昨季をもって約2年半続いたシャビ体制に終止符を打ったバルセロナ。新たにチームを託すこととなったのが、過去にバイエルン・ミュンヘンやドイツ代表を率いた経験があるハンジ・フリックだ。
フリック新体制のもと、バルセロナはここまで公式戦17試合を戦い、14勝3敗。素晴らしいスタートを切っている。特に圧巻なのがその爆発的な攻撃力。シャビ体制ではどちらかと言えば「守備」に注目されがちではあったが、フリック体制では1試合平均3得点以上(計55得点)を記録しており、「得点力」で違いを生み出している。
フリックは日本代表に引導を渡される形でドイツ代表を退いたが、そもそもクラブ向けの指導者なのかもしれない。代表ではメソッドの落とし込みに限界があるが、クラブではより選手たちの戦術理解度が高まる。結果、異次元の破壊力を持ったチームが出来上がった。やはり彼は現代サッカーのフロントに立つ指導者の1人であることを、この短い期間であっさりと証明してしまった。
レヴァンドフスキ、ハフィーニャなど限界が見えてきたかと思われた選手たちも新指揮官のもとで大復活。フリックはバルセロナにどんな魔法をかけたのか。
原点回帰したチームに新たなエッセンス
就任1年目の序盤戦から早くもバルセロナを躍進させるフリック photo/Getty Images
フリック体制になってからの大きな変化は2つある。攻撃は中央へ人を集めるオーバーロード、守備は極端なハイラインとハイプレスだ。そしてこの2つはリンクしている。また、この戦術はポスト・メッシ時代をどう生きるかの回答にもなっている。
現在のバルセロナの源流はクライフ監督が率いた「ドリームチーム」だ。
それ以前から技巧的なプレイスタイルはあったものの、形を論理を明確に示したのがクライフだった。[4-3-3]あるいは[3-4-3]の攻撃的なプレイスタイルはオランダ(アヤックス)から持ち込んだものだが、それがバルセロナの伝統と上手くマッチしていた。
圧倒的なボール保持、それを可能にするシンメトリーの配置。パスワークの軸としての「クワトロ」(“4番”のこと。「4」を背負ったグアルディオラがパスワークの中心を担ったことからこう呼ばれる)、両サイドのウイング、変化を生み出す「偽9番」など、バルセロナの戦術的基盤が導入された。グアルディオラ監督はクライフのアイデアをより具現化した。
バルセロナで積み上げたゴールの数は驚異の「672」。それだけに長きに渡り「メッシのチーム」となってしまっていた photo/Getty Images
グアルディオラ自身、「自分はラファエロの弟子」と言っているように、下絵はすでにクライフが描いていた。それを完成させたにすぎないという謙遜なのだが、現在に直結しているのはペップの作ったチームである。
ペップは黄金時代の幕を開けた。同時にそれはメッシの台頭と重なっている。メッシの存在感はすべてを覆いつくすまでになり、メッシを活かすためにバルセロナのプレイスタイルはしだいに歪んでいった。ただ、それを修正するよりもメッシに依存したほうが勝てることは明白だったので、メッシがチームを去るまでメッシ・システムは続いた。
栄光を築いたのはメッシありきのプレイスタイルだったのだから、メッシがいなければ当然同じ効果は得られない。ポスト・メッシ時代をどうするかは重大な課題になった。
メッシを失って迷走したバルセロナを軌道修正したのは前監督のシャビだ。シャビが行ったのは原点回帰である。そしてフリックは原点回帰したチームに新たなエッセンスを加えてチームを変えた。変えたけれども、よりバルセロナらしくなっている。新しい時代に適応したバルセロナのサッカーを創造したわけだ。
中央オーバーロードによるタレントたちの再生
バルセロナの伝統「クワトロ」の役割を任されたカサド photo/Getty Images
フリック監督の選択は伝統の[4-3-3]ではなく[4-2-3-1]。ピボーテは2人にしたがパスワークの軸とするアンカーの役割を配置する「クワトロ」の伝統は残している。カサドがその任に就いた。
