イタリア・セリエAでは、上位争いが接戦で盛り上がっている。優勝経験が豊富なビッグクラブが居並ぶ中、異質な輝きを放っているのがアタランタで、第19節終了時点で暫定2位。優勝も十分狙える位置だ。
アタランタは2016-17シーズンからジャン・ピエロ・ガスペリーニが監督に就任。以後、紆余曲折ありながらもUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権争いの常連となり、2023-24シーズンはUEFAヨーロッパリーグ(EL)で優勝した。
イタリア屈指の強豪クラブの一角に上り詰めたアタランタは、どのように進化を続けているのだろうか。
どんな可変システムもマンツーマン戦術で無効化
セリエAでは優勝争いを繰り広げ、CLでも決勝ラウンド進出が十分狙える位置にいるアタランタ photo/Getty Images
ガスペリーニのサッカーの最大の特徴は、「マンツーマンディフェンス」だ。御年66歳、ベテラン指揮官の「時代遅れの戦術」と侮ることなかれ。この戦い方を磨き続けることで、ヨーロッパ中が警戒するチームをつくりあげた。
実際、昨年12月にアタランタと対戦したミラン前監督のパウロ・フォンセカは、「アタランタのスタイルを説明するのは簡単で、やることはハッキリしている。だが、それを止めるのが難しい」と語っていた。2019年のCLでアタランタと対戦して苦戦したマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督が「彼らとの試合は歯医者に行くようなもの」と例えたことは、いまでも有名だ。
現代のサッカーは「可変システム」を採用するチームが多く、ボールの保持・非保持など、試合状況に応じてフォーメーションを変えるチームが多い。だが、人に付くことを前提としたマンツーマンディフェンスにおいては、対応すべきポイントが変わらない。相手がどんなに形を変えようが、マークする相手さえ外さなければいい。見方によっては、ガスペリーニのサッカーは、現代サッカーの天敵だ。
マンツーマンともう1つ、ガスペリーニサッカーを象徴する言葉として「大胆不敵」が挙げられる。DFからFWまで全員がアグレッシブで、ボールを奪ってから前への推進力が高く、多くのビッグクラブを手玉に取ってきた。
2024年5月22日のEL決勝はレヴァークーゼンの前評判が高かったが、アタランタが3-0で快勝。世界中を驚かせた。
しかし、伝統も予算もビッグクラブと呼ぶには物足りないアタランタは、夏の移籍市場で狙われた。主力のMFトゥーン・コープマイネルスが移籍を希望し、最終的にユヴェントスに加入。EL決勝でハットトリックを達成したFWアデモラ・ルックマンは最終的に残留したが、一時移籍を希望した。また、エースのFWジャンルカ・スカマッカは8月に前十字じん帯断裂の重傷で離脱し、夏はチーム編成が大いに揺れた。主力の負傷や移籍の影響は甚大で、シーズン開幕時は黒星が先行した。
悪い流れを変える転機となったのは、9月19日のCLアーセナル戦だ。0-0で引き分けたこの一戦でアタランタが獲得した勝ち点は1だが、確かな自信を手にした。
アタランタは慎重な立ち上がりを見せ、前半終盤にインテンシティを落とした。しかし、後半はチャンスをつくり、イングランドの強豪を最後まで苦しめた。後半立ち上がりにFWマテオ・レテギがPKを失敗したことが悔やまれるが、それでも勝利に値する内容で、その後の自信になった。
『Wyscout』のデータを用いた『L'eco Di Bergamo』の分析記事によると、アーセナルのプレス強度は試合を通してほぼ横ばいだったが、アタランタの強度は31分から前半終了までの時間帯を底にしたV字を描いており、ラスト15分でアーセナルを上回っている。意識的に強度を調整したことで、終盤にギアを上げる余裕を生み出した。アーセナルのゴール期待値は試合を通して低いままだったことからも、ガスペリーニの揺さぶりがハマり、アタランタが試合の流れをコントロールしているゲームだったと言える。
試合の流れを変える老獪なガスペリーニの采配
