昨季はプレミアリーグ6位、今季も第8節を終えて5勝1分2敗の6位と奮闘するブライトン。中堅クラブとしては驚きの成績であり、昨季途中で指揮官に就任したロベルト・デ・ゼルビ(1979年6月6日生まれ、44歳)は、一気に名を売った新世代指揮官の代表格といっていい。
開幕から複数得点の試合を重ねており、現在の得点数はリーグトップ。しかも昨季の中心選手を今夏の移籍市場で複数失っての結果であることは、まだシーズン序盤とはいえ称賛に値するだろう。グレアム・ポッター前監督時代から一定の評価を得ていたブライトンだが、デ・ゼルビはさらにクラブの格を一段押し上げた感すらある。決して戦力潤沢とはいえないチームに、デ・ゼルビはどんな錬金術を施したのだろうか。
クラブレコード更新はブライトン黄金時代の幕開け
現在44歳のデ・ゼルビ監督。ブライトンを率いる手腕は世界に知られることとなり、レアル・マドリードなどビッグクラブからの興味も報じられるように photo/Getty Images
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イタリアの下部クラブを指揮していたデ・ゼルビの名が一躍広まったのは、サッスオーロを率いた時期だった。11位、8位、8位と中位をキープしただけでなく、その攻撃的な戦術が注目された。
イタリアといえば固い守備からのカウンターアタックがお家芸。とくに地方の小クラブは結果重視の手堅い戦い方を選択する。それでもときおり例外的なプロヴィンチャが現れるのだが、デ・ゼルビ監督のサッスオーロもその1つだった。
サッスオーロを退任するとウクライナの名門シャフタール・ドネツクの監督に就任。しかし、リーグ首位の時点でロシアの侵攻が開始されてリーグは中断、デ・ゼルビもウクライナを離れることになった。折しもブライトンのグレアム・ポッター監督がチェルシーへ引き抜かれ、デ・ゼルビは22-23シーズンの9月にブライトンの監督に就任する。
プレミアリーグに定着させたポッターの後任としてデ・ゼルビはうってつけだった。ポッターの攻撃的なスタイルを引き継ぎ、さらに発展させた。22-23シーズンはクラブ史上最高の6位、勝ち点62も最多。前任者の記録を塗り替えている。
モダン戦術を凝縮させた疑似カウンターが火を吹く
高いキック精度を誇るパスカル・グロス。セットプレイのほか、後方から一気に前線へ展開するときは彼のキックが不可欠となる photo/Getty Images
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デ・ゼルビ監督の戦術の特徴は「擬似カウンター」だ。後方でのボールポゼッションからカウンターアタックへの移行が独特。それゆえにブライトンは時代を象徴する代表格ともいえる存在になっている。
プレミアリーグにポゼッション・フットボールをもたらしたのはジョゼップ・グアルディオラ監督である。そして対抗軸として、ユルゲン・クロップ監督のリヴァプールがライバルとなった。ブンデスリーガでのバイエルン・ミュンヘンとボルシア・ドルトムントの関係がそのまま持ち込まれた格好だ。クロップ監督はシティのポゼッションに対してゲーゲン・プレッシング(カウンタープレス)をつきつけている。
シティとリヴァプールはともにハイプレスのチームだが、その方法は対照的だった。シティは高いボールポゼッションでもって敵陣に押し込んだ結果としてのハイプレスだが、リヴァプールはハイプレスのために縦への速い攻め込みを重視。まず敵陣にボールと人を送り込み、ハイプレスで奪って得点へ結びつけようという狙いである。この両雄の切磋琢磨が戦術的な進歩をもたらしてきたわけだが、デ・ゼルビの手法はシティ的でありリヴァプール的でもあるが、そのどちらでもないという点で新しかった。
自陣から丁寧にパスをつなぐビルドアップはシティと似ている。しかし、相手のハイプレスを外してからの速い攻め込みはリヴァプール風なのだ。そしてボールを失ったら敵陣からただちにプレッシングを行うのはシティ、リヴァプールと同じ。
グアルディオラはバルセロナを率いていたときに最高のポゼッション・スタイルを確立している。シャビ、リオネル・メッシ、アンドレス・イニエスタのいたバルサのパスワークは現在でも超えるチームはない。バルサのパスワークは決して急がなかった。相手を引きつけてから束にして置き去りにすることを狙っていた。バイエルンではバルサのスタイルを採り入れつつ、よりポジション変化を重視。ポジショナルプレイが広まるきっかけとなった。そしてシティではより速い攻め込みを指向。バルサ時代からの変化は時代の流れをよく表している。
