[特集/プレミア戦線異常アリ 03]最多得点チェルシー、セットプレイ王アーセナル ロンドンの両雄がリヴァプールを追い落とす

 今季のリヴァプールはプレミアリーグ12試合を終えた段階で31ポイントを獲得したが、『BBC』によれば、そのような例は過去に10度しかなく、そのうち8クラブが優勝したという。頭ひとつ抜け出したリヴァプールを追いかけることは不可能だろうか。そう考えたとき、現段階で可能性がありそうなのは絶不調に陥ったマンチェスター・シティではないだろう。圧倒的な攻撃力を見せはじめたチェルシー、セットプレイでしぶとく勝ち点を拾う勝ち方ができるようになったアーセナル。このロンドンの2チームになるはずだ。首位と勝ち点を離されたとはいえ、まだシーズン前半。彼らにどれだけのチャンスがあるのか、今シーズンの戦いぶりと残りのスケジュールなどから検証してみたい。

膨らみ切ったスカッドを新監督が選手層の厚さに変えた

膨らみ切ったスカッドを新監督が選手層の厚さに変えた

名実ともにチェルシーのエースとなったパルマーは最多得点チームの旗印に photo/Getty Images

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 チェルシーは昨季からもっとも劇的に変わったチームと言っていいかもしれない。昨季までのチェルシーは明らかな混乱期にあった。21-22シーズンの終わりにクラブを買収したトッド・ボーリーオーナーが若手選手を買い集めたことでスカッドは膨らみ続け、指揮官を務めたグレアム・ポッターもマウリシオ・ポチェッティーノもそのスカッドを持て余した。チームは中位をさまよい続け、優勝戦線に加わることはできないでいた。新オーナーは一体何がしたいのかと批判もされ、プレシーズンには選手同士のいざこざも起きた。今季レスターから引き抜かれたエンツォ・マレスカ監督も、このチームを立て直すにはかなりの時間を要するだろうと見られていた。

 開幕戦のマンチェスター・シティ戦には0-2と敗れている。まさに力負けであり、この時点ではたしかにシティとの大きな差があった。ところが、マレスカはここから短期間でチームをまとめ上げることに成功する。第2節ウルブズ戦で6-2と大勝し恐るべき攻撃力の片鱗を見せると、ここから第8節リヴァプール戦まで負けなしとなった。第15節終了時点で、チェルシーが負けたのは開幕戦のシティとこのリヴァプール戦だけだ。

 膨れ上がったスカッドを整理する必要に迫られたマレスカは、まずスタメンをある程度固定した。GKにロベルト・サンチェス。DFは左からマルク・ククレジャ、レヴィ・コルウィル、ウェズレイ・フォファナ、マロ・グスト。中盤にモイセス・カイセドとエンソ・フェルナンデスの2枚。トップ下にコール・パルマーを置き、右ウイングはノニ・マドゥエケ。トップにはニコラス・ジャクソン。左ウイングはミハイロ・ムドリクだったりジェイドン・サンチョだったりしたが、しばらくシーズンが進むとペドロ・ネトの先発が多くなった。ある程度のローテーションはあったし、リース・ジェイムズがまたしても負傷離脱したので予定通りではないのかもしれないが、序盤はだいたいこのメンバーが先発している。
 リーグ戦の合間に挟まれるリーグカップやカンファレンスリーグの試合では、マレスカは先発をほぼまるっと入れ替え、スタメン落ちした選手たちに出場機会を与えた。

 完全にAチームとBチームができているような選手起用は批判も受けたが、今となってはこの起用法は短い時間でスカッドを整理するための荒療治だったのかもしれないと思える。スタメンを固定することでチームは急速にまとまりを見せ、“Bチーム”の選手たちも格下の相手に大勝を重ねることでコンディションを整えていった。前述のリーグ戦第8節からはロメオ・ラヴィア、第12節レスター戦ではジョアン・フェリックスとブノワ・バディアシル、第13節アストン・ヴィラ戦ではサンチョをスタメン起用と、しだいにマレスカはローテーションを見せるようになってきている。第14節サウサンプトン戦ではフィリップ・ヨルゲンセンやクリストファー・エンクンクも先発し、5-1の大勝を収めた。膨れ上がったまとまりのないスカッドは、いつの間にか分厚く強力な選手層に姿を変えていた。

