欧州5大リーグの現行監督において、最も長い政権となっているのがディエゴ・シメオネが率いるアトレティコ・マドリードだ。この闘将がチームの指揮官に就任してから昨年末で丸13年が経ち、シーズンでいうと今季で14シーズン目に突入。ハードワークと堅守速攻を武器に、これまで2度のリーグ制覇に加えて、2012-13シーズンから長きに渡りトップ3をキープし続けてきた。
一方で、時代遅れに見えるシメオネスタイルは、時に「退屈」と揶揄されることも。そういった状況もあってか、近年は3バックを採用するなど攻撃的なチームへ変化しようとする姿勢も見られた。ただ、チームの肌に合わなかったのか、昨季は12シーズンぶりにトップ3フィニッシュを逃す。3バックを採用し続けた今季序盤戦も苦戦を強いられる試合が多々あった。
すると、シメオネは再び4バックを採用し始め、昨年のリーグ戦ラスト9試合を8勝1敗。一気に調子が上向きに。2ポイント差で首位のレアル・マドリードより消化試合が1つ少ないため、実質首位でウィンターブレイクを迎えた。勝利を追い求めて原点回帰したアトレティコは、“最強の盾”で4年ぶりの王座奪還を目指す。
まるでアルゼンチン代表 天才を支える相棒の存在
タッチラインギリギリから選手たちを鼓舞するシメオネ監督 photo/Getty Images
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今季のアトレティコ・マドリードはレアル・マドリード、バルセロナと首位を争っている。
18戦して敗れたのは1試合だけ。レアル・マドリード2敗、バルセロナは5敗。12失点はリーグ最少だ。レアルやバルサより1試合少ないとはいえ、レアル19失点、バルサ22失点なのでライバルに比べても失点の少なさは際立っている。
今季のアトレティコはこの数字どおりのチームだ。守備が堅固で非常に負けにくい。33得点はレアルの43得点、バルサの51得点と大きな開きがあるとおり、基本的に得点を量産できるチームではない。典型的な堅守速攻型といっていいだろう。
シメオネ監督は一貫して守備を重視してきた。過去には攻撃に注力したシーズンもあり、守備力を活かすために狭いエリアでパスを繋ぎ続けて前進する特殊な戦い方をしたこともあった(失っても奪いやすい)。しかし、今季は原点に立ち返ったようなプレイスタイルになっている。
アトレティコの戦い方はいまどきではないかもしれない。ポジショナルプレイとはあまり関係がなく、ボール保持にこだわりもない。古臭く見える。しかし、それで十分強い。カタールW杯で優勝したアルゼンチン代表とよく似ている。
アルゼンチン代表はリオネル・メッシ+10人といった趣だった。メッシ以外の9人のフィールドプレイヤーが献身的にハードワークをこなし、メッシを守備の頭数に入れなくても守れるしボールも運べる。どんな相手とも互角の勝負に持ち込める足腰の強さがあり、天才メッシのワンプレイで得点を生み出して勝ち上がり、優勝に辿り着いた。
アトレティコの「メッシ」はアントワーヌ・グリーズマンだ。意表を突くアイデアと精密な技術でチャンスを創り得点を生み出す。グリーズマンにメッシほどの神通力はないが、メッシよりもずっと守備ができる。メッシもグリーズマンも前線のパートナーはフリアン・アルバレス。エネルギッシュで運動量豊富、得点力もありアシストもできる。うってつけの相棒だろう。
基本システムは[4-4-2]。グリーズマンとアルバレスの2トップの後方のMF4人は、ジュリアーノ・シメオネ、ロドリゴ・デ・パウル、パブロ・バリオス、サムエウ・リーノ。4バックはマルコス・ジョレンテ、ホセ・マリア・ヒメネス、クレマン・ラングレ、ハビ・ガラン。GKは守護神ヤン・オブラク。バックアップも充実していて、交代メンバー含めて一丸となって戦える。
[4-4-2]の守備ブロックは堅固。誰もさぼらず、しっかりとポジションを埋めていく運動量と移動の速さがあり、プレスの圧が強い。1人1人のボールホルダーへの寄せの速さ、球際の強さがハイレベルで隙が無い。2失点以上を喫したのは2試合しかない。クリーンシートでの勝利は8試合。2点取れればほぼ勝てる。1点でもほぼ負けない。守備の強さが好成績の要因である。
ハードワーカー集団 万能なバリオスが心臓
チーム最年少の21歳ながらここまでリーグ戦13試合に出場。バリオスは必要不可欠な存在となりつつある photo/Getty Images
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堅守のチームだが攻撃ができないわけではない。これもアルゼンチン代表との共通点だが、パスワークのレベルは非常に高い。ビルドアップでは可変をほとんど使わないが、そのままのポジションで相手のプレスをいなして前進できる。ポジショニングの変化で優位性を出さなくても技術の高さでつないでいけるスペックの高い選手が揃っている。
