「ヴェンゲルに入ってくれと言われた」 柿谷曜一朗がアーセナル、インテル、レアル・マドリードの練習に参加した10代の時を振り返る 超豪華メンバーとのエピソードも……

衝撃エピソードを明かした柿谷氏 photo/Getty Images

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アーセナルでの柿谷も見たかった?

元日本代表FW柿谷曜一朗氏は5日、那須大亮氏のYouTubeにて10代の時そうそうたるビッグクラブの練習に参加していた過去を明かした。

セレッソでは16歳でトップチームとプロ契約を結び、当時から天才として大きな注目を集めていた柿谷氏。2006年のU-17W杯のフランスとの第3節で世界を驚愕させるロングシュートを決めていたが、その時にはもうビッグクラブの注目の的になっていたという。

当時を深掘りする那須氏のインタビューにて、アーセナル、インテル、レアル・マドリードの下部組織の練習参加した時のことを柿谷氏は振り返っている。アーセナルへ練習に行った際はセオ・ウォルコットが16歳でイングランド代表に選ばれたタイミングということもあって、報道陣の数も凄かったという。そのウォルコットと一緒にトレーニングしたようだが、柿谷氏は「スピードはなんじゃこいつって感じでとにかく足が速かった」と語っている。
またU-21アーセナル対U-21トッテナムとの試合にも参加した柿谷氏はウォルコットとこの時怪我明けで下のカテゴリーに参加していたエマニュエル・アデバヨールと一緒にプレイしたことも明かしている。そんなアーセナルでの練習参加で手応えを感じていた柿谷氏は1週間の練習参加が終了後、当時の指揮官アーセン・ヴェンゲルに加入を促されたという。

「1週間位の練習期間で最後ヴェンゲルに呼ばれて、通訳の人と部屋に行った。そして『入ってくれ』と本当に言われた。『お前は日本でやるべきではない。こっちのレベルに適しているから今すぐにでもこっちの選手としてプレイしなさい』と言ってくれた。ありがたかったけど、『でも、ちょっとごめんなさい。インテルの方にも練習行くんで』って言って(笑)。本来は即決でいい話なのに、僕にとっては冗談のように聞こえたのか、自分にその覚悟がなかったのかどうかはわからないが『いや僕なんか』みたいな感じでその場は終わった」

インテルでの練習は英語が通じなかったことやホームシック気味になっていたこともあって、「嫌な記憶の方が残っている」と柿谷氏は語った。インテルでは誘いの話はなかったようだが、U-17W杯の後に参加したレアル・マドリードの練習の後にはBチームながらも移籍の話が持ち上がったという。

当時17歳という若さであったことやそこまで日本人の海外挑戦が多くなかった時代ということもあり、海外移籍をあまり考えなかったことを明かした柿谷氏。それでも「どうせ行ってないかもだけど、もしかしたら、1%でもと考えるとアーセナルが一番しっくりきていた」と当時を振り返っている。

またアーセナルでの練習参加で一番印象に残っているのは練習後の食事だったという。

「ヴェンゲルに通訳の人と呼ばれ、ヴェンゲル、(ティエリ・)アンリ、(ロベール・)ピレス、(ソル・)キャンベルと同じ卓に呼ばれた。今でも忘れられへんけど、隣のキャンベルが水を入れてくれて、僕が会釈すると『おい、なんやこれは』って言われて。ちゃんと目を見て会釈したのに通じなくて、通訳の人がキャンベルに会釈はありがとうございますの意味だと伝えたけど、『知らん。ちゃんと言葉で言え』って怒られた(笑)」

ちなみにその時アンリとヴェンゲルはこのやりとりを見て笑っていたようだが、当時10代の柿谷氏にとっては怖かったエピソードとして記憶されており、「これが16歳の時の海外挑戦を阻んだ」と冗談まじりで明かしている。


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