2位以内で勝ち上がるために万全の準備で初戦を迎えたい
パリ五輪での金メダル獲得に向けて、若手が加わったなでしこジャパンは確実にパワーアップしている photo/Getty Images
パリ五輪の開幕が迫っています。私の個人的な見解ですが、女子サッカーはW杯よりも五輪のほうが注目されているなと感じています。W杯では2011年に優勝して世界一になっていますが、五輪では金メダルを獲得できていません。競技の種別に関わらず、五輪でメダルがかかる試合は日本国内で大きな注目を集めます。グループリーグから一試合一試合を大切に戦い、普段はサッカーに興味がない人々を引き寄せてほしいです。
そのグループリーグですが、スペイン、ブラジル、ナイジェリアと対戦する厳しい組分けになりました。スペインはFIFAランク1位で昨年に開催されたW杯の優勝国です。ブラジルは国際大会で上位進出する常連国ですし、ナイジェリアも力をつけています。ホントに厳しいグループに入ったと思います。
2位以内に入れば決勝トーナメント進出。3位でも他グループとの勝点の兼ね合いによって8強入りとなりますが、その後の戦いを考えると2位以内、できれば1位で勝ち上がりたいです。2021年開催の東京五輪ではグループ3位で勝ち上がり、ベスト8で他組を1位抜けしたスウェーデンに敗れています。ここで対戦する相手の力量を考えると、やはり2位以内で勝ち上がりたいところです。
そのためには、スペインとの初戦で是が非でも勝点がほしいです。昨年のW杯ではグループリーグ3戦目に対戦し、池田太監督が率いるなでしこジャパンが宮澤ひなたの2得点、植木理子、田中美南の得点で4-0と完勝しています。
だからこそ、スペインは日本対策をしてリベンジを狙ってきます。すなわち、こちらも万全の準備をして臨まなければなりません。そもそも国際大会は初戦が大事で、ここの結果が2戦目、3戦目の戦い方を左右する一面もあります。なので、とにかく良い調整をして初戦を迎えないといけないです。
スペイン戦の結果次第でその後の戦いが変わってくる
中盤で長谷川とコンビを組む長野は視野が広く、運動量も多い。戦術眼に優れ、攻守のバランスも取れる photo/Getty Images
スペイン戦を考えると、良い守備をベースにして戦うことが重要です。相手がどういう入りをしてくるかわからないので、どんな展開になっても慌てずに対応できる準備もしておくことが求められます。ただ、東京五輪では状況に応じてどういうサッカーをするかという部分でなでしこジャパンは苦労していたので、同じ轍を踏まないようにパリ五輪では良い入りをしてくれると思っています。
なでしこジャパンの選手個々をみれば、スペインが相手でも十分にボールを持てる時間を作れます。W杯で対戦したときと同じ[3-4-2-1]でいくなら、守備のリスク管理を徹底するなか中盤の両サイド、ウィングバックがどれだけ前に出られるかがひとつのポイントになってきます。ボランチとインサイドハーフの組合せにも注目したいです。
長谷川唯、長野風花をダブルボランチとする[3-4-2-1]だけでなく、熊谷紗希をアンカーにしてこの両名をインサイドハーフとする[4-1-2-3]など、なでしこジャパンはシステム、さらには選手の組合せもいろいろと考えられます。ポリバレントな能力を持つ選手のなかから、池田太監督がどんな選択をするかすごく楽しみです。
スペイン戦は守備で動かされる時間が長くなるかもしれません。だからこそ、良い守備からと考えてほしいです。守備でスキを見せず、マイボールになったらシンプルに最終ラインの裏にあるスペースを突く。
そうした展開になったなら、スピードのある清家貴子が面白いです。清家貴子はWEリーグで浦和を2連覇に導き、筑波大学の後輩である三笘薫がプレイするブライトンへの移籍が決まりました。2023-24WEリーグで3冠(得点王、ベストイレブン、最優秀賞選手)となった得点力のあるこの選手をどういうタイミングで起用するか、スペイン戦に限らずパリ五輪を通じてのひとつの見どころになります。
いずれにせよ、スペイン戦ではなんとしても勝点がほしいです。理想は「3」ですが、引分けによる「1」でもいいです。初戦の結果がブラジル戦、ナイジェリア戦につながっていきます。スペイン戦の結果でその後の戦いがぜんぜん変わってきます。スペイン、ブラジルに連勝し、ナイジェリアとはターンオーバーして戦うのがベストでしょう。
ブラジルとは今年4月のシービリーブスカップで戦って1-1(PK0-3)でした。PK戦で全員が外して敗れましたが、去年も3試合(0-1、3-4、2-0)の対戦があり、お互いに力量がわかっています。スペイン戦と同じく守備でスキを作らず、チャンスを確実に仕留めること。そのためには良いカタチでブラジル戦を迎えることで、やはり初戦で勝点を取っておきたいところです。
谷川はとんでもない選手 左サイドの“鉄板”は北川
18歳の谷川は底知れないポテンシャルを持つ。ダイナミックにボールを運ぶことができて、シュートレンジも広い photo/Getty Images
それにしても、すごい時代になったなと思います。選出された18名の所属クラブを見ると、ズラッと海外組が並んでいます。長谷川唯(マンチェスター・シティ)、宮澤ひなた(マンチェスター・ユナイテッド)、長野風花(リヴァプール)、浜野まいか(チェルシー)、南萌華(ローマ)、熊谷紗希(ローマ)など……。選出外となった選手にも海外でプレイする選手が多く、各選手が普段から“世界”を感じることができています。
