昨季、ブンデスリーガで無敗優勝を成し遂げたレヴァークーゼン。その中で間違いなくキーマンとなっていたのが、21歳ながらすでにドイツ代表でも主力として活躍する背番号「10」のフロリアン・ヴィルツだ。
育成年代から注目を集め、17歳15日でブンデスリーガデビュー。17歳34日で当時リーグ最年少となるゴールも決めるなど、華々しくプロキャリアをスタートさせた。一方で、靭帯断裂の大怪我により2022年から23年にかけて1年近くチームを離脱。若くして苦しい時期も過ごした。
こういった多くの苦楽を経験し、ものすごい速度で進化し続けるヴィルツ。高い技術に加え、豊富な運動量、ポジショニングセンス、全てにおいてレベルが高く、今や世界で最も注目を集める若手MFのひとりとなっている。そんなヴィルツの魅力に迫る。
近年は急激に減少した技巧派のライン間職人
世界が注目する攻撃的MFへと成長を遂げたヴィルツ photo/Getty Images
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少し前までは、どのチームにも「ライン間職人」がいたものだ。守備側のMFとDFの間、大きくみればMFのラインとDFラインのライン間。ここで縦パスを受けて崩しの起点になる選手は攻撃の必須アイテムだった。しかし今、ライン間職人は急速に減少している。
ライン間でパスを受ける意味は、そこがMFからもDFからもマークされにくい場所であるとともに、主にDFが対応に迫られると攻め込みのスペースを生み出せることにある。相手のCBが前に出てくればその裏が空く。SBが絞れば外が空く。守備者を動かすことで守れない場所が生じる。ゾーンの[4-4-2]のブロックに対して、ライン間へのつなぎは崩しの定石だった。
相手の誰からもマークされにくいといっても、パスが入って来る瞬間には相手もアクションを起こす。ボールをコントロールしながら、瞬間的に生じる隙を見つけ、決定的なプレイにつなげるための時間はわずかしかない。狭いスペースでそれを実行するには高度な技術と判断、アイデア、空間認知力、俊敏性に優れた選手が必要で、それができる人材は限られている。誰にでもできる仕事ではない。ただ、それでもかつてはチームに1人や2人はいたものだった。
ライン間職人が減少した理由は、まずライン間そのものがより狭くなったから。ローブロックで守るときの2ライン間が非常に狭くなっていて、その極めて限定された空間でプレイするのが困難になっている。また、そこまでローブロックでない場合には、CBが前進してライン間職人を潰すという手法が普及した。
U-16ドイツ代表時代のヴィルツ。世代別代表では10番を背負ってプレイしてきた photo/Getty Images
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俊敏な技巧派であるライン間職人には小柄な選手が多い。一方、そこへ当たりに来るCBはパワフルな巨漢である。このやり方が流行りはじめたのは、バルセロナでプレイしていたメッシへの対策が発端と記憶している。主に右のハーフスペース、ライン間でメッシに前を向かれたら最後、止められないのはわかっていた。そこでCBの迎撃作戦が採られたわけだが、実はメッシ本人にはさほど効かなかった。しかし、多くのライン間職人に対しては有効なことがわかって普及した。
これがなぜ有効かというと、守備側がファウルするつもりで当たりに行っているからだ。CBが前に出ても俊敏なライン間職人からボールを奪うのは難しいのだが、体を止めてしまう、つまりファウルでもいいと割り切れば話は別なのだ。攻撃側からすると、ライン間にパスを入れても奪われるか、ファウルされてFKになる。何回かは潜り抜けて決定機を作れるかもしれないが、以前あったメリットが激減してしまったわけだ。
かくしてライン間攻撃は減少し、ライン間職人も減少傾向となった。ただし、それはライン間で受ける選手のクオリティしだいではある。そんな中でも、レヴァークーゼンのフロリアン・ヴィルツは依然としてライン間の威力を示し続けている。
非凡な滑らかさに圧倒的なゴール関与
第15節フライブルク戦では1ゴール3アシストの活躍で5-1の勝利に貢献 photo/Getty Images
