一時代を築いたユルゲン・クロップから、アルネ・スロットへ。リヴァプールは監督交代を行ったが、これは十分な時間がかけられたものだった。クロップが辞任を申し出たのは昨シーズン途中で、クラブはこれまでの流れを継承できる新たな指揮官を招聘した。
スロットはエールディヴィジで年間最優秀監督に2年連続で選ばれた実績を持つ45歳の戦略家で、高いインテンシティのもと繰り出す攻守が連動したハイプレス、素早いトランジションなど、リヴァプールに備わっているベースを尊重してチームを作っていくと想定される。受け継ぐべきものは受け継ぎながら、スロットはどんな変化をもたらすのだろうか。
アメリカ遠征で3連勝 監督交代も大きな変化はない
リヴァプール新監督に迎えられたアルネ・スロット photo/Getty Images
7月下旬から8月頭にかけて、リヴァプールはアメリカ遠征を実施して新シーズンに向けた強化を進めた。現地ではベティス、アーセナル、マンチェスター・ユナイテッドと親善試合を戦ったが、EURO2024で勝ち上がった選手、コパ・アメリカ2024で勝ち上がった選手の出場はなかった。今夏は新たな補強がまだなく、新戦力もレンタルバックのみだった。
こうした編成のなか、新監督のアルネ・スロットは3試合をほぼ固定した先発でキックオフしている(数名の入れ替えはあり)。メガクラブであるリヴァプールの選手たちの特長はすでに把握済み。個々を見極めるというより、組合せや戦術を浸透させることが優先されたと考えられる。
システムは[4-3-3]を踏襲し、ベティス戦は以下の先発メンバーだった。GKクィービーン・ケレハー、DFコスタス・ツィミカス、セップ・ファン・デン・ベルフ、ジャレル・クアンサー、コナー・ブラッドリー、MF遠藤航、カーティス・ジョーンズ、ドミニク・ショボスライ、FWファビオ・カルバーリョ、ハーヴェイ・エリオット、モハメド・サラー。
中盤の3枚は遠藤をアンカーに、インサイドハーフが右にショボスライ、左にジョーンズ。エリオットがトップを務め、サラーが定位置の右ウイング、レンタルバックのカルバーリョが左ウイングを務めた。
アーセナル戦の先発もGKと最終ラインのメンバーは同じ。中盤、前線でひとつだけ変更があり、遠藤に代わってディオゴ・ジョタが先発してトップに入った。中盤の立ち位置はアンカーにショボスライ、インサイドハーフが右にエリオット、左にジョーンズとなった。
3戦目のユナイテッド戦では最終ラインのファン・デン・ベルフのところにイブラヒマ・コナテが入り、中盤ではショボスライに代わってライアン・グラフェンベルフがアンカーを務めた。前線の3枚に変更はなく、右からサラー、ジョタ、カルバーリョだった。
シーズン前の強化試合なので3試合ともにこの顔ぶれで戦ったのは前半のみで、どの試合もハーフタイムに交代があり、後半途中からはメンバーがガラッと変更されている。遠藤も2戦目、3戦目は途中出場で、アーセナル戦はジョーンズ、マンU戦ではグラフェンベルフに代わってピッチに立っている。
こうしたなか、試合結果はベティスに1-0、アーセナルに2-1、マンUに3-0で勝利し、3連勝でアメリカ遠征を終えている。監督は変わったが、いまのところシステムに変更はなく、選手の顔ぶれに大きな変化もない。ゆえに、リヴァプールはコミュニケーションが取れていてすでに“チーム”になっている。
今後にフィルジル・ファン・ダイク、アンドリュー・ロバートソン、トレント・アレクサンダー・アーノルド、アレクシス・マックアリスター、ルイス・ディアス、コーディ・ガクポ、ダルウィン・ヌニェスなどが合流するが、選手が揃ったあとの布陣も想像しやすい。スロット体制になったからといって、リヴァプールが大きく変わることはない。
継続するだけではない 攻守に少しの変化あり
ライバルの多い遠藤がポジションを確保できるかも注目点のひとつ photo/Getty Images
とはいえ、なにも変わらないわけではない。アメリカ遠征中に「(新監督は)攻撃で少し違ったことを求めている。攻撃のトレーニングをたくさんしている」と言葉を残していたのは遠藤で、スロット監督のもと新しいトライが成されている。試合数が少ないいまはまだまだ未知数だが、アーセナル戦でオッと思わされるゴールがあった。