なかでも私が注目しているのは、18歳でメンバー入りした谷川萌々子です。JFAアカデミー福島からバイエルン・ミュンヘンに進み、いまはローン先であるスウェーデンのFCローゼンゴードでプレイしています。2022年U-17W杯で見たときに、とんでもない選手が出てきたなと思った印象が残っています。同大会では4得点をあげてシルバーブーツに輝いています。
谷川萌々子は力強さがあり、キックの精度が高い。前方に仕掛けるダイナミックさがあり、ミドルシュートの精度も高いです。守備力も高く、ボールを奪うことができる。トータルバランスに優れた選手で、いろいろな起用方法が考えられます。長谷川唯、長野風花に谷川萌々子が加わったなら、より攻撃的になります。物怖じしないタイプで、度胸があるなとも感じます。すでにU-17W杯やアジア大会といった国際舞台を経験済みで、臆することもないでしょう。池田太監督はアンダー代表のころから谷川萌々子を見ているので、起用方法を心得ています。出番を楽しみにしています。
同じく18歳の古賀塔子もアンダー代表のころから池田太監督がチェックしていた選手です。この両名に限らず若い選手は“チームのために”と考え過ぎなくていいと思います。日本がはじめて出場した1998年フランスW杯のときは、中田英寿さんが若くして台頭してきた時期でした。高校を卒業したばかりの小野伸二さんもいました。あのときは中山雅史さん、井原正巳さんなどがバランスを取ってくれました。
今回のなでしこジャパンで考えれば、経験&実績ともに豊富な熊谷紗希や山下杏也加といった選手たちがしっかりとバランスを取ってくれると確信しています。谷川萌々子、古賀塔子といった若い選手は、自分のプレイにフォーカスしてほしいです。
私は現役時代にサイドバックだったので、北川ひかるにも注目しています。五輪アジア予選の北朝鮮戦を前に追加でメンバー入りし、左サイドのポジションを確保しました。サイドバック、ウィングバックをできるポリバレントな選手で、左足の精度が抜群に高くてセットプレイのキッカーも務めています。前方に出て自分で得点できるタイプで、3バックだとより前に出ていけます。
なでしこジャパンの右サイドには清水梨紗という絶対的な選手がいます。北川ひかるには左サイドの“鉄板”と言われるぐらいの活躍を期待しています。その名前のごとく、輝いてほしいです。
一番輝くメダルを獲得し、新しいストーリーへ
W杯優勝経験を持つ熊谷は最終ラインとアンカーでの出場が見込まれる。ピッチ内外でチームをまとめる必要不可欠な存在だ photo/Getty Images
なでしこジャパンは2021年東京五輪、2023年W杯はいずれもベスト8でスウェーデンに敗れています。ここまで勝ち上がると強者ばかりで、一発勝負になるとなにが起こるかわかりません。W杯のスウェーデン戦は1-2の惜敗でしたが、後半にPKのチャンスがありながら生かすことができませんでした。PKは決められませんでしたが、追いつくチャンスがあったのは事実で決して完敗ではありませんでした。
W杯のときのなでしこジャパンは、もっと上にいけるチームでした。アジア大会優勝などを経て、いまはさらにパワーアップしています。どこと対戦しても名前負けすることがなく、決勝トーナメントは接戦ばかりで紙一重のところで勝敗が決まるでしょう。トーナメントは1点の重さが違うので、守備でスキを与えないことが大事です。
五輪は中二日で試合が続き、移動もあります。グループリーグだけをみてもナント→パリ→ナントという移動になります。試合を重ねれば、出場停止やケガ人が出てくるかもしれません。要は、総力戦になってきます。メンバー全員がどれだけ準備できているかが重要で、いつ声がかかってもいけるように各選手が準備しておくこと。これが、メダル獲得につながってきます。
試合ごとのゲームプランは池田太監督を中心にスタッフが考えることになります。いざ試合がはじまると、予定通りに進まないのがサッカーです。想定と違ってきたときに、どれだけピッチで解決できるかも勝敗を分けるポイントになってきます。
そして、最後はやはりメンタルの勝負になってきます。昔から言われる“心・技・体”を研ぎ澄ませて、大会を最後まで戦い抜く。そういった意味では、大舞台の経験が誰よりも豊富な熊谷紗希に期待しています。
唯一、2011年W杯の優勝を知っている選手です。もしかしたら、熊谷紗希の言葉は池田太監督の言葉より説得力があるかもしれません。年齢を考えると、パリ五輪が集大成になるかもしれません。若い選手が堂々とプレイできるようにキャプテンシーを発揮するとともに、熊谷紗希自身にも輝いてほしいです。
なでしこジャパンは2011年W杯で優勝し、一時代を築きました。いまはその時代がどうしてもフォーカスされがちなので、パリ五輪で一番輝いているメダルを獲得し、新しいストーリーへ進んでほしいです。W杯優勝を見てサッカーをはじめた子どもは多いと思います。いまのアンダー世代にもそういう選手がいるかもしれません。同じように、パリ五輪の結果が未来のなでしこジャパンの躍進につながるのは間違いありません。
構成/飯塚健司
※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)第295号、7月15日配信の記事より転載