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ヴィルツの体格、プレイスタイルは典型的なライン間職人だ。ボールタッチの上手さ、フットワークの俊敏さ、瞬間的な判断力、両足利き。こうした特徴はライン間職人に共通のものだが、ヴィルツはどれも図抜けている。メッシにCB迎撃作戦がたいして有効でなかったのと同じで、ヴィルツも躍動し続けている。
フットワークの滑らかさは格別。相手のタックルを外し、狭いスペースで囲まれそうになってもスルスルと抜け出せる。ボールが足に吸いついていて、本人はほとんどボールを意識しないまま足さばきで相手の足をよけていく感覚なのではないだろうか。例えば、CBがファウル覚悟で体を止めてきたとしても、ボールなしならかわすことは可能だろう。ボールがないなら相手の動きだけを見ていればいい。CBがいかに速くても、むしろその動きの矢印が強く出ているほど、矢印を簡単に折ることができる。
それをボールとともにできるのがヴィルツの非凡さだ。ボールを気にせず、あるいはボールと一体化して、迎撃の矢印を折ってしまう。動きの速い俊敏な選手ではあるが、ヴィルツより速い選手は他にもいるだろう。速さよりも滑らかさなのだ。
仕上げのパス、シュートの技術も素晴らしい。ノールックパス、アウトサイド、カカトなど相手守備陣を騙す、予測をさせないプレイができる。ただ、状況自体がけっこう容易ということもあるかもしれない。相手のCBがすでに突っ込んできているので、それをかわしてしまえばDFラインはすでに穴が空いている状態だからだ。
ラストパスだけでなく得点力も高い。無敗優勝した2023-24シーズンはブンデスリーガ32試合で11ゴール11アシストだった。シュートは多彩。右も左も蹴れて、そのためにシュートフェイントが有効だ。切り返してからのシュートがスムーズで正確。フットワークの滑らかさはここでも効いていて、体の向きの入れ替えに無理がない。ヘソの向きをスッと変えられる。
キックそのものも精度が高いだけでなく、CLリーグフェーズではFKから野球のナックルボールのようなシュートを決めていた。無回転で落とすミドルシュートも打てるし、トゥキックも使える。ラストパスの名手だけに、自分が受け側に回ったときもスペースを見つけるのと、そこへ動くタイミングが絶妙である。
よく走るクラッキ 完璧な攻撃的MF
今季ここまで公式戦全試合に出場。シャビ・アロンソ監督からの信頼も厚い photo/Getty Images
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圧倒的技巧派。しかもヴィルツは非常によく走る。昔から、いわゆるクラッキは走らないものとされてきたが、1試合で12キロ走るのも珍しく
ない。
これは守備を献身的に行っていることもあるけれども、ライン間でパスを受けるための駆け引きを繰り返しているからだと思う。ライン間攻略豊富な運動量で守備面でも奮闘するはレヴァークーゼンの攻め込みの柱の1つになっているが、ヴィルツがそれを一手に引き受けている感があるからだ。
レヴァークーゼンは後方のビルドアップを担当する5人で素早くボールを動かしながら、相手のMFを釣りだすのが上手い。この相手のライン間を広げるパスワークがヴィルツの活躍を引き出しているわけだが、常にライン間への縦パスのタイミングが合うとは限らず、ヴィルツの動き直しは多くなる。チームにもう1人「ヴィルツ」がいれば負担は減るのだろうが、現実にはそうもいかない。
ライン間でプレイできて、アシスト、得点を恒常的に記録するクリエイター。しかも運動量も豊富。完璧な攻撃的MFといえる。課題は動きすぎて疲弊しやすく、運動量が落ちて体のキレも鈍くなったときには相手に捕まりやすくなり、その際にフィジカルコンタクトに耐えうる体格とパワーがないことだろうか。ドイツ代表ではジャマル・ムシアラとスペースを分担できるが、レヴァークーゼンでの働きすぎはやや気になる。
とはいえ、21歳の若さであのクオリティは別格。かつてマリオ・ゲッツェが「百年に1人の逸材」と言われたが、それを凌駕する才能の持ち主だろう。
文/西部 謙司
※ザ・ワールド2025年3月号、2月15日配信の記事より転載