バルセロナは過去にラ・リーガ、コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)、チャンピオンズリーグの3冠を2度達成している。史上初の3冠を達成した2008-09のペップ・グアルディオラ時代には、シャビ、アンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシがいた。2度目の3冠を成し遂げた2014-15のルイス・エンリケ時代はメッシ、ルイス・スアレス、ネイマールのMSNが絶大な破壊力を誇った。
新指揮官ハンジ・フリックは両名に続き、3冠を達成できるのか。チームスタイル、メンバー編成、ライバルたちの動向、試合日程などさまざまな面から比較し、その可能性を探ってみた。ペップとルイス・エンリケは、どちらも監督就任1年目での偉業だった。フリックも続くことができるだろうか。
ペップ初年度から見られた、世界を席巻したティキタカ
カンテラーノを多く起用し、ティキタカをチームに植えつけたペップ photo/Getty Images
ペップが率いた2008-09のバルサは、ラ・リーガを2位レアル・マドリードに勝点9差をつけて制している。このときのバルサは[4-3-3]で中盤にシャビ、イニエスタ、セルヒオ・ブスケッツがいて、3トップがメッシ、ティエリ・アンリ、サミュエル・エトー。
各選手の高い技術力を生かしたポゼッション・サッカーで完全に試合を支配し、後にメディアが“ティキタカ”と呼ぶようになったスタイルの創世紀であり、第9節を終えて首位に立つと、他クラブの追随を許さずその座を明け渡すことなくシーズンを終えている。
象徴的だったのは第34節レアル・マドリードとのクラシコで、この時点で両者の勝点差は4だった。終盤に敵地で迎えたライバルとの大一番で、ペップ・バルサは最大出力のパフォーマンスを発揮。メッシ、アンリが2得点、カルレス・プジョル、ジェラール・ピケも得点し、6-2で圧勝してライバルに引導を渡している。
国王杯ではホーム、アウェイともに一試合も落とすことなく勝ち上がり、決勝ではビルバオと対戦。ヤヤ・トゥレ、ボージャン・クルキッチ、メッシ、シャビがゴールネットを揺らし、4-1で勝利して王者となった。
スペイン国内に敵がいないなか、チャンピオンズリーグ(CL)ではイングランド勢がライバルとなった。準決勝のチェルシー戦はもっとも追い込まれた一戦で、第1戦ホームゲームを0-0で終え、第2戦は9分に先制点を奪われ、その後に退場者を出して数的不利で戦う劣勢となり、90分が過ぎて残りは追加タイムのみという状況になっていた。
しかし、バルサは諦めていなかった。いまでも思い出せるが、終盤になってからの猛攻は鬼気迫るものがあった。1人少ないにも関わらずボールをキープし、最後はメッシからの横パスを受けたイニエスタが右足ミドルシュートを決め、アウェイゴールの差でチェルシーを下してファイナルへと勝ち上がった。
このころのバルサは“無敵”でどうやっても負けない雰囲気があり、チェルシー戦ではそれが具現化されたカタチだった。この試合ではラファエル・マルケス、アンリという攻守の主力を欠いていた。1点を先制されたし、1人少なくもなった。それでも引分けに持ち込んだ。「自分たちは負けない」という自負が随所に滲み出ていて、実際にその通りにしてしまう嫌になるほどの強さが発揮された一戦だった。
CL決勝ではアレックス・ファーガソンが率いる前年度王者のマンチェスター・ユナイテッドと対戦し、さらに完成度の高いポゼッション・サッカーで試合を支配し、2-0で完勝してみせた。それまでマンUは堅守を誇っていたが、1年を戦ってきたペップ・バルサのパスワーク&連動性は止める術がなく、バルサの強さばかりが目立った。
スペイン勢初の3冠を達成したこのときのペップ・バルサは、シャビ、イニエスタ、メッシという中盤の3人だけでなく、ビクトル・バルデス、プジョル、ピケなどの守備陣。さらには、ペドロ・ロドリゲス、ボージャンなど控え選手にもカンテラ出身者が多かった。
