[特集/アーセナルは優勝する 02]昨季の轍はもう踏まない! アーセナルが失速を回避する3つの条件とは

 現在、アーセナルがプレミアリーグ屈指の実力を持ったチームだということに異論を挟むものはいないだろう。長い低迷期を経て、昨季からは2000年代前半にそうだったような若々しさとフレッシュな勢いが戻っており、ホームでのサポーターの熱量も凄まじい。今季もリーグ戦スケジュールの約半分を終えて優勝争いを続けている。

 しかし肝心なところで失速するのは、この20年で染み付いてしまったアーセナルの悪癖だ。昨季は第3節から第32節まで、じつに248日のあいだ首位に立っていた。最終盤に逆転されてしまったわけだが、これは優勝を逃したチームが記録した日数としてはプレミア最長だった。また、昨季を除いてもっとも優勝に近づいたのはミラクル・レスターが優勝した15-16シーズンだが、このときもレスター相手にダブルを記録しながらも終盤に失速し、2位に甘んじている。

 アーセナルが20季ぶりの優勝を果たすためには、この悪癖を改善しなければならない。そのためには、なにが必要なのだろうか。

ローテーションの少なさがチームの首を絞めていた!?

ローテーションの少なさがチームの首を絞めていた!?

序盤はパフォーマンスが批判にさらされたものの、ハフェルツは欠かせないピースへと進化を遂げつつある photo/Getty Images

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 昨季、終盤になってアーセナルが失速した原因はなんだったか。

 第36節、ホームのブライトン戦に0-3と敗れたアーセナル。1試合消化の少ないマンチェスター・シティとの勝点差が4となったとき、アーセナルの19季ぶりの優勝は絶望的となった。

 この試合のあと、英『Daily Mail』では次のように報じられた。
「背中の負傷でリーグ戦直近9試合を欠場したウィリアム・サリバの大きな不在を指摘することができる。同じく、右サイドバックの冨安(健洋)も膝を手術し、同様の期間を欠場した」

「たとえ彼らがいたとしても、ある試合では簡単に失点し、彼らのエキサイティングなアタッカーたちは常にそれを補えるとは限らなかった。サリバと冨安の不在により、選手層と回復力の欠如が露呈された」

 選手層と回復力の欠如。それがマンチェスター・シティとの埋められない差となった。センターバックでも起用できるベン・ホワイトを冨安の離脱によって右SBに固定せざるを得なくなり、サリバの代わりにいささか能力の劣るロブ・ホールディングをレギュラー起用するしか手立てがなくなった。サリバと冨安がヨーロッパリーグのスポルティングCP戦で同時に長期離脱したのはアーセナルにとって悪夢であったが、それを防ぐことは果たしてできなかったのだろうか。

 指揮官ミケル・アルテタはメンバーを固定することが多い。昨季前半は、それが功を奏した。ブカヨ・サカ、マルティン・ウーデゴー、ガブリエウ・マルティネッリといった中心メンバーがあうんの呼吸で大暴れ。破竹の勢いで勝点を積み重ねていた。

 しかしリーグ終盤になると、彼らの動きにははっきりと疲労が見えるようになっていった。加えて、前述のサリバや冨安の負傷離脱に見舞われ、チームは勢いを失った。クラブOBのトニー・アダムス氏は「おそらく、昨季は早めに、かつ十分に選手をローテーションしなかったと思う。ブカヨ・サカなどは力を失いかけていた」と指摘している。アルテタがもう少し選手をローテーションしていれば、失速はある程度防げたはずだった。

 これが今季改善されているかといえば疑問が残る。先発メンバーは相変わらず固定されがちで、リーグ戦でもCLでもサカやマルティネッリがスタメンから外れることはほとんどない。一方でウイングのサブとなるリース・ネルソンなどはリーグ戦わずか62分の出場にとどまっており、先発は一度もない。

 リーグ前半戦で好調を見せていたストライカーのエディ・エンケティアも現在はガブリエウ・ジェズスに代わっての出場ばかりとなり、出場機会の減少にともなってパフォーマンスを落としているように見受けられる。正守護神を降ろされてしまったアーロン・ラムズデールも然り。ベンチメンバーが試合勘を失っているように見えるのは気になるところで、これは全体的なチーム力の低下も招いてしまう。アルテタはもう少しベンチのメンバーを信用するべきだ。

冬の補強ポイントは中盤と右サイドバック

冬の補強ポイントは中盤と右サイドバック

欠かせない戦力だったが、ケガがちで稼働率に問題を抱えるトーマス photo/Getty Images

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 選手層の薄さによる昨季の失速を教訓に、夏には積極的な補強に動いたアーセナル。加入したのはMFデクラン・ライス、MFカイ・ハフェルツ、DFユリエン・ティンバー、GKダビド・ラジャ。これでリーグ屈指のスカッドとなったはずだった。しかしティンバーは開幕戦でまさかの長期離脱。他にもトーマス・パルティやエミール・スミス・ロウなど復帰まで時間を要するMFの離脱が増えている。冨安も好調を維持していたものの、ふくらはぎを傷めて離脱。数週間の離脱といわれているが、復帰できたとしても年明けにはアジアカップに招集されることが濃厚で、厚かったはずの選手層は再び不安に覆われている。冬の補強は失速回避のために絶対に必要となった。

