シティやアーセナルにボールを支配され、押し込まれる展開になっても、カウンターの威力があれば対抗できる。むしろ相手が前に出てきてくれたほうが好都合。総合力で劣っていてもコンプレックスを持たずに戦える。

 逆説的だが、ユナイテッドが持ち前の攻撃力を生かすためのポイントは守備だろう。GKオナナ、DFアーロン・ワン・ビサカ、ラファエル・ヴァラン、リサンドロ・マルティネス、ルーク・ショーのディフェンスラインは固い。MFには職人的奪取力を誇るカゼミロがいる。選手層がやや薄いとはいえ、ここまでの陣容は申し分ない。カギになる中盤中央の構成は新加入のメイソン・マウントをどう使うかだ。

 インサイドハーフにブルーノ・フェルナンデスと並べる形での[4-3-3]か、あるいはB・フェルナンデスを1つ下げての[4-2-3-1]か。攻撃では名手クリスティアン・エリクセン、守備ならフレッジもいる。

 中盤のタレントは質量ともに十分。まずは磐石な守備ブロックの構築が優先だが、双方の運動量が落ちてきてスペースが生まれ、トランジションの応酬となった局面でのエリクセン投入は相手にとって脅威になりそうだ。豊富な人材を活用して局面での優位性を出していきたい。ハイプレスを外され、ボールを持たれても、持ちこたえられる守備力があれば必殺のカウンターがあるかぎり勝機がある。シティ、アーセナルとは少し違った戦い方で頂点を目指すことになるだろう。

 両チームともに昨季からの戦術的な積み上げがあり、さらに分厚いスカッドを構築することにも成功した。シティのプレミア4連覇は、そう簡単にはいかないはずだ。

文/西部 謙司

電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)284号、8月15日配信の記事より転載

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