昨季をもって、2シーズン続いたシャビ・エルナンデス体制に終止符を打ったバルセロナ。クラブの遺伝子を色濃く受け継ぐこの指揮官を解任して、新たに指揮を託すこととなったのがハンジ・フリックだ。ドイツ人指揮官がバルセロナを率いるのは、なんと41年ぶり。ヘネス・バイスバイラー、ウド・ラテックに次いで3人目である。
ドイツ代表ではやや不完全燃焼に終わったが、2021年から2年間率いたバイエルンでは、チームを主要タイトルの3冠へ導くなど実績は十分。また、フリック新監督がクラブのことをしっかり理解し、長きにわたって研究していたことを、以前ラポルタ会長が明かしていた。
今夏のEUROやオリンピックを見ても分かる通り、バルセロナには才能溢れる若きタレントも多い。ドイツ時代に得た確かな経験と、決して無視することのできないバルセロナの伝統を、フリック監督はいかにして融合し、チームに栄光をもたらすのか。
中央の優位性が重要 フレキシブルな[4-2-3-1]
ドイツ人としては3人目。バルセロナの指揮官に就任したハンジ・フリック photo/Getty Images
プレシーズンマッチでは若手が溌剌としたプレイをみせていた。20歳のマルク・カサド、アレックス・バジェ、21歳のパブロ・トーレ、22歳のパウ・ビクトルが躍動。「ベイビー・バルサ」と呼ばれて期待は高まっている。
彼らのプレイはまさにバルセロナの伝統を受け継ぐテクニカルなものだが、一方でハンジ・フリック新監督の目指す戦術にも合致していた。
バイエルンやドイツ代表を率いたハンジ・フリック監督は、本人も「すべてを変えたわけではない」と言っているように、クラブの伝統と監督のアイデアをミックスさせているようにみえる。
もともとハンジ・フリックのサッカー観はバルセロナに近い。ポゼッションとハイプレスを組み合わせ、敵陣で多くのプレイを行うという大枠は同じだ。ただ、すでにプレシーズンでいくつかの変化も示している。
見た目に明確な変化は[4-2-3-1]システムの採用だろう。バルサといえば[4-1-2-3]なので、システム変更は物議を醸しそうにも思えるが、変化はポジティブなマイナーチェンジと言える程度のもので、さらにバルサの伝統的な長所も活かしている。最大の特長はフレキシブルな運用だ。
基本形は2人のボランチと1人のトップ下による中盤構成だが、トップ下がボランチに下り、ボランチの1人が入れ替わってトップ下に上がるローテーションが頻繁に行われる。さらにCFが下りる、ウイングが中へ入る、というように非常に流動性が高い。
下部組織時代に過ごしたバルセロナへ10年ぶりに復帰を果たしたダ ニ・オルモ。EURO2024で見せた勝負強さを新天地でも見せられるか photo/Getty Images
それに伴い、フィールドの中央部にボールをつないでいくビルドアップになっている。これはバイエルン時代とは大きく異なる部分だ。CLを制覇したときのバイエルンは相手ゴールへ向かってボールを運ぶ際に中央部を意識的に使っていない。2CBとアンカーによるボール確保から、サイドへの展開を多用していた。中盤中央をスキップした攻撃は、そこはボールを失ってはいけない場所と設定していたからだろう。攻撃で使うのではなく相手のボールを刈り取るための場所だった。
ところが、バルセロナでは積極的にパスをつなぎ、攻撃する場所として設定している。中央でマークのずれを生み出す、あるいはオーバーロード(数的優位)を作る。バイエルン時代のような迂回は行わず、積極的に中央への縦パスを多用する。アンカー(4番)からトップ下(6番)へのルートは、ヨハン・クライフ監督時代のジョゼップ・グアルディオラ→ホセ・マリア・バケーロの復刻版と言えるかもしれない。
