[特集/好調クラブ戦術解剖 03]見えてきたコンパニ・バイエルンの真価 若き智将が仕込んだ王座奪還のためのタスク

昨季のバイエルンはブンデスリーガ11連覇が途切れ、無冠に終わった。新たな時代へ進むべく招聘したのがヴァンサン・コンパニで、シーズン当初の8月、9月の公式戦を7勝1分けで駆け抜ける好スタートを切った。

10月に入ってチャンピオンズリーグのアストン・ヴィラ戦、バルセロナ戦に敗れるなどやや失速した時期があったが、その後に公式戦7連勝、しかもすべてクリーンシートという偉業を達成している。コンパニが率いるバイエルンはとても攻撃的で、完敗を喫したバルセロナ戦も序盤は攻撃面で圧力をかけることができていた。

うまくハマった試合では、圧倒的な得点力を誇る。一方で、7連勝後、ウィンターブレークまで3勝1分2敗とまた少し勢いを落としたのも事実。いまのバイエルンは、まだ強さと脆さが同居している。すなわち、もっと強くなる可能性がある。

前線でケインも汗をかき7戦連続無失点を達成

前線でケインも汗をかき7戦連続無失点を達成

コンパニは監督経験が浅く、荷が重いとの声もあった。しかし、各選手がハードワークする統率の取れたチームを作り上げた photo/Getty Images

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ポジションに関係なく各選手がハードワークしなければならない。無論、闇雲に足を動かしてスタミナを消費するのではなく、効果的なタイミングで効果的な動きをする必要がある。こうしたことは頭ではわかっていても、ピッチで表現するのは難しい。しかし、コンパニはバイエルンを経験豊富なハリー・ケインも含めて各選手が連動してハードワークするトランジションの早いチームにしてみせた。

基本布陣は[4-2-3-1]で、プレシーズンでは3バックを試したこともあったが開幕後は4バックをベースに戦っている。GKマヌエル・ノイアーと最終ラインの4人はほぼ固定されていて、右からラファエル・ゲレイロ、ダヨ・ウパメカノ、キム・ミンジェ、アルフォンソ・デイビスとなっている。右SBでコンラッド・ライマーが先発したり、R・ゲレイロが左SBを務めたりする試合もあるが、守護神&最終ラインの顔ぶれはだいたい同じだ。

もうお気づきのとおり、ジョシュア・キミッヒは最終ラインではなく守備的MFでのプレイが多く、アレクサンダル・パブロビッチやレオン・ゴレツカとコンビを組む。キミッヒの万能性はコンパニの選択肢を増やしており、5-1で大勝した第15節ライプツィヒ戦では後半途中にキミッヒを右SBにポジション変更する采配をみせた。そして、その後にキミッヒの正確なクロスから得点するという結果を導いている。
2列目に起用される選手はいずれも巧さと速さがある。パリ五輪でも活躍した柔らかいボールタッチが魅力のマイケル・オリーセ、稀代のドリブラーであるジャマル・ムシアラ、縦への突破力があるセルジュ・ニャブリ、キングスレイ・コマン、レロイ・サネ。さらには、ネクストスターである将来性豊かなマティス・テル……。

右にオリーセ、真ん中にムシアラ、左にニャブリやコマンというのがスタートポジションになるが、ムシアラは神出鬼没だし、両サイドの選手も縦だけではなく、中央に入っていける。そうした動きに連動して両SB、守備的MFが外に開いたり、中央に姿を現わしたり。結果、今季のバイエルンは相手を圧倒する試合が多く、ブンデスリーガで15試合47得点という2位に10得点差をつける攻撃力をみせている。

なにしろ、前線にはバイエルンで2年目を迎えたハリー・ケインがいる。ゴール前に入り込むタイミング、相手DFとの駆け引き、フィニッシュの正確さ、いずれもまだまだハイレベルで15節を終えて14得点で自身の定位置であるゴールランキングの首位にいる。そして、今季のバイエルンはこのケインも含めて各選手が高いポジションからしっかりと圧力をかけ、ボールロストしても瞬時に奪い返して攻撃を仕掛け直すサッカーができている。

「練習でFW陣が楽しそうではない。ということは、そこになにかあるということ。もちろん、各選手がひとりで守備をしているわけではない。ケインも関わっているし、全員がそこに関わっている」(CL・PSG戦後のコンパニ)

 開幕当初は最終ラインに負担がかかることでウパメカノやキム・ミンジェのミスが目立っていたが、試合を重ねるごとに前線からの連動した守備が機能するようになった。10月下旬からの公式戦7試合には、ついにすべてクリーンシートで勝利するに至っている。

前に圧力をかけるぶんCB2人に大きな負担

前に圧力をかけるぶんCB2人に大きな負担

PSG戦でCL初得点を決めたキム・ミンジェも徐々に安定感を増している photo/Getty Images

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前線からボールを追いかけ、守備で圧力をかけるスタイルはハマれば相手を圧倒するが、プレスをかわされると脆い。両SBが高いポジションを取り、それに応じて守備的MFのひとりが後方に下がる。失点のリスクを軽減するために、通常ならこうした方針を取る。

コンパニが率いるバイエルンは前への推進力、圧力を出すために両SBが攻撃参加しても守備的MFのポジションは下がらず、最終ラインには2枚のCBが残っているだけだ。ウパメカノ、キム・ミンジェに多くの負担がかかるスタイルで、攻撃的な一方でいまは守備での脆さを持ち合わせている。

CLのバルセロナ戦には1-4で大敗したが、最終ラインでの競り合いにあっけなく負けてゴールを許すシーンが続いた。CBを務める両名が「個」で負けている部分もあったが、チーム全体でパスの出どころを抑えることができておらず、縦パス1本でピンチを迎えるケースもあった。あまりにも前にかかり過ぎていて、技術力の高い選手が揃っているバルセロナにプレスをかわされて面白いように後方のスペースを使われていたのである。

