2000年代の輝かしい黄金期を終えて以降、プレミアリーグで浮き沈みを繰り返してきたチェルシー。そんな中でも着実に浮上するシーズンがあったが、昨季までは沈んでいる時間が長かった。
トーマス・トゥヘルやマウリシオ・ポチェッティーノといった実績のある監督、フランク・ランパードという英雄などにクラブの将来を託すもことごとく失敗。2022−23シーズンには、他クラブから勢いのある監督を引き抜き、立て直しを図る。しかし、なかなか浮上のキッカケをつかめず、12位フィニッシュという屈辱も味わった。
この負の時期から脱却すべく、今季からチームの指揮を託されたのがかつてペップの右腕とも言われたエンツォ・マレスカだ。新生チェルシーは開幕節のビッグマッチを落としたものの、その後は着実に勝ち点を積み上げていく。年末年始はやや苦戦を強いられているものの、エースのパルマーを中心としたチームは、近年にはなかなかみられなかった希望に満ち溢れているのだ。マレスカ新監督は混乱に陥っていたチームをどのように整理したのか。
チェルシーも現代的チームに ウイングの突破力が攻撃の鍵
ゴールの喜びを分かち合うパルマー(左)とサンチョ(右)photo/Getty Images
プレシーズンマッチの段階ではどうなることやらと思われたが、エンツォ・マレスカ監督は上手く軌道に乗せられたようだ。チェルシーは現代的なチームに進化を遂げている。
プレミアリーグで最初にモダナイズされたのはマンチェスター・シティだった。やがてリヴァプール、アーセナル、トッテナムらが続き、チェルシーもここにカテゴライズされる戦術形態を持つに至ったわけだ。
それぞれのチームに特徴はあるものの、自陣からのビルドアップに確実性を持ち、敵陣でのハイプレスの強度があるというのは共通している。マレスカ監督はかつてシティでペップ・グアルディオラ監督下のコーチだった。アーセナルのミケル・アルテタ監督もシティの元コーチ。シティ、チェルシー、アーセナルの志向する戦術はほぼ同じといっていい。
チェルシーのビルドアップは「偽SB」を2人使う。右はマロ・グスト、左はマルク・ククレジャ。SBの偽化は今や珍しくなくなったが、両サイドというのはまだ少ない方だろう。グストとククレジャがインサイド寄りでプレイするのは、ウイングへのパス経路を開ける目的が1つある。
ウイングは右がペドロ・ネト、左がジェイドン・サンチョ。この2人は戦術的に浮沈を握る存在になっている。
シティが先鞭をつけたポジショナルプレイはプレミアのみならず世界的に普及した。その結果、守備側の対策も進んだ。今季、シティが突如失速し、上位のメガクラブが格下に取りこぼすケースは増えている。第19節時点でノッティンガム・フォレストが3位、ニューカッスルが5位。モダナイズされたチームに対する守備耐性が上がっているのだ。
5バックで重厚な撤退守備を敷かれると、中央部を攻略するのが難しくなった。対抗策としてバイタルエリアでプレイする選手を増員、あるいは流動化させて、守備側CBの前進によるライン間潰しに遭わない工夫がされているのだが、それでも攻略は容易ではなく、むしろそこにリソースを投入しすぎてカウンターを食らうリスクが増大してしまっているのが現状である。その典型が今季のシティだ。ラ・リーガのバルセロナは極端なハイラインによってカウンターのリスクを抑えようとしたが、逆にハイラインの弱点をつかれて序盤の勢いを失っている。
チェルシーは幸か不幸か、そこまでバイタルエリアへ投入する人材がいない。
トップ下のコール・パルマーの他には、ボランチから上がるエンソ・フェルナンデスがいるくらいで、ジョアン・フェリックスやミハイロ・ムドリクは貴重な戦力ではあるが主力にはなっていない。しかし、バイタルを強引にこじ開けにかからなかったことで、むしろリスクの増大を回避できたのではないかと考えられる。
ただ、バイタル攻略にそこまで力を入れていない以上、サイドアタックに強みがなければならないわけで、ウイングの突破力は必然的に攻撃の成否を左右する状況になっている。
第19節のイプスウィッチ戦ではターンオーバーを行い、右ウイングにノニ・マドゥエケ、左にジョアン・フェリックスを先発させた。左のジョアン・フェリックスは外に開くのではなくバイタルエリアでプレイするタイプ。左外はククレジャが高い位置へ進出する形だった。だが、これは完全に裏目。頼みのサイドアタックは不発に終わり、バイタルを分け合ったパルマーとジョアン・フェリックスのコンビも狭すぎるスペースを攻略できず。[5-4-1]で引かれた場合の次の一手が用意されておらず、モダナイズされたチームの直面する問題にそのまま突き当たっただけだった。