補強も的確で、ヤヤ・トゥレ、アンリ、エトーといった“違い”を持つ選手たちがカンテラ育ちの選手たちとはまた違った個性を発揮することで、試合を支配するだけではなく実際にゴールも奪うという攻撃的なサッカーが実現されていた。良質な才能を持つカンテラ出身者と、突出した才能を持つ補強選手。両者がうまく融合した結果の3冠達成だった。
L・エンリケが加えた修正 MSN主体にカウンター発動
メッシ、スアレス、ネイマール。公式戦122ゴールを奪ったこのトリデンテがエンリケ時代の象徴 photo/Getty Images
バルサの中盤はカンテラの聖域──。シャビ、ブスケッツ、イニエスタの存在は大きく、そう呼ばれる時代が続いたなか、2014-15から指揮したルイス・エンリケは新戦力のイヴァン・ラキティッチ、ラフィーニャなどをインサイドハーフに起用した。35歳のシャビ、孤軍奮闘だったイニエスタの負担を減らすべく、中盤の顔ぶれに変化を加えたのである。
そもそもこの年は力を入れた補強が行われ、前線にはルイス・スアレスが獲得されている。これにより、メッシ、スアレス、ネイマールが3トップを務めることに。サッカー界を席巻した“MSN”の誕生で、この布陣でルイス・エンリケのもと2度目の3冠達成を成し遂げるに至っている。
ただ、ラ・リーガは順調に優勝したわけではなく、第9節、第10節には連敗があり、一時は4位まで順位を下げている。馴染むまでに多少の時間はかかったのである。しかし、試合をこなすことで強力3トップが機能しはじめると、勝点をどんどん増やしていった。
同じころ、ライバルのレアルは“BBC”と呼ばれた3トップ、カリム・ベンゼマ、ガレス・ベイル、クリスティアーノ・ロナウドを擁するスタイルがマンネリ化し、逆に勢いを失っていった。第28節には1位バルサと2位レアルによるクラシコが行われた。この一戦にスアレスの決勝点で勝利したバルサが勝点差を4に広げ、その後に追撃を受けながらも最終的には勝点2差で優勝している。
国王杯は全勝で制し、2冠を達成。シーズン終盤になるとルイス・エンリケのもと培ってきた新たなバルサのスタイル、ポゼッションするだけではなく、カウンターからMSNがゴールするパターンが散見されるようになっていった。
CL決勝のユヴェントス戦には3-1で勝利したが、開始4分にラキティッチが奪った先制点は複数の選手が連動してボールに触っており、バルサらしいパスワークでゴールネットを揺らした得点だった。その後に追いつかれて1-1となったが、2点目、3点目は素早いカウンターからスアレス、ネイマールが決めており、ポゼッションだけではない新たなスタイルをみせての欧州制覇であり、3冠達成だった。
イニエスタ、ブスケッツ、ピケ、ペドロ、ジョルディ・アルバなど、この年もカンテラ出身者は一定数いたが、ペップ時代ほどバルサ色は強くなかった。ルイス・エンリケが進めたのはバルサ色をベースに新たな色、しかも強烈に発光する色を加えるスタイルで、MSNがそれを可能にしていた。
しかし、レアルのBBCがそうだったように、バルサのMSNも永遠ではなく、その後にエルネスト・バルベルデ、キケ・セティエン、ロナルド クーマンが監督を務めるなか、メンバー編成や戦うスタイルが変化していった。決して良い流れではなかったなか、2021-22にクラブレジェンドであるシャビが監督に就任。カンテラ出身者を軸とする強化に回帰され、今季に至るベースが作られていった。
好発進したフリック・バルサ クライマックスまで先は長い
ハフィーニャら既存戦力の再生もフリック・バルサの大きな特長 photo/Getty Images
さて、フリック・バルサである。主力の多くをカンテラ出身者が占め、各選手がオートマチックに連動してボールを動かす。監督就任1年目のフリックはバルサが持つストロングポイントを生かすべく、前任者であるシャビ時代から少しずつ経験を積んできた若い選手たちを積極的に起用し、ラ・リーガで開幕7連勝を飾った。
ペドリ、マルク・カサド、ダニ・オルモ、フレンキー・デ・ヨング、フェルミン・ロペス、パブロ・トーレなどを組み合わせて構成する中盤はテクニカルでバルサ独自のリズムで攻撃をビルドアップする。最終ラインにもパウ・クバルシ、アレハンドロ・バルデといった足元の技術力が高く、クラブ伝統のスタイルを熟知する選手がいる。