2人のインテリオールを1人のトップ下に変えているが、実質的にインテリオールは3人に増員している。1人はシステム上トップ下に入る選手。ダニ・オルモ、ペドリ、フェルミン・ロペスが起用されている。2人目はハフィーニャ。左ウイングから中央へ移動する。3人目は2人のピボーテのうち1人。デ・ヨング、ペドリ、ガビが担当している。
つまり、相手ディフェンスラインの手前にはCFのレヴァンドフスキを合わせると4人が集結する。明らかに人数過多。しかし、これが相手の守備を難しくしている。
守備側が[4-4-2]でセットした場合、中央部を守るのは2人のCBと2人のMFの計4人。バルセロナの4人に対して数的優位がない。1人余らせたければ、誰かを中央へ持ってくるしかない。主にSBが絞って対応することになるが、そうなると外側は当然薄くなる。
ここまで公式戦16試合に出場し、6ゴール8アシスト。ヤマルは今季も圧巻のパフォーマンスを披露している photo/Getty Images
中央のオーバーロードはEURO2024のドイツ代表も行っていた。ハフェルツ、ギュンドアン、ヴィルツ、ムシアラの4人を中央へ集めた。だが、バルセロナの方がより効果的である。伝統的に狭い局面のパスワークに優れていることが1つ。ただ、ドイツ代表もそこに大きな差はない。決定的なのはヤマルの存在だ。ドイツ代表はSBを上げることで幅をとったが、ヤマルのような1対1の優位性がなかった。バルセロナは伝統の狭小スペースのテクニックと、やはり伝統のウイングの優位性を組み合わせた。この2つが相乗効果を持っているのがポイントである。
第二トップ下として、ハフィーニャが覚醒している。右ウイングのときよりも生き生きとしていて、裏への飛び出し、ラストパス、フィニッシュで新境地を拓いた。ペドリ、ダニ・オルモ、フェルミン・ロペス、ガビの攻撃的MFの能力も活かされている。そして右サイドでスペースを得たヤマルはもちろん、サポートして追い越していくクンデも攻撃力を伸ばした。
相手を不安定にさせる中央集結からの裏への攻略、空いたサイドからの突破。この二面攻撃によりレヴァンドフスキにはよりチャンスが増え、チームとしても12試合40ゴールの破壊的な攻撃が出来上がった。
異様なハイラインと徹底したハイプレス
圧倒的なハイラインで多くのアタッカーたちを苦しめているバルセロナ守備陣。ムバッペから8回ものオフサイドを奪った photo/Getty Images
守備の特徴は異様なほどのハイラインだ。1980年代の後半に出現したACミランによるゾーナル・プレッシングによく似ている。どちらもオフサイドの山を築いている。
ただ、ミランは初期のハイラインをその後に修正した。ハイラインは苛烈なプレッシングとセットなので疲弊しやすく、高すぎるラインもリスクが高かったからだ。
フリック監督が初期ミランのようなハイラインに踏み切った背景には、機械判定の導入があるのではないかと推測する。従来はオンサイドとされていたものが正しくオフサイドと判定される。逆もまたありうるわけだが、精密化された判定は守備側にメリットがあると考えているのではないか。
ただ、それよりも攻撃とリンクしていることに注目すべきだろう。もともとバルセロナはハイプレス志向でラインも高い。ボール保持で優勢という前提があるからで、クライフやレシャックがよく言っていたように「敵陣でボールを失ったときに100メートル戻る必要はない。そこで守ればいい」という考え方である。それを尖鋭化したのがグアルディオラ監督時代だった。
メッシがいたらこれはできない。グアルディオラ監督時代の初期はメッシもプレッシングを忠実に行っていたが、ある時期から全く守らなくなった。バルセロナが必要以上にボールを保持しなければならなくなった要因ともいえる。押し込みきってしまえばハイプレスはより容易になる。メッシは最初のプレスだけをすればよく、二度追いする必要はない。ただしそれには圧倒的なボール保持が条件だった。