精度とアイデアが抜群 パルマーの絶対的存在感
新戦力のネト。第11節アーセナル戦では貴重な同点ゴールを決めた photo/Getty Images
第20節クリスタル・パレス戦は、ネトとサンチョのウイングに戻した。
14分の先制点はサンチョが左サイドを突破し、さらにペナルティエリアへ侵入して相手3人を引きつけてパルマーへつなぎ、パルマーが冷静に流し込んだもの。ウイングの個の強さというチェルシーの長所が発揮されたゴールだった。
得点にはならなかったが、26分にはネトが右サイドを破ってゴールライン際まで入り込んでプルバック。ラストパスはパルマーにわずかに合わなかったが、これもチェルシーらしいサイドアタックである。
この試合はいくつもの決定機を逃してしまった後、81分に同点にされて引き分ける後味の悪い結果になったが、チャンスの創出に関しては行き詰まっていた前節のイプスウィッチ戦よりはるかに改善されている。チェルシーにとってウイングが攻撃の命運を握っていることがよく表れていた。
前記した26分の決定機はパルマーが起点だった。自陣でパスを受けたパルマーは間髪入れず右サイドのネトへパス。スプリントするネトの足下へ吸いつくようなボールだった。コース、スピードとも寸分の狂いのないパルマーのパスは時間のロスを最小限に抑える。そして、ネトが縦突破の体勢になったと見るや、パルマーはマークしていたエゼの背後を走り抜け、ネトが1人を抜いて突進している間に、さらにスピードアップ、完全にエゼを置き去りにしている。クリスタル・パレスの3バックの1人はネトに抜かれ、1人はカバーリングでネトへ向かい、残る1人はボックス内のCFニコラス・ジャクソンをマークしていた。そのため、DFの手前に走り込んだパルマーはノーマークになっている。
パルマーで始めてパルマーが仕上げる。チェルシーの典型的な得点パターンだ。
両ウイングの突破力を引き出すパスと、それに続くフィニッシュ。創って仕上げるパルマーの存在感はこのチームで絶対的である。チーム最多の13ゴールはリーグ全体でも得点ランキングの3位につけている。
精度とアイデアが図抜けたパルマーに良い形でボールを渡すのはチームの優先事項になっていて、グストとククレジャが内外にポジションを動かしながらパルマーが前向きにボールを受けられる状況を作っている。
弱みがむしろ強みに!? 未完成ゆえのバランス
パルマーとともにここまでリーグ戦全試合に出場しているカイセドだが、今季はSBを任されることも photo/Getty Images
モダナイズされたチェルシーではあるが、実際のところ未完成でもある。
パルマーへの依存度が高く、パルマーがいなければウイングの能力もそこまで発揮できないと思われる。ネト、サンチョ、マドゥエケのウイングはいずれも利き足とサイドが反対の逆足で、現在の多くのウイングがそうなのだが、逆足カットイン型ウイングの威力はかなり抑えられているのが現状なのだ。守備側は「ダブルチーム」でウイングに対するので、カットインのコースが封じられているためだ。
ただ、根本的な問題点は他にあり、ビルドアップにモイセス・カイセドがあまり関与できないことがあげられる。
ビルドアップの際にアンカーポジションにいるのはカイセドなのだが、そこをほとんどボールが経由しない。フェルナンデスがそこにいるときはスムーズだが、フェルナンデスはもう1つの前の場所でパルマーとともに崩しの軸になる役割がある。カイセドは守備面で不可欠のMFなのだが、ビルドアップの軸になるタイプではない。
カイセドを経由しないパスワークはSBへパスが集中する。タッチライン際でSBがパスを受ける場合、縦を消されると出しどころがなくなって行き詰まるケースが目立つ。ポジショナルプレイを導入してモダナイズされたチームの中でチェルシーがまだ弱い部分だ。
ただ、それで良かったといえるかもしれない。モダナイズされたチームに対する守備耐性が軒並み上がり、可変ビルドアップの効果が減少している現状で、ポゼッションに振り切ってしまわなかったチェルシーはちょうど良いバランスになっている面があるからだ。圧倒的にボールを支配できても守備の脆弱性を露呈しがちな現状において、そこまでポゼッションに傾かず、カイセドという守備の保険を手放さなかった。マレスカ監督がそれを意図したかどうかはわからないが現実的なバランスになっている。
文/西部 謙司
※※ザ・ワールド301号、2025年1月15日配信の記事より転載