プレミアリーグのような派手さはない。しかし、才能を秘めた若き逸材の発掘や、他リーグで調子を落としている選手たちの再生など、未来へ投資することでセリエAは近年、輝きを取り戻しつつある。実際、昨季は欧州コンペティションのベスト4に、5クラブが名を連ねたほどだ。
今夏の移籍市場でも、その独自の補強戦略は変わらない。そんな中で、2023-24シーズンのセリエAのビッグクラブたちは大きく変わったチームもあれば、おとなしい夏になったクラブもある。この夏のイタリアの移籍市場を振り返ってみよう。
キム・ミンジェが引き抜かれるもベースは変わらない王者ナポリ
キム・ミンジェの後釜として期待されるナタン photo/Getty Images
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ナポリにとってまず大きいのは、ルチアーノ・スパレッティ監督の退任だ。チームを優勝に導いたあとで(その後イタリア代表監督に就任したが)、休養をとることを選んだ。そして、新たな指揮官にリュディ・ガルシア監督を選んでいる。
ナポリがガルシア監督を選んだ主な理由は、前任者と同じ[4-3-3]のシステムを好むことが挙げられる。つまり、スパレッティ監督が築いたものをベースにして戦うということだ。
その意思は夏の補強にも表れており、ビッグクラブが注目しているビクター・オシムヘンやクヴィチャ・クワラツヘリアは残留。主力で引き抜かれたのは韓国代表のDFキム・ミンジェのみだった。その後釜にブラジル人のナタンを獲得しているが、22歳の若手のイタリアにおける働きは未知数で、キム・ミンジェからスケールダウンしたという見方が一般的だ。また、フランクフルトからは攻撃的MFやウイングをこなせるデンマーク代表のイェスパー・リンドストロムを獲得。こちらはPSVに移籍したイルビング・ロサーノの代わりというイメージだろう。23歳と若いため、未来への投資もかねての補強と言えそうだ。
ただ、全体的に活発な補強とは言えず、土台はあくまで22-23シーズンとなっている。スパレッティの“遺産”で、ある程度の強さを維持するとしても、やはりガルシアとは別。新指揮官の色を出して上積みがないと、昨季を繰り返すのは難しいだろう。
今夏に大きな動きを見せたミラノの名門2クラブ
ここまで1ゴール2アシスト1PK奪取と、新天地でも絶好調なテュラム。この調子で父の思い出の地でもあるイタリアで輝きを放ちたい photo/Getty Images
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昨季のチャンピオンズリーグ準優勝クラブであるインテルは、チームがガラリと変わった。サミル・ハンダノビッチやエディン・ジェコ、ダニーロ・ダンブロージオといったベテランが契約満了で退団したことも大きいが、ロメル・ルカクの去就はこの夏最大の話題だった。
インテルはチェルシーからレンタルしていたベルギー代表FWを再び獲得するために話をまとめたが、最後になってルカク本人が雲隠れ。クラブ間で交渉を重ねている間に、ユヴェントス行きの可能性を模索していたようで、インテルは交渉を完全に打ち切った。
急きょ路線変更となったインテルは、すでに獲得を決めていたマルクス・テュラムに加えて、昨年夏に契約解除で退団したアレクシス・サンチェスをフリーで獲得。若手時代にインテルでプレイしていたマルコ・アルナウトビッチをボローニャから迎え、ホアキン・コレアを手放している。
中盤はマルセロ・ブロゾビッチを放出し、イタリア期待の有望株ダヴィデ・フラッテージをサッスオーロから獲得。2人は役割が違うものの、ブロゾビッチのポジションは昨季からハカン・チャルハノールが適応していたため、人数としては問題なし。左ウイングバックはロビン・ゴセンスを放出し、かわりにモンツァからカルロス・アウグストを迎えている。
ミラン・シュクリニアルが契約満了でパリ・サンジェルマンへ移籍した最終ラインには、バイエルン・ミュンヘンからバンジャマン・パヴァールを獲得。3000万ユーロとされる移籍金は、今夏のセリエAで最高額タイの新加入選手とされている。
これらの入れ替えが可能になったのは、GKアンドレ・オナナの放出が大きかった。昨年夏にフリートランスファーで加入したカメルーン代表守護神は、5250万ユーロの移籍金を残してマンチェスター・ユナイテッドへ移籍している。ハンダノビッチも手放したインテルは、新守護神にスイス代表のヤン・ゾマーを迎え、控えにはサンプドリアからエミル・アウデロをレンタルで獲得している。
各ポジションでビッグネームが抜けたため、やはりスケールダウンは否めないが、限られた補強資金の中で優れた選手を迎えており、優勝を十分に狙える陣容となった印象だ。
ミランの大型補強の始まりは、サンドロ・トナーリの放出だった。ニューカッスルから6400万ユーロと言われる高額オファーが届き、中心選手を手放している。