 ケガがちなトーマスは今冬での放出も噂されていて、代わりに白羽の矢が立っているのはアストン・ヴィラのドウグラス・ルイス、フラムのジョアン・パリーニャら。前者はキックの精度、後者はボール奪取に特別な才をもっていて、プレミアの水に慣れている選手たちだ。また、レアル・ソシエダのマルティン・スビメンディ獲得の噂もある。しかしいずれも現チームの中心選手であり、冬の市場で獲得することは当然ながら困難が予想される。

 冨安とティンバーが離脱したことで、右SBも補強ポイントとなってしまった。バックアッパーはほぼ戦力外のセドリック・ソアレスしかおらず、ホワイトの負担増が気になるところ。レヴァークーゼンのジェレミー・フリンポン獲得の噂も出ているが、こちらもブンデスリーガ優勝がかかったチームが簡単に手放すはずはない。

 しかし負傷で失速した昨季の轍を踏まないためには、なんとしても補強を成し遂げたいところだ。「20季ぶりのプレミア制覇が期待され、さらに将来性にも富んだチーム」という現在のアーセナルの状況が、噂にあがる選手たちにとってどれだけのバリューを持っているのかが問われるところ。昨季にジョルジーニョ、レアンドロ・トロサールと好補強を実現したように、SDエドゥ・ガスパールの手腕にも期待がかかる。

気になる得点数の低下 打開の鍵はハフェルツの存在

気になる得点数の低下 打開の鍵はハフェルツの存在

ターゲットにもなれるハフェルツと、ゴールから離れるプレイが得意なジェズスには相性の良さが見てとれる photo/Getty Images

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 もうひとつ気になるのは、攻撃陣に昨季のような勢いが感じられないことか。今季はアーセナルに対してスペースを埋める戦い方を選ぶ相手が増えており、ガチガチの守備ブロックを突破するのに苦労している。ジェズスやマルティネッリが未だリーグ戦で2得点にとどまっていることが、アタッカー陣が直面する難しさを象徴している。

 ATに入ってから突き放した第4節マンチェスター・ユナイテッド戦、89分に決勝点を挙げた第13節ブレントフォード戦など、薄氷を踏むような勝利も多い。昨季は16節を終えた時点で38得点。今季は同節終了時点で33得点にとどまっており、明らかに得点を獲るという点では昨季よりも苦労している。

 そんななか、開幕から低調なパフォーマンスで批判を浴びていたハフェルツが調子を上げてきたのは面白い点だ。ブレントフォード戦での決勝点は彼のヘディングによるもので、続くCLのRCランス戦でも先制点を叩き出した。第15節ルートン・タウン戦では相手に流れを渡さない貴重な同点弾を記録。はっきりとゴールに絡む仕事ができるようになってきた。

 前線で高さを発揮できるのはアーセナルの他のアタッカーにはない特長で、他にもハーフスペースを鋭く突いたり、他の選手のスペースを空けるために囮となったり、ピッチを頼りなさげに徘徊していた開幕当初とは別人のような動きを見せはじめている。

 特に、低い位置に降りたりサイドに流れたりするプレイが得意なジェズスと、ボックス内でターゲットにもなれるハフェルツとの補完関係は興味深い。ルートン戦でもハフェルツがDF2人を引きつけてスペースを空け、そこをジェズスが突いて得点するシーンがあった。突然FW化する“偽インサイドハーフ”とも表現できそうなプレイはチェルシー時代に見せていたものとも違っており、これにより中盤で組み立てにも関与しながら、ボックス内のターゲットを増やしている。現在はサカやマルティネッリが厳しいマークにあっているが、ハフェルツに注意が向けば今度はサカらのスペースや得点チャンスも自然と増えてくるだろう。ようやくアルテタのもとで本当の姿を取り戻しつつあり、アーセナルが得点数を改善する鍵はハフェルツが握っているのかもしれない。

「ローテーション」「補強」「得点力」の3つの改善が、アーセナルが失速を回避しタイトルを手にするための条件だ。今季は薄氷を踏むような勝利が多いと書いたが、裏を返せばしぶとく勝ちきれているということでもある。上位は混戦模様であり、また王者シティは終盤にかけて調子を上げてくるのが常だが、上記の3つをクリアしていれば最終盤まで競争力を保てるはず。失点数はリーグ最少となっているだけに、長いスパンでの安定感が備われば20季ぶりのトロフィーも現実的となるだろう。

文/前田 亮

電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)288号、12月15日配信の記事より転載

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