[特集/Jリーグ新時代 02]独占インタビュー:原博実 世界トップクラスのクラブ運営を導入! RB大宮アルディージャのJを揺るがす挑戦が始まった

 昨年、オーストリアのレッドブルへの株式譲渡がなされ、体制が大きく変わった大宮アルディージャ。外資による100%の買収はJリーグ史上例がなく、大宮が生まれ変わったことはサッカー界の大きなニュースとなり、サポーターはJ2へとカテゴリーを上げた今季を期待と不安が入り混じった複雑な心境で迎えることとなった。

 しかし、生まれ変わった「RB大宮」は強い。昇格組ながら、第8節を終えた時点で堂々の2位。まだシーズン序盤ではあるが、満員のNACK5スタジアム大宮には熱気が渦巻き、明らかに何かが変わっているという期待感が大きく膨らんでいる。1年でのJ1昇格も、この勢いならば夢ではない。

 新たに「RBクラブ」の一員となった大宮にいま、何が起こっているのか。今後どんなビジョンでクラブを運営していくのかーー。代表取締役社長の原博実氏に、お話を伺った。

“すべてが徹底された”RB流のフィロソフィー

ユルゲン・クロップ氏(左)と原博実氏。「RB大宮」となったクラブは大きく動き出した Photo/Getty Images

ーー今季から正式に「RB大宮アルディージャ」となりました。新たなスタートを切るにあたり、原さんや長澤監督、スタッフの皆さんで1週間ほど欧州へ視察に行かれたそうですね。

「そうです。まずザルツブルクに行って、チャンピオンズリーグのザルツブルク×パリ・サンジェルマンを見ました。ザルツブルクにはリーフェリングという若手のチームがあるんですが、その練習場なども見せていただきました。そのあとミュンヘンにある本拠地へ行きました。そこにはユルゲン・クロップ(グローバルサッカー部門責任者)や、マリオ・ゴメス(テクニカルダイレクター)などが常駐しているんです。そこはまさにスペシャリストの集まりという感じで、スポーツサイエンスの専門家、データアナリスト、ゴールキーピングの専門家などさまざまな人たちが集まっていました。その後ライプツィヒにも行きました」

ーー“RB流”のやり方を学んでこられた、ということですね。

「本当に、授業を受けに行ったという感じでした。ヘッド・オブ・スポーツサイエンスというところは、いわゆるデータを集めるためのところなんですけど、GPSなどもこれまで使っていた機器でなく、すべて自分たちと同じものを使えというんです。いや予算を取っていないよと言うと、それは自分たちが出すからと。私たちは私たちで(以前から)やっていたんですけど、基準値が一緒にならないとデータを取っても意味がないからと。そういうふうにすべてが徹底されたやり方を私たちも学んで、まあとにかく濃い1週間でしたね」

ーー印象に残ったこと、面白いと思ったことを教えていただいてもよろしいですか。

「特に育成へのこだわりだとか、投資の仕方だとか、そのための施設とか。想像以上にすべてが凄かったです。『我々は本当に育成にはしっかり投資しますよ』という姿勢が、施設の作りなどすべてに表れているんです。例えばライプツィヒは、練習場がトップのチームもアカデミーもすべて同じ場所にあって、扉一枚隔ててこっちはトップ、こっちはアカデミーというふうになっているんです。アカデミー側からトップの方を見ると、トップの選手たちがこっちを向いて自転車を漕いでいるのが見える。アカデミーの選手からしたら、どうやったらこの扉の向こうに行けるか、と考えるわけです。そういう、うまく刺激を与えるような作りになっているんですね。すべてに筋が通っているなあ、と思いました」

ーー確かに、モチベーションを与えるという意味ですごく刺激になりますね。

「他にもザルツブルクにはAPC(アスリート・パフォーマンス・センター)というのがあります。そこは近代的な建物じゃなくて、広い牧草地みたいなところにある昔の小屋で、古い外観を残して、中だけを近代的に改造してあるんです。サッカーだけでなくレッドブルが支援するすべてのアスリートがそこを利用できる。専属のドクターとか、カウンセラーもいるんですね。選手が怪我をしたりすると、気が滅入ったりするじゃないですか。そういうときにそこに帰ってきて、リラックスしてリハビリに専念できるようになっている。徹底的にやっているなあという感じでしたね」

