これまで多くの名将たちを生み出してきたイタリア。カルロ・アンチェロッティやアントニオ・コンテ、マウリツィオ・サッリなど、近年も欧州サッカー界を牽引しているイタリア人指揮官は多い。
そんなカルチョの国で今、手腕が高く評価されているのがインテルを率いるシモーネ・インザーギ(1976年4月5日生まれ、47歳)だ。インテル指揮官就任から3年目で、すでにコッパ・イタリア優勝2回、スーペルコッパ・イタリアーナ優勝2回、そして昨季はチャンピオンズリーグ準優勝と結果を残している。
だが、常に賛辞を送られてきたわけではない。解任論が紙面を賑わす時期もありつつ、今の評価を勝ち取った指導者だ。そんな未来の名将候補の巧みな手腕に迫る。
昨季から競争力を維持 信頼は確固たるものに
2021年6月からインテルの指揮を任され、今季で就任3シーズン目を迎えた photo/Getty Images
インテルは2020-21シーズンにセリエAで優勝し、アントニオ・コンテ監督が退任した。その後任としてラツィオから呼ばれたのがインザーギだ。
16-17シーズンから正式にラツィオのトップチームを率いることとなったインザーギは、新指揮官になるはずのビエルサがわずか2日で退団するという騒動でバラバラになりかけたチームをまとめ上げ、より団結したチームを作り上げる。周囲のライバルたちに比べれば、決して豪華な面々とはいえないかもしれない。しかし、強固な一枚岩となったチームは、退任する20−21シーズンまで5シーズン連続で欧州コンペティションの出場権を獲得。18-19シーズンにはコッパ・イタリア優勝を成し遂げ、19-20シーズンはユヴェントスやインテルと最後まで優勝争いを繰り広げた。選手との厚い信頼関係のもと、インザーギは近年中堅クラブとなっていたラツィオをビッグクラブに引けを取らないチームへと進化させたのである。こういった実績や手腕が評価され、インテルの指揮官就任に至ったのだろう。
インザーギのシステムは[3−5−2]で、前任のコンテと同じ。もちろんそのことも考慮された監督選びだったが、インザーギの目指すスタイルは大きく違った。コンテ体制では守りを固めて速攻というのが最大の武器だったが、インザーギ体制ではポゼッションを高め、よりボールを持つ時間が増えている。
ただ、現在のインテルになるまでは紆余曲折があった。21-22シーズンはシーズン中盤にチャンピオンズリーグとの両立に苦戦。リヴァプールとのラウンド16があった2022年2月に調子を落として首位から陥落すると、シーズン終盤に連勝したものの、ライバルのミランが勝ち続けたため巻き返せなかった。
22-23シーズンはより深刻で、シーズン後半戦に監督解任の噂が頻繁に出て、実際にクラブ内でのミーティングにまで発展している。ここでクラブが我慢した甲斐があり、チャンピオンズリーグ決勝の舞台までたどり着き、成功のシーズンとなった。
今夏にロメル・ルカクが退団。ミラン・シュクリニアルもパリ・サンジェルマンへ移り、マルセロ・ブロゾビッチもサウジアラビアに行ったが、インテルは競争力を保っている。昨季のチャンピオンズリーグでの躍進と今季のスタートダッシュで、インザーギは確固たる信頼を築いている状態だ。
22-23シーズンのチャンピオンズリーグ決勝進出は、イタリアびいきの目からみても「できすぎ」だった。そのため、これを繰り返せると思っているファンは多くない。
それでも、ただの夢だったものが一度手の届くところまできてしまうと、やはり期待値は高まるもので、ヨーロッパでの躍進も期待されている。インザーギ体制1年目の21-22シーズンはインテルにとって10年ぶりのチャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出だった。そこから1年でファイナリストとなったのだから異例の出来事ではあるものの、もはやグループステージ敗退は許されない立場であり、対戦相手次第だとしても、厳しい目でみられるだろう。
それよりもインテル陣営が口をそろえて目標に掲げているのは、セリエA優勝だ。イタリアではセリエA優勝10回ごとに、エンブレムに星を1つ付けることができる。インテルとミランは現在優勝19回で並んでおり、2つめの星をどちらが早く付けられるかを競っているところだ。
セリエAでの優勝は絶対、その上でチャンピオンズリーグでできるだけ勝ち進みたいというのがインテルの狙いとなっている。実際、インテルに限らず、イタリア勢は世界のトップクラブと比べると戦力的に劣っていることは否めないため、国内で勝つためのチーム作りとなっているはずだ。
一貫性と柔軟性の融合で選手の新境地も開拓
インテルのフィールドプレイヤーとしては、今季リーグ戦で最も出場時間の多いチャルハノール photo/Getty Images
