ジョゼップ・グアルディオラがチームの指揮官に就任した2016-17シーズン以降、マンチェスター・シティは昨季までの8シーズンで18個ものタイトルを獲得してきた。22-23シーズンには悲願の欧州制覇を成し遂げ、プレミアリーグは現在4連覇中。シティは「欧州最強のクラブ」と言っても過言ではない黄金期にあるはずだった。
ただ、ペップ体制9年目の今季、そんなシティに異変が起きている。序盤戦はしっかりと白星を積み上げていたシティだが、10月末に行われたトッテナム戦(カラバオ杯4回戦)の敗戦を機に、チームは急失速。公式戦でまさかの5連敗を喫し、直近10戦で1勝2分7敗と、「欧州最強のクラブ」がもがき苦しんでいるのだ。
何年間も安定した強さを発揮してきた最強ペップ・シティが、なぜこのような事態に陥ってしまったのか。大失速の原因を探る。
ロドリの長期離脱で守備時の脆弱性が露呈
チームの失速とともに、ハーランドもここ最近ではゴールの機会が減っている photo/Getty Images
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マンチェスター・シティが不調に陥っている。公式戦7試合未勝利など、グアルディオラ監督になってからは初の異常事態。あれほど強かったシティに何が起こっているのか。
最も大きな要因はロドリの長期離脱だろう。2024年のバロンドールを受賞したピボーテ(アンカー)がシティにとっていかに重要だったか、いなくなって痛感させられている。
とくに守備時の脆弱性が露呈した。ギュンドアンやリコ・ルイスは攻撃面で優れているが、守備時のデュエルではややパワー不足が否めない。シティはリヴァプールではないので、デュエルの強い選手を集めていない。ボール保持に有利な人材で編成されており、これまではそれで守備の脆弱性を隠していたところもあったかもしれない。守って強いチームではないのだ。
となると、もともとあった守備の弱点を露呈したのは、攻撃が上手くいっていないことに起因していると考えられる。
可変のビルドアップは相変わらず多彩。偽SBはどのチームもやるようになったが、偽CBはいまだシティ以外はみかけない。偽SBと偽CBを駆使しながらのビルドアップは依然としてトップクラスだ。したがって問題はその先にある。
ボールは支配するもライン間が消滅
久しぶりの勝利となったフォレスト戦。ベルナルド・シウバは8分に貴重な先制点を決めた photo/Getty Images
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ボール支配によるゲーム支配。シティのプレイスタイルは一貫していて、これまではそれで目覚ましい結果を出してきた。ところが、ここにきてボール支配がゲームの支配につながりにくくなっている。
ほとんどの試合でボールは支配できている。問題はその先。ボールを保持して押し込んだ後の狙いは、主にライン間とサイドのアタックになるが、まずライン間が消滅しかかっている。
守備側のDFとMFの間にできるスペースへパスをつなぐのは、ゾーンディフェンス攻略の定石だった。ここへつなぐことで守備側のゾーン配置に歪みが生じるからだ。その歪みをついて崩しフィニッシュへ持っていく。
グアルディオラはバルセロナを率いていたときに、このライン間へつなぐパスワークの威力を存分にみせつけていた。そこで対抗措置として出てきたのがCBの前進による迎撃だった。CLでバルセロナと対戦したACミランがおそらく最初のケースだったと記憶している。この迎撃策は一定の効果があった。このメッシ対策として編み出された迎撃策はメッシ本人には長くは通用していない。しかし、メッシ以外に対しては効果的で、やがてライン間対策として一般化していった。
2014年ブラジルW杯のグループリーグでスペインを破ったオランダの5バックが典型で、いわばメッシのいないバルセロナだったスペインの攻撃を封じて大勝している。現在は[5-2-3]の守備ブロックに収斂しつつあるこのやり方は、CLリーグフェーズ第4節でスポルティングCPがシティに対して使い、4-1でシティを破った。
小柄な選手が多いライン間の職人に対して、巨体のCBを背後からぶつけていくこの守備方法は、体を止めてしまえばいいという気楽さもあって普及しているのではないかと思う。ボールを奪えなければファウルで潰してしまえばいい。奪われるかファウルで止まるかでは、ライン間へパスを入れるメリットがなくなってしまうので、攻撃側はそのルートを半ば諦めてくれる効果もある。
ただ、シティはこれに対して無策ではなかった。重要な攻め手を諦めてしまえば保持する意味が半減してしまう死活問題でもある。シティは複数の選手を流動的にライン間へ送り込み、CBの迎撃を無力化した。デ・ブライネ、ギュンドアン、ベルナルド・シウバ、リコ・ルイス、フォーデンなどライン間職人が入れ替わりながら出入りすることで、迎撃のタイミングを与えない。ちなみにこのやり方はフリック新監督下のバルセロナも採用している。