ーーTDのマリオ・ゴメスさんがおっしゃるには、RBのチームというのはアグレッシブで、インテンシティが高くて、ハードワークするチームだと。そういうフィロソフィーを各チームに共有しているんだとのことでしたが、そういった部分も学んでこられたわけですね。

「そうです。そういうものを共有するために、講義を受けたような感じでした。やはりレッドブルはエナジードリンクだし、チャンスがあればまずまっすぐにゴールを目指す。サッカー自体もアグレッシブで、エネルギーが湧き出してくるような、そういう姿勢はすごく大事にしていますね。なにしろ『もう走れないというのだけはやめてくれ』と言われていますから。もちろんただ走ればいいとか、前に来ればいいというわけではないし、攻撃だけじゃなく守備の部分でもそういうアグレッシブさは求められている。向こうの指導者からもそういう点を刷り込まれたというか、そういった面でも大事な1週間だったと思います」

ーーそうやって原さんたちが学んでこられたことを、また選手たち一人一人に伝えていくというのは、なかなか難しいことなのかなと思うのですが。

「それもそうですが、たとえば新体制発表会のやり方も、今まで大宮がやってきたこととはまったく違う度肝を抜くような演出を見せることができたり、もうすべてが違うんだというところは感じてもらっているんじゃないでしょうか。姿勢とかそういう部分はできるだけ私たちも選手に伝えていくようにしているし、いろいろなものが同じ方向に向けて動き出している、そういうことを感じてもらっていると思います」


 リスクヘッジを第一に考えがちな日本企業のやり方と違って「失敗してもいいから、とにかく挑戦する」というのがレッドブルのやり方。意思決定も早くなり、とにかくスピード感が違うと原氏は語る。同時に、これまで大宮が築いたものに対して、意外なほどリスペクトがあったとも語っていた。本国から派遣されてくるスペシャリストたちも、「大宮とはどういう街で、これまでどんなやり方をやっていて、どういう組織なのか、それを学びにきた」という姿勢だったという。意外なほどオープンな目線で、彼らがこれまで積み上げてきた知見から改善点があれば指摘をくれる。そして、可能性があると思ったことには思い切った投資を行う。そういった姿勢も、大宮に新しい風を吹かせてくれているのだろう。

ライプツィヒへ移籍することも今後は「当たり前」になる

今季横浜FCから移籍したDFガブリエウは、絶大な存在感で早くも守備の主軸となった Photo/Getty Images

ーー先ほど、さまざまなスペシャリストを抱えているとのお話がありました。たとえば選手や試合のデータを取ったものも、それが逐一大宮に共有されてくるわけですか?

「そうです。もちろん試合分析をするアナリストはこれまでもいたわけですが、それだけではなくて、グループ内のデータを共有して瞬時にやり取りができて、言葉も喋れて、分析だけでなくコミュニケーションができる人間が必要だと。それでそういう人材を1人、取ってきたんですよ。たとえばシーズンオフに右サイドバックを取るとして、我々はこのAという選手がいいと思っている、と提案したときに、それであればこのBやCという選手もいるよ、こっちのほうが年齢も若いし、我々のデータに基けばこちらの方が大宮に合うと思うよというふうに、すぐに返ってくるようになった。我々も交渉やプレゼンを手伝うよ、資料も作るよと言ってくれたり」

ーースピード感があるわけですね。

「蓄積されたデータがありますからね。もちろんJリーグの選手たちのデータも持っているんで、見ているとわかるんでしょうね」

ーーたとえばトレーニングにも、そういったデータが活かされてくるのですか。

「そうですね。データを見ると、たとえばフルスピードで行く回数が少ないよねとか。去年J3では優勝したけど、実はこのゾーンでボールを失っている回数が多いから、もっとここの精度を高めたほうがいいとか。J3のなかでもこの部分はナンバーワンだったけど、ここは改善しなきゃいけない。そういった部分を我々もなんとなく思ってはいたけど、やっぱりデータで見せられると『そうなんだ!』と認識できます。ヘッド・オブ・アナリストがこういうふうに大宮を見ているよ、傾向として少しこうなっているよという情報が入ってきて、それを次の試合でどう活かすかだとか、そういう作業も徐々にやり出しています」

ーーそこまで細かいと、選手一人一人に対して、たとえば君はもうちょっと筋力をつけたほうがいいとか、動き方を改善したほうがいいとか、そういう指導もできそうですね。

「それも当然出てきますね。ただ今までもそういうことはやっているんですよ。データを見せるというより、プレイ映像を見せてコーチが考えていることを選手たちに伝えたりするほうがわかりやすかったりもするので、そこはデータだけじゃない。データの部分と、アナログな部分をうまくとり混ぜながらやっている感じですね」