そうしてやってきたのが、タイアニ・ラインデルスやルベン・ロフタス・チークといったMFだ。
そのほかには課題だった右ウイングの補強にも成功。ジュニオール・メシアスとアレクシス・サレマーカーズが放出となり、クリスティアン・プリシッチとサムエル・チュクウェゼを獲得した。
ズラタン・イブラヒモビッチが現役を引退し、ディボック・オリギがシーズンを通して不発だったセンターフォワードは、狙い通りにいかなかった。オリヴィエ・ジルーの控えを探す夏だったが、期限ぎりぎりまで交渉していたイラン代表のメフディ・タレミの獲得は失敗。最終日にフィオレンティーナで構想外だったルカ・ヨビッチを迎えている。ノア・オカフォーもこのポジションができるはずだが、基本的にはウイング扱いのため、一抹の不安は残る。
ステファノ・ピオリ監督は今季から右サイドバックのダヴィデ・カラブリアを攻撃時にボランチの位置まで上げてビルドアップに関与させるなど、新戦術をとっている。そのことを前提として今夏の補強があったとするなら、今季のミランは昨季と全く違った新しい風を吹かせるかもしれない。
昨季の結果とチーム状況に見合った夏を過ごした上位勢
今季は三笘のチームメイトとなるファティ。プレミア初挑戦だがプレシーズンにはトッテナムと対戦していた photo/Getty Images
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盟主ユヴェントスは、かなり控え目な夏だった。噂されたドゥシャン・ヴラホビッチの放出が実現すればルカクの獲得などもあり得たが、結局レギュラークラスの新戦力はティモシー・ウェアのみ。アンヘル・ディ・マリアやフアン・クアドラードが去った右サイドに入っている。
ただ、ユヴェントスはファイナンシャル・フェア・プレイ違反で今季のUEFAの大会から除外されているため、チームの規模を縮小するというのは予定通りだろう。
ほぼ昨季の戦力で、最低でも来季のチャンピオンズリーグ出場権、あわよくばセリエAのタイトルを一本釣りというチームを、予算を抑えて作り上げた。派手な動きがなかったことが、むしろ良い方向に向かう可能性もある。
日本代表の鎌田大地が加入したことでも注目が集まるラツィオは、セルゲイ・ミリンコビッチ・サビッチの穴が埋まるかが最大の争点。その役割を担う鎌田にかかるプレッシャーは計り知れない。ただ、そのほかに主力の放出はほぼなかった。
ラツィオは昨季の2位フィニッシュにより、欧州の舞台をヨーロッパリーグからチャンピオンズリーグに移すため、全体的に選手層を強化した形。チーロ・インモービレのバックアップにバレンティン・カステジャノスを迎えたほか、右ウイングにデンマーク代表のグスタフ・イサクセンを獲得している。中盤の底にはユヴェントスからニコロ・ロヴェッラが加入。こちらはダニーロ・カタルディをベンチに追いやる可能性もあるイタリア期待の守備的MFだ。
昨季の2位は、少しできすぎだった印象がある。補強は選手層の厚さを増すものであり、爆発力としてはそこまで期待できない。チャンピオンズリーグでグループステージを突破し、過密日程におしつぶされずにリーグ戦でも4位以内を目指すシーズンになるのではないだろうか。
ローマの主力どころでは、ロジェール・イバニェスがサウジアラビアのアル・アハリへ、ネマニャ・マティッチはレンヌへそれぞれ移籍した。そのほかではジョルジニオ・ワイナルドゥムがレンタル終了でパリ・サンジェルマンに戻っている。
イバニェスのかわりには、フランクフルトとの契約が満了となったエバン・エンディカを迎えた。中盤には早い段階からフセム・アワールの加入が決まっており、さらにパリ・サンジェルマンからレナト・サンチェスとレアンドロ・パレデスを迎えている。
前線はタミー・エイブラハムが長期離脱中であることに加え、アンドレア・ベロッティが昨季リーグ戦で無得点と振るわなかった。そのため、夏の補強ポイントとして様々な候補が挙がっていたが、最終的にはルカクが加入。思いも寄らないビッグネームの到着にファンは盛り上がっている。
そのほかではイラン代表のサルダル・アズムンを移籍市場の終盤に迎えた。昨季課題と言われていた選手層の問題を改善した印象だ。
レギュラーと途中出場の選手に力の差があることが度々指摘されてきたローマ。セリエAとヨーロッパリーグの二足のわらじを履くことができる陣容が整ったようにも見える。
前述のとおり、今夏セリエAのクラブが投じた移籍金で最も高額とされているのは、インテルに加入したパヴァールらの3000万ユーロ。他のリーグと比べて資金力がないことは誰の目にも明らかだ。それでも工夫を重ねることで、競争力を維持できることは、昨季のチャンピオンズリーグが証明している。
どのクラブの補強が正解だったのか。答え合わせが楽しみだ。
文/伊藤 敬佑
電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)285号、9月15日配信の記事より転載