リヴァプールの攻撃はロバートソン、アレクサンダー・アーノルドの両サイドバック、サラー、ルイス・ディアスなどの両ウイングがサイドを崩し、チャンスを作っていくイメージが強い。中盤でマックアリスター、ショボスライがボールにからんだときも一度はサイドを使うことが多い。
アメリカ遠征でもサイドからのクロスをゴールにつなげるプレイがあった。一方で、アーセナル戦ではサイドに出すことなく、素早く中央を崩してゴールにつなげたプレイがあった。34分にカルバーリョが奪ったゴールで、ペナルティエリア外の中央やや右寄りでボールを持ったショボスライが左斜め前のエリオットにパスを出してそのまま縦に走る。エリオットがワンタッチでゴール方向に身体を向けると、ショボスライだけでなくカルバーリョも相手最終ラインの裏を取る動きをみせる。エリオットが選択したのはカルバーリョへのループパスで、抜け出したカルバーリョがゴールネットを揺らした。
この日、ショボスライはアンカーを務めていたが、エリオットにパスを出したあとに自分もゴール前に走り込んでいた。インサイドハーフはもちろん、アンカーにもこうした攻撃への意欲が求められるのが今季のリヴァプールで、中央を素早く崩すシーンがこれまでよりも多く見られるかもしれない。
スロット監督について問われた遠藤は、「昨シーズンまでのプレイを継続したいと思っているし、攻撃面で少し変えたいと思っていると言っていた。攻撃面だけでなく、守備面でも少し変えたいと言っていた」と答えている。継続性+攻守での少しの変化。これが今季のリヴァプールのテーマで、監督交代による混乱もなく、大きく崩れることはないか。
新加入噂のスビメンディがチームの方向性のヒントに?
中盤の底から効果的にパスを供給する「ピボーテ」型のスビメンディを狙ったことがスロットの方向性を示している photo/Getty Images
この少しの変化が、スロット新監督のアイデンティティが見える部分となるのだろう。気になる今後の補強からも、スロットが目指す方向性が垣間見える。
スロット監督は中盤の守備的MFを補強ポイントにしており、レアル・ソシエダのマルティン・スビメンディの獲得に動いていた。移籍そのものは破談となりそうだが、ここにヒントが潜んでいそうだ。
スビメンディはタイプ的に、これまでクロップに重用されてきた選手たちとやや異なる。クロップのチームの中盤では、パスで繋ぐ能力よりも90分を走りきれる運動量とスタミナ、チームを助ける献身性が重視されていた。タイプでいえばジョルジニオ・ワイナルドゥム、ジョーダン・ヘンダーソンのようなボックス・トゥ・ボックス型、あるいはファビーニョや遠藤のようなボールハンター型だ。パスで展開するのは、むしろA・アーノルドらサイドバックの選手の役割だった。
スビメンディもボール奪取能力は高いが、違うのはここから繋ぎ、散らす力だ。奪うだけでなく展開することにも長けたスビメンディは、ラ・レアルでアシエル・イジャラメンディの「4」番を継承したことからもわかるように、いわゆるスペインの「ピボーテ」と言われるタイプの選手である。リヴァプールの系譜で言えば、かつてのシャビ・アロンソにも似ている。
クロップは状況によってはロングボールで一気に前線にボールを持っていくことも厭わなかったが、スロットはどちらかと言えば低い位置から丁寧に繋いで運ぶことを志向しており、ここに前任者とやや異なる色合いが感じられる。バルセロナのシャビ前監督も欲したというスビメンディの獲得に動いていたのは、そういったサッカーに適合するタイプが足りないと感じていたからかもしれない。すなわち、ビルドアップやプレス回避の部分に遠藤の言った“少しの変化”が現れると予想できる。
しだいにその姿を現してきたスロットの新しいリヴァプール。チームには両サイドのウイングができるベン・ドーク(18歳)、左サイドのウイングであるルイス・クーマス(18歳)、ストライカーのジェイデン・ダンズ(18歳)、さらにはトレイ・ニョニ(17歳)など、リヴァプールにはクラブが大事に育ててきた若い選手たちもおり、新戦力との融合によってチームが進化していくさまを、楽しみに観ていきたいところだ。
文/飯塚健司
※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)第296号、8月15日配信の記事より転載