攻め込みもアルゼンチン代表と似ていて、多彩ではないが急所を直撃していく鋭さを持っている。ただ、ドリブルで突破できるタイプがいない。レアル・マドリードのヴィニシウス、バルセロナのラミン・ヤマルのような切り札的なドリブラーがいない。フィニッシュへつなげるアプローチがパスワークに限定されていて、それが安定して得点を量産できない理由だと思うが、2点以上取る必要はほぼないので今のところ収支は合っているわけだ。
長年チームを支えてきたオブラク、ヒメネス、主将のコケがアトレティコらしさを体現している象徴的な選手だが、最も不可欠な選手はおそらくバリオスだ。トップに昇格して3シーズン目の21歳だが、まるでベテランのようにプレイする。
足を止めずに動き続けるタフネス、守備の献身性は抜群。さらにパスワークに優れ、前線へ飛び出しても威力がある。万能のバリオスはアトレティコの心臓になっている。バリオスと組むデ・パウルもハードワークの権化のようなMFだ。さらにコナー・ギャラガーも対人に強く攻守に働ける。コケも含めてハードワーカー集団だ。
FWには技巧派のアンヘル・コレアが健在。昨季、ビジャレアルで23ゴールを叩き出したアレクサンダー・セルロートもいる。セルロートは長身頑健、北欧出身らしいストライカーで現在のアトレティコのFW陣では異色のタイプ。8ゴールでチーム内最多得点を決めている。ラストパスがクロスボールになることが多いので、高さのあるセルロートはより重要性を増していくのではないかと思われる。
第17節のヘタフェ戦の決勝の1点はセルロートのゴールだった。ナウエル・モリーナの右サイドからのハイクロスをゴールにつなげた。得点経過は極めてシンプルなもので、攻め上がった右SBからのクロスボールを合わせただけ。モリーナのクロスが完璧だった。手数をかけたパスワークより、この得点のようなシンプルだが精度の高さで取るのがアトレティコらしさだろう。
得点力不足が課題も堅守の道を突き進む
第17節ヘタフェ戦で決勝ゴールを決めた新戦力のセルロート photo/Getty Images
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このヘタフェ戦はアトレティコがボールを保持して攻め込む流れだった。ヘタフェはアトレティコとソシエダに次いで失点が少ない。あまりにも得点できないので17位なのだが、守備自体は強固。アトレティコは攻め込みながらもなかなかチャンスを作れず、得点もセルロートの69分の1点にとどまった。
アトレティコの課題は、ヘタフェ戦のように相手に引かれた場合の得点力だ。同じ堅守型のチームに苦戦する傾向がある。同型の相手なら1点取ればそのまま逃げ切れるのだが、得点力不足は堅守速攻型のチームにとって常につきまとう問題といえる。
今季リーグで1敗しかしていないが引き分けが5試合ある。2-2だった開幕のビジャレアル戦を除くと1-1が3試合、0-0が1試合。ロースコアのゲームで勝ち切れない傾向は少し表れているかもしれない。
ほぼ一貫して堅守を保ってきたアトレティコは、相手に引かれたときの得点力不足もほぼ一貫していて、かつてはCBディエゴ・ゴディンのセットプレイからのヘディングという武器で補っていた。お家芸のセットプレイは今後のカギを握りそうだ。
とはいえ、図抜けたウイングプレイヤーがおらず、キリアン・ムバッペのようなスピードスターもいないアトレティコは、得点量産を図るよりも現状の堅守を維持しつつ粘り強く得点へのアプローチを探っていくしか道はなさそうである。
アルゼンチン代表をW杯初優勝に導いたセサル・ルイス・メノッティは、カウンターアタックについて「突然芽生える恋心のようなもの」と表現していた。計算できないものという意味だろう。メノッティ監督のアルゼンチン代表は超がつくほどの攻撃型だった。しかし、アルゼンチンの伝統はどちらかというとメノッティとは対照的なカルロス・ビラルド監督時代のスタイルである。一丸となってハードワークする力闘型。ディエゴ・マラドーナやメッシのスーパープレイで虎の子の1点という勝ち方。現在のアルゼンチン代表もこちらの系統だ。
シメオネのアトレティコは明確に後者のタイプであり、現在のチームにはアルゼンチン人選手が6人いる。スペイン人7人とほぼ変わらない数がいて、スペイン人のセサル・アスピリクエタ、ハビ・ガラン、ロドリゴ・リケルメ、コケ、バリオスは水色と白のユニフォームが似合いそうな面々である。
レアル・マドリード、バルセロナという強大なライバルに立ち向かい、僅差勝負を粘り強く勝つべく設計されているアトレティコは、アルゼンチン代表がカタールで世界一になったようにラ・リーガを制する可能性を持っている。
文/西部 謙司
※ザ・ワールド301号、2025年1月15日配信の記事より転載