メッシ不在のバルセロナを受け持ったフリック監督にとって、無駄に保持することに全く意義を見いだせなかっただろう。遅く攻めてもメッシがいれば意味がある。しかし、いないのであれば、速く攻められるのなら時間をかける必要はないわけだ。
ゴールを直撃すべく中央オーバーロードを採用した。そしてこれは守備にリンクしている。多人数が集結した場所でボールを失っても、そこに多くの選手がいるのだから即座にプレッシングができる。切り替えの速さは今季の特徴で、そのためにラインを高く保てる。相手は圧縮された中央部を突破するのは困難。バルセロナは早期のボール回収が可能になる。
相手が余裕を持ってビルドアップする状況では、レヴァンドフスキが相手のピボーテをマークする。ボールをサイドへ吐かせて、全体をボールサイドにスライドしつつ押し上げる。このレヴァンドフスキのタスクもメッシには要求できなかった。
フリック監督は即時奪回という伝統を踏襲し、それを実現するためにカンテラ出身の若手を数多く登用。カンテラーノが軸となるのはバルセロナの理念ではあるが、実現したのは久々だった。
長所と短所は表裏一体 ソシエダ戦で得た教訓
レヴァンドフスキの2ゴールなどで、敵地での戦いながらレアルとのエル・クラシコで4-0の大勝 photo/Getty Images
しかし、万事うまくいっている訳ではないようだ。フリック新監督の下、絶好調だったバルセロナだが、第13節レアル・ソシエダ戦で今季ラ・リーガ2敗目を喫した。
CLリーグフェーズ第3節のバイエルン戦に4-1、続くレアル・マドリードとのクラシコ(第11節)に4-0。その後もエスパニョールに3-1、レッドスターに5-2と勢いが止まらなかっただけに唐突な敗戦だった。ラ・リーガ12試合40ゴールの強烈な攻撃も初めて無得点に終わっている。
無敵に思えたバルセロナにいったい何が起きたのか。レアル・ソシエダ戦の負けについては明確な理由があった。ポスト・メッシ時代に相応しい戦術を構築したフリック監督だが、その柱となっている中央オーバーロードとハイラインこそ、レル・ソシエダ戦の敗因になっていたのだ。
ラ・レアルは斜めの長いパスを多用していた。サイドチェンジはオフサイドを回避しながら前進するための定石だ。バルセロナの寄せは速いが、そこで発生しうる半身でのキープをサイドチェンジにつなげた。
久保の躍動もあり、ソシエダを相手に大苦戦。今季初の無得点とともに0-1の敗戦を喫した photo/Getty Images
前進を許せばハイラインにはリスクしかない。サイドチェンジの後のクロスボールもオフサイドは期待できない。無得点に終わったのはラ・レアルがよく守ったこともあり、多くの決定機を決め切れなかった不運もあったが、ヤマルの不在が響いていた。
両翼に置いたハフィーニャとフェルミンはどちらも中央へ入り、幅をとったのはどちらもSB。中央とサイドの両面が効果的だったのに、表の中央しかなくなった。しかも、いつも以上の人数過多。渋滞してからのSBによるサイド攻撃は鋭さを欠いて鈍重に。本来やりたい攻撃とはまるで別物になっていた。
試合は打ち合いの様相だった。久保建英の輝かしいプレイ、60分で一気に4人を交代してパワーダウンを食い止める英断もあった。だが、バルセロナが相手を陥れるために掘った穴に自ら落ちた試合だったかもしれない。
長所と短所は表裏一体。バルセロナといえども裏が出てしまうこともある。しかし、今季のバルセロナが画期的でポスト・メッシ時代の回答を得たのは確かである。ソシエダ戦で得た教訓を活かし、今後へしっかり繋げていきたいところ。今季の爆発力を考えると、その先にはリーグ制覇、はたまた3冠までもが見えてくるかもしれない。
文/西部 謙司
※ザ・ワールド2024年12月号、11月15日配信の記事より転載