第16節終了時点でアーセナルはリヴァプールと並ぶ最少失点(15)であり、堅守は今季のアーセナルの明確なストロングポイントだ。ウィリアム・サリバ、ガブリエウ・マガリャンイスの両センターバックの前に、今季加入のデクラン・ライスが陣取るカタチはまさに鉄壁だが、もうひとり堅守に大きく寄与する選手がいる。日本代表DF冨安健洋である。
主にサイドバックとしての出場になるが、右に置いても左に置いても的確なポジショニングと1対1の強さでその守備能力をいかんなく発揮。さらに、課題と思われていた攻撃参加にも光るものがあり、今季はプレミア初ゴールもマークしている。
第14節ウルブズ戦で負傷離脱し状態が心配されるが、それまでの今季の冨安のマルチぶりは明らかにバージョンアップしていた。20季ぶり、悲願のタイトル奪取に向けて、冨安の重要性はますます高まっていくだろう。もしかしたら、彼こそが優勝のキーマンであるかもしれないのだ。
最終ラインはもちろん中盤もこなせる戦術眼と技術
第10節シェフィールド・ユナイテッド戦でCKからのこぼれをボレーで押し込み、ついにプレミア初ゴールを記録した冨安 photo/Getty Images
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冨安健洋ほどマルチなDFも珍しい。アーセナルでは右SB、左SB、CBと3つのポジションで起用されているが、実質的にはそれ以上といえる。なぜなら、アーセナルのSBは右と左で求められるプレイがかなり違うからだ。
左のファーストチョイスはオレクサンドル・ジンチェンコ。いわゆる「偽SB」だ。攻撃ではボランチの場所に移動して、デクラン・ライスとともにビルドアップを司る。「偽SB」といえば、リヴァプールは右SBのトレント・アレクサンダー・アーノルドを中へ移動させていて、意図としてはおそらくアーセナルと同じだろう。ビルドアップの質を高めるのが狙いだ。
ポジショニングの変化という意味での「偽SB」はいまどき珍しくない。可変による「位置的優位」は、それが相手にも知れ渡ったことで減退している。それでもSBを偽化させているのはジンチェンコ、アレクサンダー・アーノルドという個人に強みがあるからだ。最もボールが経由する場所に、最もパスワークの技術の高い選手を配置することに意味がある。マンチェスター・シティにおけるジョン・ストーンズの「偽CB」も同じである。
冨安はジンチェンコのバックアップとして貴重な人材になっているばかりか、試合によってはジンチェンコを差し置いてスタメン起用されるまでになった。アヤックスから獲得したユリエン・ティンバーもいるが負傷中。ヤクブ・キヴィオルはオーソドックスな左SBでボランチとの兼任は難しく、ジンチェンコ以外にボランチを兼任できるSBは今のところ冨安しか見当たらないのだ。
右SBはオーソドックスな役割になっている。ただし、左がボランチ化するのでCBのサリバ、ガブリエウとともに後方に残って3バックとして機能できなければならない。ボランチとの兼任はないが、CB的な仕事はあるわけだ。ボールが相手陣内へ入ったら、右ウイングのブカヨ・サカをサポートする形で攻撃に出ていく。こちらはベン・ホワイトと冨安がポジションを争っている格好だ。
CBについてはサリバとガブリエウのコンビが鉄板化しているので、冨安がCBでプレイする機会は限られているが、日本代表で証明しているとおり冨安にとっては最も得意なポジションだろう。
求められるプレイがかなり異なる左右のSBをどちらもこなせて、CBの適性もある。実質的には左右のSBとボランチ、3バックの右、CBと5つのポジションでプレイできるわけで、プレミアリーグでも、ここまでマルチなDFはまずいない。試合数の多いアーセナルにとって、これほど心強い存在もないわけだ。
持ち前の堅実さに加え攻撃性能もバージョンアップ
前線でターゲットとなり、頭でハフェルツにつないだボールを最後はマルティネッリがフィニッシュ。冨安は8年ぶりの対シティ戦勝利にも貢献 photo/Getty Images
