恵まれた体格に豊富な運動量、そして抜群の得点感覚に献身的な守備。加えて、ここぞという場面でチームを救ってみせる勝負強さとヒーローとしての資質。彼ほど万能なMFをこれまで見たことがあるだろうか。ジュード・ベリンガムは大きなプレッシャーを跳ね除け、スターダムをかけ上がる。
レアル・マドリード加入1年目から23ゴール13アシストの大爆発。2シーズンぶりとなるラ・リーガとCLの2冠をもたらした。そして、2年目の今季は負傷やキリアン・ムバッペ加入によるシステム変更により、序盤戦は割を食う場面もみられた。しかし、第13節から6試合連続でゴールを決めるなど、しっかり調子を上げてきたのはさすがである。
多くのスター選手を抱えるレアルの中でも異彩を放つベリンガム。現在21歳で、まだまだ発展途上なのだから驚きだ。「史上最強の万能型MF」と呼ばれる日も近いか。
個の力が強いレアルでも圧倒的な存在感を放つ
今季もすでに13G10A、今や世界最高のMFといっても過言ではない photo/Getty Images
続きを見る
ラ・リーガの三強はそれぞれのプレイスタイルが異なっている。それぞれサッカー観が違っていて、そこから派生してどんなプレイをするか、どんな選手を必要としているかが面白いほど違っている。
アトレティコ・マドリードはレアル・マドリード、バルセロナに挑む立場だ。強大な相手に対しても決して怯まず食い下がる意地を見せたい。攻撃力に優れたレアル、バルサに対抗するための戦術は堅守速攻。献身的で守備力に優れた選手を中心に編成している。
レアルとバルサはプレイスタイルが似ているが、根本的な考え方が違っていて、それはチームを構成する選手の違いに表れている。
レアルはその時代のトップスターを獲得し、その選手を中心にさらにスター選手で周囲を固める。ポジションの重複もお構いなし、補強というよりコレクションにみえるくらい豪華な選手層を誇る。アスリート能力に図抜けたタイプが多く、現在ならムバッペ、ヴィニシウス、バルベルデ、カマヴィンガ、リュディガー、チュアメニ、クルトワがそうだ。1対1の力量が特別な選手ばかり。強いヤツを集めれば強いという、みもふたもないくらいの強化方針である。そのせいか戦術的な縛りは緩め。ときどき、レアルには戦術がないなどとも言われている。そのかわり劣勢の試合でも勝利に持っていく対応力と底力に定評がある。いざとなれば全部1対1にして勝てばいいという太々しさが透けて見える。
イングランド代表でも得点能力の高さや勝負強さを発揮。EURO2024・ラウンド16のスロバキア戦では後半ATに華麗なオーバーヘッドで値千金の同点弾を決め、チームも延長戦の末に逆転勝利を収めた photo/Getty Images
続きを見る
バルサはペドリ、ヤマル、カサド、ガビのように、とくにフィジカル的な強さを感じさせない選手が多い。彼らにはもはや伝統芸のパスワークがあり、それは内戦以来の首都に対する対抗意識、自らのアイデンティティを固守する姿勢も相まって、独自のテクニカルなサッカーを実現するための人選になっているわけだ。
昨季加入したベリンガムは、レアル・マドリードにうってつけのタイプである。フィジカル能力は抜群で、走れてスピードもパワーもある。献身性も抜群。攻撃でも守備でも1対1のデュエルが強力。個の能力がチーム作りの根幹にあるレアルの中でも、その存在感は圧倒的といっていい。
何でもできるので、どこのポジションでもプレイできる。この点はバルベルデやカマヴィンガも同じだが、ベリンガムはより得点能力に優れている。しかも、さまざまな形で得点できる。得点についても万能型なのだ。ドリブルからのシュート、強烈なミドル、クロスボールからのヘディングやボレーと何でもあり。クロスボールをヘディングでゴールに変換できる能力については、ムバッペ、ヴィニシウス、ロドリゴには希薄なので、ゴール前に飛び込んでいけるベリンガムは貴重な存在になっている。
万能さと意志の強さ まさにレアルの象徴
若き日のベリンガム。チャンピオンシップでプレイしていたバーミンガム時代にはイングランド代表の大先輩ルーニーともマッチアップ photo/Getty Images
続きを見る
186cmの長身というだけでなく、ベリンガムはボールを持ったときに幅がある。足腰が強靭かつ柔軟なので、ボールにリーチできる範囲が広い。これはボールをキープするときだけでなく、ボールを奪うときにも発揮される。
両足を使えてボールの置き所を変えられる、体の入れ替えもスムーズでコンタクトにも強いので、ボールを懐に入れてしまえばまず奪われる心配がない。守備では執拗に相手を追い回せるスタミナとスピード、球際で届く範囲が広いのでしばしばスライディングタックルでボールを奪う。ポジショニングが良く、戦術理解度も高い。
ベリンガムはバーミンガム時代につけていた22番の背番号が好みだそうだ。攻撃的MFの10、ボックス・トゥ・ボックスの8、守備的MFの4を足すと22になるわけだが、まさにそのような選手である。
レアル・マドリードではかつてジダンが着けていた5番を貰った。アンチェロッティ監督は主にトップ下で起用している。ボールキープやパスなどの鮮やかなスキルとスケール感はジダンを確かに思わせるところもあるが、ジダンほどのヒラメキとエレガンスは感じられない。ベリンガムはずっと実用的であり、何よりメンタルがレアル・マドリード向きだと思う。かつて、新加入選手に白いユニフォームを手渡すのは名誉会長ディ・ステファノの役割だった。クラブ最大のレジェンドだ。今日のレアルがあるのはディ・ステファノのおかげといっても過言ではない。
CLベスト16入りをかけたシティとのプレイオフ1stレグでも勝負強さを発揮。ベリンガムは後半ATにネットを揺らし、チームを逆転勝利へと導いた photo/Getty Images
続きを見る
ディ・ステファノはテクニックとエレガンスのジダン、万能のベリンガムを足して2で割ったようなタイプだった。エル・ブランコの王様、マエストロである一方、「労働者」とも呼ばれていた。エゴイストでありながら完璧なチームプレイヤーという矛盾を成立させていた稀有な存在だった。彼が新人にユニフォームを渡す儀式は、いかなるスーパースターでもここでは100%チームに尽くさなければならないという無言の圧力にみえたものだ。
ベリンガムはキャラクター的にディ・ステファノによく似ている。プレイ面での万能性もさることながら、何が何でも勝つという意志の強さだ。レアルとバルサはどちらもスタイリッシュな攻撃型のプレイスタイルだが、戦術的にはバルサの方が洗練されていて精巧だ。ただ、それだけに歯車が狂うと大敗する傾向もある。レアルにその脆さはなく、例えばCLファイナルでの勝負強さは特筆もの。ここというときには泥をかぶっても勝利をつかみとる貪欲さ。これが受け継がれている。
かつてそうしたレアルらしさの象徴がディ・ステファノだったわけだが、ベリンガムも異様に勝負強い。守備も攻撃もコミットし続けるプレイぶり、さらに終了間際の得点が多い。こぼれ球をねじ込む泥臭いゴールはベリンガムらしく、レアル・マドリードらしくもある。
ディ・ステファノがレアルに来たのは27歳のときで、すでに完成されていた。ベリンガムはまだ21歳。すでに万能だけれども、まだまだプレイの幅は増していくに違いないわけで、その精神性も合わせて無類のリーダーとして君臨し続けていく姿が容易に想像できる。
文/西部 謙司
※ザ・ワールド2025年3月号、2月15日配信の記事より転載