しかし、この痛い経験がチームを引き締めたのか、直後の試合からバイエルンは7試合連続クリーンシートを達成している。というか、コンパニが厳しく植え付けたバイエルンの守備での圧力は多くの試合で有効で、バルセロナ戦でも序盤は試合の流れを掴んでいた。1点を先制されたが、相手の高いラインの裏を突いてサイドを突破し、再三チャンスを作り出して一時は1-1としている。勢いに乗ってさらに前がかりになった裏を突かれて1-2、1-3と引き離されていったが、この完敗で方向性を変えるようなことがなかったのがその後の連勝に繋がったのだろう。

前述のとおり、バイエルンが仕掛ける守備の圧力はかわされると最終ラインで数的同数、あるいは数的不利になっているリスクをともなっている。ケイン、ムシアラでボール保持者をサイドへ追い込み、右ならオリーセ、左ならニャブリやコマンが距離を詰め、苦し紛れのパスを出させる。中盤の中央では守備的MFであるキミッヒ、パブロビッチやゴレツカが待ち受けていて、両SBのR・ゲレイロ、A・デイビスも高いポジションを取っている。

肝となるのは守備的MFと両SBのポジション取りで、お互いの位置をみてバランスを取るというより、SBにはかなりの自由が与えられていて、どんどん上がってくる。追随するように守備的MFも適度な距離感を保って前進する。最終ラインの守備は薄くなるが、相手陣内でボールを奪ってしまおうという狙いである。

「各選手にハードワークする意欲があった。ボールをロストしたあとの切り換え、敵陣内での切り替えがうまく機能し、常に相手へプレッシャーをかけることができていた。クリーンシートはチーム全体のメンタリティと自信がもたらしたもので、チーム全体で守備ができていた。攻撃陣も1-0での勝利に満足している。このメンタリティ、守備での集中力がいまのバイエルンを引っ張っているのだと思う」

 これは、CLのリーグフェーズ第5節のPSG戦に1-0で勝利したあとにノイアーが残した言葉である。

各選手が前への意識が強くどこからでも得点できる

各選手が前への意識が強くどこからでも得点できる

A・デイビスは縦にも斜めにもいける左SBで、ひとつ前のポジションでもプレイできる攻撃力を持つ photo/Getty Images

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 ブンデスリーガ第15節のライプツィヒ戦は攻撃で良い面がたくさん出た。立ち上がり1分、試合に入り切れていない相手DFをケインが追いかけ、右サイドにボールを出させる。縦へのパスコースはオリーセが潰しており、苦し紛れの中途半端なパスが斜めに出されところ、キミッヒがカットして前線にパスを出す。ここからはアッという間で、ケイン→オリーセ→ムシアラと繋いで先制してみせた。

 一方で、守備では相変わらず簡単にピンチを迎える傾向があり、先制した直後の2分にキム・ミンジェが裏を取られて失点してすぐに1-1に。ただ、前に圧力をかける以上、こうした失点は仕方なく、その後もバイエルンは相手へプレッシャーをかけ続けた。

 すると、25分には右SBで先発したライマーが守備的MFのキミッヒを追い越して相手陣内中央を攻撃参加し、勝ち越し点をゲット。36分には逆にキミッヒが高いポジションでボールを受け、強烈なミドルシュートを叩き込んで3-1とした。

 各選手が前へ仕掛ける意識が強い今季のバイエルンは、ケインに頼ることなくどこからでも得点できる特徴がある。このライプツィヒ戦では75分にGKからビルドアップをスタ-トし、左SBのA・デイビスが自陣からドリブルで持ち上がり、サネにラストパス。実にシンプルなプレイで4点目を奪っている。ショートカウンターに加えて、こうしたしっかりとビルドアップした得点パターンも持ち合わせている。

 さらに、3分後の78分には守備的MFから右SBにポジションを移したキミッヒが相手陣内の中央やや右サイドでボールを持ち、ファーサイドヘクロスを送る。ボールの落下点に走り込んだA・デイビスがヘディングで叩き込んで5-1とした。右SBから左SBへのクロスで奪った1点であり、このゴールに今季バイエルンの多様な得点パターンが表れていた。

 ただ、最初に記したようにいまは先発メンバーがほば固定されている。前線、中盤、両SBは“足”を使うためどんどん疲労が溜まってくるだろう。無論、ベンチにも良質な選手を揃えているが、シーズン後半にはいよいよタイトルがからむ大事な試合が増えてくる。人が変わることで前線からの守備の圧力が低下すると、最終ラインの2人にますます負担がかかることになる。

 現状、CBはウパメカノ、キム・ミンジェ、エリック・ダイアーの3人しか稼働できる選手がいない。というか、先発の選択肢はウパメカノ&キム・ミンジェの一択になっている。いまのところ冬の移籍マーケットでの新戦力獲得の動きも聞こえてこない。2025年を迎えて練習を再開した伊藤洋輝の復帰待ちなのだろうが、昨年11月に今季2度の手術をした伊藤がトップコンディションでピッチに戻ってくるまでにはまだ時間がかかりそうだ。

 こうしたCB事情を考慮すると、相手陣内でボールを奪って攻撃を繰り返すスタイルの精度をどんどん高めたい。幸い、結果は出ているし、ノイアーの言葉どおり良いメンタリティで自信を持って戦えている。ブンデスリーガで王座奪回、CLで欧州制覇に向けて、コンパニのもとブレずにいまのスタイルを貫いていくだけだ。

文/飯塚 健司

※ザ・ワールド301号、2025年1月15日配信の記事より転載

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