2-2のドローだったプレミアリーグ第15節のクリスタル・パレス戦では、[4-2-3-1]の基本システムのボランチであるベルナルド・シウバが頻繁にサイドへ流れてウイング化していた。左SBのリコ・ルイスが偽SBとしてボランチの位置に来るので、B・シウバがサイドに流れても中央にはリコ・ルイスとギュンドアンがいるからパスワークに支障は出ない。同様にトップ下のデ・ブライネも左右に開いて崩しの開始ポイントとして機能していた。B・シウバとデ・ブライネが中へ入ったり外へ出たりの流動性はシティらしく、面白いやり方だった。
ところが、それで画期的な効果が得られたかといえば微妙なのだ。B・シウバとデ・ブライネがサイドへ流れるなら、代わりにライン間にウイングが入ることになるのだが、サビーニョとヌネスはウイングであってライン間の職人としてはいまひとつだったのだ。
その前の第14節フォレスト戦は8試合ぶりに勝利していて、左SBグヴァルディオルがライン間に入っていく意表をつく策を採った。右サイドはデ・ブライネとB・シウバ、左はドクとグリーリッシュが組んでいて、明らかにライン間とサイドアタッカーの互換性を狙ったものだ。さらに伏兵的にライン間へ入ってくるグヴァルディオルもいて、フォレストはかなり混乱をきたしていた。3-0で快勝したこの試合は1つの答えを示唆していたかもしれない。
ただ、こうした奇策がいつも奏功しているわけではなく、リコ・ルイスを右ウイングに置いてライン間へ移動させたスパーズ戦(第12節)は、右でウイング化するのがウォーカーになってサイド攻撃の威力がなくなっている。
ライン間封鎖に対する策をさまざま講じる中で、シティをもってしても無理がかかってしまう事態もあったわけで、守備側のライン間対策が負荷になっていると考えられる。
サイド攻撃の停滞に、可変システムの無効化
今季はなかなかインパクトを残せていないドク photo/Getty Images
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シティがライン間攻略に固執する背景にはサイド攻撃の停滞があるのかもしれない。
第5節のアーセナル戦はサイド攻撃を封じられている。先発のサビーニョとドクは、シティで最も個の突破力に秀でたウイングだが、アーセナルはSBとサイドハーフがダブルチームを組んで封じた。
シティに限らず現在のウイングの大半は逆足である。右のサビーニョは左利き、左のドクは右利き。逆足ウイングの武器はカットインだが、守備側はウイングと対峙するSBとカットインのコースを遮断するSHの2人で対応するのでカットインが難しくなっているのだ。
ウイングから戻して攻め直しても、すでにアーセナルのMFとDFのラインが近接していてライン間は消されていた。ライン間を消されたのなら、迂回してウイングのドリブル勝負が定石だったシティにしてみれば、どちらも消されてしまったので攻め手を見出しにくくなっている。バルセロナのヤマルのような存在感を出せるウイングがいればいいのだが、サビーニョ、ドク、ヌネスはそこまでの力を今のところ発揮できていない。
さらに2-1でリードしたアーセナルが退場者を出したことで、新たな課題が浮上することになった。アーセナルは攻撃を諦めて[5-4-0]の完全撤退。ゲームはフットボールというよりハンドボールのような様相に。ペナルティーエリアのすぐ外に2ラインを敷いて専守防衛のアーセナルはライン間を完全に消滅させ、さらにサイドアタックのスペースも与えない。シティは圧倒的に保持しながら得点できない時間が続いた。
こうなってしまうと、アーセナルのラインの手前を横へパスをつなぎながら、ラインの隙間をミドルで狙うか、ハーランドを狙ってロブを蹴り込むかの二択。アディショナルタイムに何とか同点に追いついたものの、完全撤退すればシティでも崩せないという事実は対戦相手に希望を与えたに違いない。
しかし、シティにとって最も厳しい敗戦は第13節のリヴァプール戦だった。
シティは10個の1対1を作ってリヴァプールの攻撃を封じようとしたが、逆にデュエルでことごとく負け、決定機の山を築かれてしまう。ビルドアップすらままならず、前半を1失点で終えられたのは幸運ですらあった。
シティは可変の権威だが、マンツーマンでつかれれば可変は関係がない。保持できないシティは、保持するための選手たちの脆弱性を露呈することとなった。保持できなければ、すべての前提が崩れてしまう。バルセロナもそうだが、保持に特化したチームが保持できないときは大敗する。
リヴァプール戦が2-0で済んだのは、後半からリヴァプールがミドルゾーンから守る形に変えたからだ。少し余裕を与えられれば、シティは依然として保持力を回復することができた。オールコートマンツーマンで明らかに優勢だったリヴァプールが引いたのは、このやり方は何かの拍子に1対1で負ければ致命傷を負うリスクと隣り合わせだからだろう。後半開始時点ではまだ1-0だった。
逆にいえば、リヴァプールといえどもオールコートマンツーマンでなければシティのビルドアップを完全阻止することはできなかったわけで、シティからすべてを奪えるチームは極めて限られているか存在しないと思われる。
グアルディオラのチームは圧倒的に勝つべく設計されていて、圧倒できなければ負けやすい体質といえる。保持の効力は以前より減退しているけれども、再び効力を高められるかどうかは自分たちしだいで、すでに流動化という回答も手にしている。自分たちで崩れなければ挽回の可能性は残されているはずだ。
文/西部 謙司
※ザ・ワールド2025年1月号、12月15日配信の記事より転載