ナポリ戦で最前線を務めたデ・ケテラエル。裏をかくような采配もガスペリーニの真骨頂 photo/Getty Images
ガスペリーニはもともと、試合の中で戦い方を変えることを得意としている。プレイの原則は維持しながらも、その強度や重心、ボール保持の位置を変えることで、優位に立とうとする。それ故に監督が要求するマークの受け渡しなどは複雑で、適応には時間が必要なタイプ。シーズン立ち上がりの苦難は、その証拠だ。
アーセナル戦でつかんだ自信を胸にセリエAで白星を重ねたアタランタ。リーグ戦で会心の勝利と言えば、11月3日に行われた第11節のナポリ戦が挙げられる。
昨夏、アントニオ・コンテ監督を迎えたナポリは、開幕戦を落としたものの、その後9試合で8勝1分けと、圧倒的な強さを示していた。そのナポリに敵地で3-0と勝利したのがアタランタだった。
この試合で特徴的だったのは、マテオ・レテギのベンチスタートだ。第9節までに10得点を記録していたエースを先発から外し、FWシャルル・デ・ケテラエルを前線で起用した。最前線で構えるクラシックなタイプのレテギではなく、流動的に動くベルギー代表FWを高い位置に据えたことで、バイタルを使ってナポリの守備を分断すると同時に、パスを素早くつないで相手の消耗を誘った。2点目のシーンは、デ・ケテラエルが右サイドから中へドリブルを仕掛けたところからアデモラ・ルックマンがミドルシュートを決めており、ガスペリーニの狙いどおりにいったシーンと言えるだろう。
守ってはDFイサク・ヒエンがFWロメル・ルカクに対して、前を向かせない守備を徹底。一般的にみれば、この2人の勝負はルカクに分がありそうだが、フィジカルに限定すればヒエンも負けておらず、さらに前を向かせないというポイントに集中したことで、完全に封じた。
前を向けないルカクのポストプレイが多くなることは必然。そうなることを予測してマンツーマンを敷くアタランタがボールを奪い、ルックマンとデ・ケテラエルが動き出している前線へのパスを出して速攻へとつなげていた。
昨季のEL優勝が自信に 快進撃はまだまだ終わらない
ビッグクラブからの注目を集めるエデルソンは、技術もプレイ強度も高い photo/Getty Images
もちろん、ガスペリーニのマンツーマンは無敵ではない。
アグレッシブなマンツーマンでクサビのパスに対してインターセプトを狙う頻度が高いため、どうしても裏を取られたときは致命傷になる。
また、戦術的な要求が多いため、ガスペリーニが16人~17人のスモールチームを好むことは以前から知られているが、CLとの兼ね合いもあって選手の負担は大きい。特に中盤のMFエデルソンとMFマルテン・デ・ローンは指揮官の戦術的要求を完全に理解していることもあって出ずっぱりで、どちらかが負傷でもしようものなら、一気にピンチになりかねない。
ただ、指揮官自身もその問題を認識しており、1月のイタリア・スーペルコッパのインテル戦では、本職CBのDFジョルジョ・スカルヴィーニをMFとして起用するなど、人数を変えずにこなせる役割を増やすことで解決策を探っている様子だ。
ガスペリーニは今季の好調について問われるたび、よく「昨季のEL優勝が自信になった」と答えている。やってきたことはこれまでと変わっていないものの、どこかで劣等感を抱いていた強豪相手でも、指示に従って動けば好機が訪れるということをチーム全体が強く認識したということだろう。
ガスペリーニ本人も、自分のスタイルがどんな相手にでも通用するという手応えがあったに違いない。だからこそ、ナポリ戦のような大一番で大胆なメンバー変更をして快勝し、CLではレアル・マドリードにも善戦して好印象を残した。
前述のフォンセカは、「ガスペリーニはこのスタイルを切り拓いたパイオニア。いまでは多くの監督に模倣されている」と称えていた。
ひとえにマンツーマンといっても、ただ人に付いているだけでは、むしろ個々の地力の差が前面に出てしまい、アタランタの快進撃は起きないだろう。長年アタランタで熟成してきたガスペリーニの戦い方は、近年の成功という自信を加えたことで、さらに一段階上に昇華されている。
文/伊藤 敬佑
※ザ・ワールド301号、2025年1月15日配信の記事より転載