インザーギはインテル監督就任以来、[3-5-2]のシステムを貫いている。試合中の交代も事前に用意されたものを時間通りに行う印象で、結果が出ていない時期は、この頑固さと修正力不足が非難されていた。だが、現在はそれがむしろ武器という評価だ。それだけ自分が用意しているものに対する自信があるということにもなるため、どんな状況でも変わらないことが強さにつながっていると言い換えられる。
ただ、インザーギの戦術に変化がないという評価は間違いだ。[3-5-2]のシステムは一貫しているものの、チームはその中で変化を続けている。
22-23シーズンの序盤戦、インテルはハイプレスの戦術で高い位置でボールを奪ってショートカウンターという形を目指した。だが、あっさりゴールを許してしまうことが多く、ラツィオ戦とミラン戦で3失点するなど、第10節までに重ねた失点は14。そこでインザーギはハイプレスをあっさり諦めて、後ろで構える時間帯もつくるように変え、安定感をもたらしている。実際、22-23シーズンのリーグ戦ラスト10試合は、チャンピオンズリーグとの過密日程の中であったにもかかわらず、9失点だった。
そのシーズン後半戦のメンツもポイントだ。この時期のインテルは、守備の柱の一人だったシュクリニアルがケガで不在だった。シーズン前半戦の時期にはプレイしていたが、むしろ主力CBを欠いた時期に鉄壁だったということになる。
その功労者と言えるのが、マッテオ・ダルミアンや昨季限りで退団したダニーロ・ダンブロージオだった。シュクリニアルに比べて個の能力が高いわけではないことは明白だが、それでも決まり事を全うする力があれば、十分に仕事ができることを示した。実際にプレイした選手たちの功績ではあるものの、その仕組みを構築したインザーギの手腕は称えられるべきだろう。
同様に、マルセロ・ブロゾビッチの不在時にハカン・チャルハノールという選択肢を生み出したのもインザーギだった。ブロゾビッチといえば、それまでインテルで最も代わりのいないキープレイヤーとして認識されていた。そのブロゾビッチが長期離脱になったことでマズイ状況だったものの、インサイドハーフのチャルハノールをプレイメーカーに据えて見事に適応させている。
このチャルハノールの新境地開拓により、インテルは今夏、ブロゾビッチを放出。クラブきっての高給取りを売却したことは財政難に苦しむインテルにとって価値あることだったことも付け加えなければいけない。
チームの環境づくりも入念に ファミリー感がインテルの土台
試合後もしっかりと選手たちとコミュニケーションをとるインザーギ photo/Getty Images
そして、成功を収める多くの指揮官に共通して言えることではあるが、人心掌握の面でもインザーギはラツィオ時代から高く評価されている。ベンチから指示を出す仏頂面からはイメージしにくいが、ロッカールームの雰囲気は細心の注意を払っていると評判だ。
インテルは近年、フロントから選手まで「ファミリー」という言葉をたびたび使う。家族だからこそ、仲間のために自己犠牲をいとわず、チームのためを最優先にプレイできるという意識を植えつけているということだ。
新戦力の適応が見事に進んだのもこの点が大きい。インザーギがたびたび称えているのは、以前からインテルにいる選手たちが、馴染みやすいような環境づくりをしているという点だ。こういった発信を続けることも、好循環を生み出している一つの要因だろう。
先述したとおりインザーギ・インテルは状況に応じて戦い方を器用に変えている。コンテ時代の影響かカウンターに特化しているというイメージは根強いようだが、セリエA公式サイトに掲載されている22-23シーズン・セリエAのスタッツでは、インテルのボール保持時間は全体で2位。優勝したナポリに次いで高い数値だ。ただ、鋭いカウンターを仕掛けることがあることも事実である。その使い分けができないとチグハグになることは明白で、チームの共通意識がないと難しい。その意味で、インテルがつくっている「ファミリー」感は、チームの土台とも言える重要な要素だ。
インザーギの目指すサッカーに近づいているのは、昨季の成功体験があるからだろう。家族のように団結して一丸となって戦えば、不可能はないということは、チャンピオンズリーグ決勝進出という奇跡を起こしたことで確信を持てた。だからこそ、この夏にロメル・ルカクが移籍しようともインテルの団結は揺るがず、多くの選手が入れ替わった今季も力強いスタートを切れたのではないだろうか。困難を乗り越えてさらに進化を続けるインザーギ。これからインテルをどのように進化させていくのかに注目だ。
文/伊藤 敬佑
電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)286号、10月15日配信の記事より転載