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第11節ニューカッスル戦は左SB、11月8日のCLセビージャ戦も左。第12節バーンリー戦は右SB。ここからはブレントフォード戦、CLのRCランス戦、そしてウルブズ戦と右SBでプレイしている。
左でプレイするときは前述のとおり、ビルドアップにも積極的に寄与できる。一方、右でプレイするときの冨安は攻守ともに非常に手堅い。アーセナルのボランチでプレイできるほどの技術と戦術眼がありながら、右SBとしての冨安はチームのリズムを崩さないようにシンプルなプレイに徹している。やろうと思えば冒険的なプレイもできるが、あえて抑え目にやっている感じ。前に突破力のあるサカがいるので、冨安自身は無理なプレイをしないほうがチームのリズムが良くなるのだ。こうした使い分けができる賢さも、信頼されている理由だと思う。
右利きだが左足も自由に使える。スピード、パワーが図抜けていて、1対1の守備対応が抜群。ウイングに強力な選手が多いプレミアリーグで、冨安の守備力の高さは心強い。ウイング対策としてSBにCBタイプを起用するのは流行になっているが、その点でも冨安はピタリとはまる。
さらに、右でも左でも得点に絡むシーンが増えてきたのも見逃してはならない。第8節、王者シティをホームに迎えての一戦では、左SBとして終盤に投入されると前線で高さを活かしてターゲットとなり、マルティネッリの決勝ゴールにつなげている。対シティの8年ぶりの勝利に大きく貢献した。
また、第10節シェフィールド・ユナイテッド戦ではホワイトに代わって途中から右SBに。コーナーキックからダメ押しの5点目をゲットし、これは冨安のプレミア初ゴールとなった。
6-0と圧勝したCLのRCランス戦では前半のうちに2点をアシスト。英メディアでも「本物の脅威」「たゆまぬオーバーラップに対するご褒美」と絶賛が相次いだ。
負傷離脱したウルブズ戦でも前半わずか6分でサカのゴールをアシストしており、今季の冨安は攻撃においても光るものを見せていた。それだけに、ケガが残念でならない。
新オプションになりうる、ラストスパートでのCB起用
カラバオ杯ではガブリエウと2CBを形成。CB起用は終盤に向けオプションとなるか photo/Getty Images
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ウルブズ戦で負傷後、4~6週間の戦線離脱と報じられた。残念ながら負傷が多い。それだけが弱点だ。中3日の連戦が常態化している欧州なので、それに耐えられるかどうかも重要なポイントといえる。そもそもこれまでの負傷離脱がなければ、とっくにレギュラーポジションを確保していただろう。ターンオーバーが必要なアーセナルで、マルチロールの冨安は間違いなく貴重なのだが、先発メンバーに定着するには負傷の問題に向き合わざるを得ない。
もしかしたら、負傷を回避する意味でもCBが最適なのかもしれない。CBにも負傷のリスクはあるが、スプリントの回数が多いSBに比べると筋肉への負担は軽いからだ。マルチな冨安ではあるが、技術的な適性もCBではないかと思われる。
相手のパスをカットして、そのままワンタッチで味方へつなぐプレイができる。瞬間的に周囲の状況を把握できる眼の良さ、ワンタッチで確実につなぐ技術は、MFもできる冨安の特長だ。サリバとガブリエウは守備の堅さが素晴らしい半面、ビルドアップにそれほど特長のあるCBではない。チームのために抑制の効いたプレイ選択をしつつ、いざとなれば引き出しから何かを出せる。攻撃面での埋蔵量の多い冨安のCB起用はアーセナルにとってもプラスになるのではないか。
もちろん冨安のためにアーセナルがあるわけではないので、チーム事情が起用方法を決める。ただ、国内リーグとCLが佳境に入る2月以降はアーセナルにとって勝負どころ。そのときに冨安がどのような形で起用されるのかは、かなり重要な要素になりそうである。
電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)288号、12月15日配信の記事より転載