攻撃力はリーグ最強 課題は失点の多さか

攻撃力はリーグ最強 課題は失点の多さか

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 チームの強みはリーグ最多の得点を叩き出す攻撃力だ。ボール保持時は右サイドバックのグスト、あるいは最近右SBで使われるカイセドが中盤に入り、いわゆる「偽サイドバック」の形をとることが多い。狭いエリアに多くの選手が入っており、オーバーロードを引き起こす。必然的に選手間の距離が近くなり、ボールを奪われてもすぐさま奪い返してショートカウンターに持ち込むこともできる。縦への意識は徹底されており、切り替えの場面でボールを持つと何人もの選手がボールホルダーを追い越していく。

 中核を担うのはパルマー。15試合ですでに11得点6アシストと昨季に続き絶好調だ。サイドバックがMF化するのでパルマーはやや高い位置をとり、相手ボランチの脇、ピッチのやや右寄りあたりでボールを受けて攻撃の起点となることが多いようだ。近い距離に選手が多いのでパス交換で打開することもできるし、突破力のあるウイングに預けてチーム全体を押し上げることもできる。パルマーはこうした展開のなかでいつの間にか良い位置に顔を出し、ゴールを奪っていく。加えて、PKの巧さも特筆ものである。

 弱点があるとすれば守備だ。ディフェンスラインにも才能のある選手が揃っているが、かつてのジョン・テリーやチアゴ・シウバのようなリーダー格がいないことは指摘されている。また、GKサンチェスも足元の技術が高いといわれるが、シティのエデルソンやアーセナルのダビド・ラジャと比べると明らかに見劣りする。今のビルドアップ志向のプレイスタイルからすれば、もう少し繋ぎの安定したGKが欲しいところかもしれない。チェルシーは攻撃力が高い反面クリーンシートが少なく、リーグ戦ではボーンマス戦(1-0)、ウェストハム戦(3-0)、アストン・ヴィラ戦(3-0)の3つのみ。このあたりの改善をシーズン後半にできるかどうかが、リヴァプールに追いつくための鍵かもしれない。

驚異のセットプレイがアーセナル最強の武器となる

驚異のセットプレイがアーセナル最強の武器となる

負傷が癒えたウーデゴーの復帰によって、アーセナルの歯車は一気に回り始めた photo/Getty Images

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 アーセナルは昨季、最終的に優勝したシティに勝ち点「2」差まで迫り、今季こそ優勝だと期待されていた。しかし今季序盤は怪我人や退場者の多さが足を引っ張り、思うように勝ち点を伸ばすことができていない。しかしそれでも15節終了時点で3位につけており、まだリーグ制覇を諦めるのは早い。

 特に、キャプテンでもあるMFマルティン・ウーデゴーが代表戦で足首を負傷し、離脱したことが大きく響いた。第8節ボーンマス戦に敗れて以降はリーグ戦4戦勝ちなしと大きく足踏みしてしまっている。しかしそのウーデゴーも第11節チェルシー戦で本格的に復帰し、以降チームは再び上昇気流に乗ってきた。

 レアンドロ・トロサールもウーデゴーがいない間に懸命に代役を務めていたが、やはり彼がいるといないとではチームは別物だ。特に右ウイングのブカヨ・サカとの連携は指揮官ミケル・アルテタが「バルセロナのレジェンドたちを思わせる」と絶賛したほどの息の合ったプレイを見せており、第12節ノッティンガム・フォレスト戦(3-0)、第13節ウェストハム戦(5-2)、その間に行われたCLスポルティングCP戦(5-1)では、チームが完全に息を吹き返したかのような圧倒的な強さを見せつけた。崩しの中心となったのはやはりウーデゴーとサカのホットラインだ。