バイエルン、シティではバルサほどのパスワークに到達せず、バルサ時代の前進速度では台頭してきたカウンタープレスに食われてしまう。そのためまず位置的優位性を作り出し、さらに相手のハイプレスをひっくり返す縦への速い攻め込みを行うようになったわけだが、デ・ゼルビの戦術はまさにこの流れに即したものなのだ。
相手の陣形を歪にする設計が攻め込みの鍵となる
左サイドの高い位置には常に三笘が待ち構えている。素早くサイドにボールを展開すれば、あとはこの稀代のドリブラーの独壇場 photo/Getty Images
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ブライトンのビルドアップはCB2人とMF2人の4人によるスクエア形成が基本。相手の出方に応じてMFがディフェンスラインに入る3枚回しも使うが狙いは変わらない。GKも含めて自陣最深部からの組み立てで、相手のハイプレスを誘発すること。
この4人のフィールドプレイヤー以外の6人の配置と動き方がデ・ゼルビ監督らしい、独特なところだ。中央は2トップの1人が、あるいは2人とも下りてくる。一方、SBとウイングはサイドの高い位置をとる。このポジショニングによって得られる最大の効果は相手のディフェンスラインを極めて不安定な状態にできることだ。
第一の狙いは、後方4人の引きつけによって相手MF(ボランチ)がつり出されたことで空く、DFとMFの間のスペースでFWが縦パスを受けること。例えば、相手ボランチとCBの間でダニー・ウェルベックが縦パスを受けると、相手のCBはウェルベックへ寄せてくる。するとウェルベックの相方であるジョアン・ペドロにワンタッチで捌く。もしジョアン・ペドロに対してもCBが出てくれば、相手の中央部はがら空きになるので、そこへサイドに張っていたウイングもしくはSBが走り込む。
第二の狙いは、下りる2トップに縦パスを入れるのではなく、2人によって前へ出てきたCBの背後を直接つく。相手CBが出てきているなら、FWにパスを入れる工程が省けるわけだ。
第三はウイングへのボールの供給。つり出されたCBの背後をカバーすべく相手SBが後退ないし絞り込みを行うときは、サイドでフリーになるウイングまたはSBにパス。三笘薫、ソリー・マーチなどの突破力が発揮される場面だ。
これら主に3つの狙いは、相手のディフェンスラインが歪むことが原因で達成される。4バックのCBがSBより前に出ている形は通常とは反対であり、ライン形成として非常に不安定だからだ。それを生み出すための後方4人による引きつけであり、前方6人のポジショニングと動き方が設計されている。
結果として、ビルドアップ開始時はかつてのバルサのようにゆっくりとしているが、縦パスが出た瞬間から一気に速くなる。グアルディオラ監督の下のバルサはゆっくりと敵陣まで運び、さらに時間をかけながらペナルティエリアにかかるところから加速していたが、デ・ゼルビ監督のブライトンはハーフウェイラインを越えたら一気呵成である。この点は現代の戦術的な流れとして必然的であり、デ・ゼルビの影響かどうかはともかく、シティもある意味ブライトン化している。
デ・ゼルビ方式の弱点は攻撃からハイプレスへの移行がシティほど完全ではないこと。緩から急への変化が大きいため、攻め込み途中でボールを失うと後方の押し上げが間に合わない。つまり、間延びした状態でのハイプレスになるため、1つ外されるとカウンターを食らいやすいのだ。シティも速い攻め込みを行うが、メインになるのはもう少しゆっくりした前進であり、その間に全体をコンパクトにまとめ、2CBの前には絞ったSBとアンカーの3人を相手のカウンターへ備える防御壁として用意できる。
もう1つは、ビルドアップそのものの失敗がある。ブライトンにはシティほどの選手層がない。技術的ミスもより多く、最深部からのビルドアップにリスクがつきものなのは当然としても、よりリスキーな状態になっている。そもそもビッグクラブではないから擬似カウンター方式を採っているわけで、これは致し方ないところだろう。
ただ、昨季の中心だったアレクシス・マックアリスター、モイセス・カイセドを引き抜かれながらも強さを維持できているのは補強の上手さだけでなく、デ・ゼルビの戦術がもともと弱者の立場で考案されたものだからだ。弱者を強者に変える疑似カウンターで、今季ブライトンがどこまで行けるか興味はつきない。
文/西部 謙司
電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)286号、10月15日配信の記事より転載