既存のスタイル+アイデア&パワーが必要な攻撃面には、生え抜きのラミン・ヤマルに加えて、ハフィーニャ、ロベルト・レヴァンドフスキなど決定力のある選手がいる。良質なカンテラ出身者が多い点はペップ時代に近く、突出した才能を持つ外様の選手がうまく融合したカタチはエンリケ時代を彷彿とさせる。ペップ時代、エンリケ時代との最大の違いはメッシがいないことだが、あまりに巨大すぎたメッシという才能がバルサのチームとしての姿をしだいに歪にしていってしまったことを考えると、現在のチームバランスはとても健全に見える。特別扱いされている選手はおらず、ラ・リーガですでに23人の選手が先発出場を経験したように、どの選手にも出場機会がある。この点はフリック・バルサの強みと言ってもいい。
ある程度のローテーションを試しながらもラ・リーガで首位をキープし、CLのリーグフェーズでは3勝1敗の勝点9で6位と決勝トーナメント進出に向けて悪くない順位につけている。シーズン序盤からこうした成績を残しているのは、過去2度の3冠達成シーズンとは違う。ペップのときはオートマチックに各選手が連動するまでにもう少し時間がかかり、ルイス・エンリケのときはもっと時間がかかっている。まずは、スタートダッシュに成功している。
3冠までの道のりは長く、12月になると国王杯が日程のなかに入ってくる。今季はCLが新方式のリーグフェーズとなり、例年より試合数が多い。ガビの復帰は明るい材料だが、ロナルド・アラウホ、アンドレアス・クリステンセン、エリック・ガルシア、マルク・ベルナルなどが負傷離脱中で、第13節レアル・ソシエダ戦では足首を痛めたヤマルも欠場となった。しかしベンチで腐っているだけの選手はおらず、どのポジションにも代役がいる。長いシーズンを、しかも3冠を視野に入れて戦ううえで、メンバーをガチガチに固定せずに良い成績をあげているのは好材料といえる。
就任1年目の監督のもと、若い選手が多い。通常ならいろいろと心配事が多いところ、それでも今季のバルサには期待できる。フリックは前任者からベースを受け継いだチーム作りでスムーズにシーズンインし、序盤で躓くことがなかった。このまま順調にいかなくとも、過去にバイエルンでブンデスリーガ、DFB杯、CLの3冠を達成したことがあり、過密日程を戦い抜いてすべてのタイトルを獲得する術を知っている。
若い選手たちにしても、すでにEUROや五輪で優勝を経験している選手が多く、大舞台の経験値は決して劣っていない。長いシーズンのどこで出力を最大にしなければならないかを心得ていて、第11節レアルとのクラシコではサンティアゴ・ベルナベウで4-0という快勝を収めている。
とはいえ、キリアン・ムバッペという強力なストライカーを得たレアルは試合をこなすごとに完成度を高め、勝点を伸ばしてくると考えられる。ラ・リーガの対戦相手はバルサとの戦いでは守備に神経を注いでくる。ソシエダ戦のように無得点に終わって勝点を取りこぼす試合が頻発するようだと、首位の座を明け渡すことになる。しかし欠点を修正し、持ち前の攻撃力をシーズン通して発揮することができれば、フリック就任1年目にしてリーグ制覇の可能性も大いにある。5月に入った第35節にはレアルとの2回目のクラシコがあり、ここでライバルを下して優勝というドラマティックなシナリオも十分に考えられる。
CLでは決勝トーナメントに入れば一戦一戦がメガクラブとの対戦になる。過去2度の3冠達成時はCLでも攻撃的なスタイルを貫いて頂点に立ったが、若い選手を軸とした今季のフリック・バルサがどこまで試合の主導権を握って戦えるか。リーグフェーズ第3節ではバイエルンを4-1で粉砕したが、いずれ決勝トーナメントではリヴァプール、マンチェスター・シティ、インテル・ミラノなどと対戦することになる。若いバルサがノックアウトステージで、本当にメガクラブ相手に互角以上に戦えるチームになっているのか、このときに答え合わせができる。
3冠のためには倒さなければならない相手が数多いて、メガクラブと戦うクライマックスはまだまだ先にある。このまま完成度を高めたバルサがどんなチームに仕上がり、どんな戦いをみせるのか。「自分たちは負けない」という自負を持ったバルサが戻って来るのか。決戦のときが来るのが楽しみでならない。
文/飯塚健司
※ザ・ワールド2024年12月号、11月15日配信の記事より転載