プレシーズンマッチでトップ下に起用されたのはパブロ・トーレ、イルカイ・ギュンドアン、本来はウイングのハフィーニャも起用しているが、想定しているのはダニ・オルモだろう。負傷が回復すればペドリ、ガビも有力で、パリ五輪で大活躍のフェルミン・ロペスもいる。人材の豊富さは柔軟な[4-2-3-1]にとって追い風だ。トップ下候補はボランチ候補でもあり、隠れトップ下候補。むしろこの人材を活かすための[4-2-3-1]なのかもしれない。
後方から中央の狭いエリアに縦パスを刺し込み、それをワンタッチで動かしてそのまま中央を突破、または中央に集めて薄くなったサイドをつく。中央の優位性が先というところはハンジ・フリック体制での変化であり、同時に伝統とのミックスでもあるわけだ。
守備時のカギは運動量とプレッシングの機動力か
世界が注目するラミン・ヤマル。スペイン代表でのEURO制覇を経て、新シーズンはひと回りもふた回りも大きくなった姿を見せたい photo/Getty Images
守備は[4-4-2]でセットする。中央部を固め、相手がサイドへ展開してきたら素早くボール方向へスライド。ここの機動力と強度については、ハンジ・フリック監督がバイエルンからそのまま持ち込んだものだ。
攻撃で中央部に人数をかけた後の守備なので、中央部は堅いがサイドが薄く、そこを一気に運ばれたときは脆さがあった。プレシーズンマッチでは明白な課題だったので修正が必要だろう。
ただ、モチベーションの高い若手が多かったせいか、切り替えやリトリートの速さが目立っていて、ハイプレスはそれなりに機能していた。プレッシングはハンジ・フリック監督の戦術で根幹になる部分でもある。
気になるのは守備的MF。2ボランチなので純粋なボールハンターなしでもある程度は機能するかもしれないが、フレンキー・デ・ヨング以外は攻撃型のMFばかり。プレシーズンマッチで好調だったカサドに期待が集まるが、ここは補強が必要かもしれない。
右SBには今や世界最高クラスのジュール・クンデ、左はアレックス・バルデ。プレシーズンマッチでは右MFまたは右SBとしてラストパスに冴えをみせていたバジェが本来の左という選択はある。CBにはアンドレアス・クリステンセン、ロナルド・アラウホ、クレマン・ラングレが健在。GKは不動のマルク・アンドレ・テア・シュテーゲン。後方は従来のメンバーが中心になりそうだ。
バイエルン時代にもフリックのもとでプレイ。新指揮官を熟知するロベル ト・レヴァンドフスキの存在は大きいか photo/Getty Images
やはりカギを握るのはFW、MFの「2+4」の運動量と強度。引き込んで守るのは不向きなメンバーでもあり、運動量と機動力が問われることになる。ペップ時代の、ボールを失ってからの「5秒ルール」を徹底させられるかどうか。当時は、攻撃時のボール支配力の高さが高速トランジションと強度の裏づけになっていた。それを現代でいかに再現するかはハンジ・フリック監督の手腕にかかってくる。ボール支配率が平均で70%近くに到達しない場合は、運動量に期待できる若手が起用されていくのかもしれない。
全体の印象としてはEURO2024で優勝したスペイン代表に近くなるだろう。スペイン代表メンバーのラミン・ヤマル、ダニ・オルモ、フェラン・トーレス、ペドリの存在もあるが、戦術の設計がかなり似ているからだ。むしろ、スペイン代表をさらに煮詰めて濃いめにした感じが今季のバルサが目指すところになるのではないか。
「ベイビー・バルサ」の躍動がシーズンのメンバー構成にどれほどの影響を与えるかはわからない。開幕すれば実績のある選手が中心になるだろう。ただ、プレイの骨格は若手が示したものを踏襲していくことになり、シーズン中に何人かがレギュラーポジションをつかんでいても不思議ではない。新陳代謝の活性化はポジティブな変化であり、エネルギッシュな若々しいバルサは従来とは少し違う印象を与えるだろう。新鮮な印象。ハンジ・フリック監督によってもたらされる変化の第一になりそうだ。
文/西部 謙司
※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)第296号、8月15日配信の記事より転載