 そしてアーセナルにはもうひとつ、他チームにはない強力無比な武器がある。セットプレイである。

 アーセナルはニコラ・ジョバーというセットプレイ専任コーチを置いているが、ジョバーの考案するプレイはユニークかつ効果的だ。昨季はベン・ホワイトにGKの動きをブロックさせるという手段を用いていたが、これは今季咎められる可能性が高くなり、アーセナルはやり方を変更した。コーナーキックになると、アーセナルはゴール正面に選手を置かず、ファーサイドに選手を集中させる。キックと同時に5人ほどの選手がファーからなだれ込んでくるのだが、守備側は誰を狙ったキックなのか、そしてターゲットとなる選手がどんな動きでゴール前に入ってくるのか、まったく狙いが読めない。しかも今季のアーセナルは身長が高く空中戦の強い選手をズラリと揃えている。サカあるいはデクラン・ライスの高いキック精度あってのプレイだが、相手からすればどう防げばいいのか頭を悩ませる、まさに必殺の武器だ。

 第14節マンチェスター・ユナイテッド戦でも、オープンプレイで攻めあぐねるなかセットプレイ2発で勝負を決めてしまった。前述のウーデゴーが離脱していた時期にもセットプレイから勝ち点を拾った試合がいくつかある。第15節を終えた時点で、昨季から数えてコーナーキックからのゴールは「23」を数え、これは他のどのクラブよりも多いという。かつてのストーク・シティを引き合いに出されるほど現在のアーセナルのセットプレイは脅威となっていて、これは不利な流れの試合でも一発でひっくり返す可能性を常に秘めていることを示している。

序盤に苦しい日程を消化 シーズン後半の巻き返しに期待

序盤に苦しい日程を消化 シーズン後半の巻き返しに期待

M・メリーノも加入し、今季のアーセナルは空中戦に強い選手をズラリと揃えた photo/Getty Images

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 とはいえ慢性的な怪我人の多発は現在も続いており、特にディフェンスラインの怪我人の多さを克服することは逆転優勝を狙うには欠かせない要素だろう。守備の柱であったCBのガブリエウ・マガリャンイスがマンU戦、フラム戦と連続で戦線を離脱。今夏加入のリッカルド・カラフィオーリも同じで、彼も何度か短い離脱を繰り返している。右SBとして盤石なプレイを見せていたホワイトは手術を受けたため8週間ほどの離脱。冨安健洋は1試合に途中出場したのみで再び負傷に見舞われ、チームを離れて別調整となっていたようだ。ここまで守備陣に怪我人が重なろうとはアルテタ監督も想定外だったに違いない。しかし全員が揃えば欧州屈指と言ってよいほどの強力な陣容であり、昨季のアーセナルの強さは失点の少なさに要因があった。今季も選手が揃わないなかでリヴァプールに次ぐ失点の少なさで、守備の堅固さは維持している。どれだけ守備陣に怪我人が戻り、フィットできるかが後半戦の鍵を握りそうだ。

 スケジュールに目を向けると、明るい要素もある。リーグ序盤戦で思わぬ苦戦を強いられたアーセナルだが、シーズン前半に苦しい試合が集中していたことも一因だった。第2節アストン・ヴィラ戦(A0-2◯)、第4節トッテナム戦(A0-1◯)、第5節マンチェスター・シティ戦(A2-2△)、第9節リヴァプール戦(H2-2△)、第10節ニューカッスル戦(A0-1●)、第11節チェルシー戦(A1-1△)、第14節マンチェスター・ユナイテッド戦(H2-0◯)をすでに消化し、3勝3分1敗。これは決して悪くない戦績で、ポジティブに捉えていいのではないか。対BIG6の1戦目はすべて終わらせ、アストン・ヴィラやニューカッスルなど難所のアウェイ戦も済ませた。このことが、シーズン後半の巻き返しに向け効いてくる可能性がある。

 まだシーズンは長いが、チェルシーとアーセナルにとって首位リヴァプールとの2戦目は絶対に落とせない試合、言い換えれば逆転のチャンスだ。15節終了時点ではリヴァプールが1試合少ない状態で勝ち点「35」、2位チェルシーが「31」、3位アーセナルが「29」であり、決してひっくり返せない差ではない。チェルシー×リヴァプールは5月3日、リヴァプール×アーセナルは5月10日(いずれも日本時間)となりシーズン最終盤だが、ここまでチェルシーとアーセナルは勝ち点を落とさず食らいついていく必要がある。この連戦が今季の運命を分けることになるかもしれず、シーズンの最後の最後に優勝戦線が混沌とする、そんな予感が漂っている。

文/前田亮

※ザ・ワールド2025年1月号、12月15日配信の記事より転載

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