ーーこれから、ザルツブルクやライプツィヒから選手を引っ張ってきたり、あるいは逆に大宮からあちらへ加入したりという動きも出てくるのでしょうか。

「それはもう普通のことになるでしょうね。今後増えると思います。我々の若い人材にも彼らはすごく注目しているんで、たとえばアンダーカテゴリーの代表に入っている選手などを、どこかのタイミングで練習に参加させるなどは考えています。18歳になったら、いきなりザルツブルクのトップチームは難しくても、平均21歳や22歳のセカンドチームのリーフェリングに登録してみるとか」

ーーそういうこともできるようになるというのは、強みですね。

「男子だけじゃなく女子もやろうと思っています。意外と女子のほうがたくましく、すぐにフィットするかもしれない。向こうにいい選手がいればこちらへという動きも、女子のほうがやりやすいと思いますし。それができるのはメリットだと思いますよ」

ーー“RB”のクラブはいわゆる「育成型」という側面もあると思うのですが、大宮ももともと育成に定評のあったクラブだと思います。育成という面に関しても、RB流というか、やり方が変わっていったりするのでしょうか。

「これまで大宮がすごく育成に力を入れていたのは事実だと思います。実際、アンダーカテゴリーでは何人か代表に入る選手も出てくるのですが、フル代表まで食い込むような選手となるとなかなか出てこない。上手できれいなサッカーをやる選手はいるけど、割とこう、優等生っぽさが否めなかった。もう1つ、パンチ力というのか、特筆すべき特徴みたいなものを持っている選手を育てないとと感じています。たとえば(アーリング・)ハーランドくらい得点を決めるとか、前田大然よりも足が速いとか、もっとはっきりとした特徴を持った選手が出てくるといいですね。だから、(市原)吏音みたいなのは異質ですよね。本当に強気だし、負けず嫌いもはっきり出ているし。でも、彼でもトップに行くか、大学に行くか迷っていたくらいだった。育成は答えがないから難しいんですが、やっとそういう特徴的な選手が出つつあるなと感じてはいます」

ーーなるほど。

「だからそこはRBだから云々というよりも、個人をどう伸ばしていくかという話なんだと思います。もちろん個人データも活かしながら、面談なんかも含めて目標を一人一人決めて、そこに向けてしっかりやっていく感じです」

ーーレッドブルが集めているデータが、アカデミーの指導に反映されていったりとか、逆に大宮のデータがフィードバックされて活用されるみたいなこともあるのでしょうか。

「そうですね。今度体力測定をやるんですけど、アカデミーもさきほどお話ししたように器具を全部揃えて、同じように測るわけです。そうするとトップに比べてどうなのか、あるいは海外の同じ年代と比べてどうなのか。何が優れていて何が足らないのかがわかりますよね。ちゃんと世界と比べての基準というものがわかりやすいんで、選手たちもやっぱり、やりがいがあるというふうに感じてくれているんじゃないかな」

ーー最初のお話にありましたが、1枚扉を隔てたその向こうに行くぞ!みたいなことが大宮でも起こりつつあるということですね。

「いろんな部分でやりがいを感じてくれていると思いますよ。それこそ開幕戦にユルゲンが来て、マリオが来て、そんなことも普通ではありえないんです。J1でもないのに彼らが見に来て、次の日も練習に来て、みんなで話すこともできる。注目度も明らかに去年までより変わっているし、やりがいも責任も、その大変さも、選手たちはみんな感じてくれていると思います」


 すべてが変わろうとしている。何か大きなことが動き出している……。そんな空気を、選手たちもひしひしと感じていることだろう。いよいよ始まった明治安田J2リーグでは、昇格組という立ち位置でありながら、開幕から4連勝。無敗とはいかないまでも第8節終了時点でリーグ2位という好位置につけている。「さぁ、始めようか。快進撃を。」というワードを掲げて始まった今季だが、間違いなく“快進撃”は始まっている。

明らかに違う空気にサポーターの期待も特大

特大の熱気に包まれるNACK5スタジアム大宮。何かが始まる予感をサポーターたちも感じている Photo/Getty Images

ーー原さんから見て、今季の戦いぶりはいかがですか。

「J2は読めないこと、予想できないことがたくさんあって、それこそ大混戦になると思います。勝った試合も、そんなに楽勝だった試合はないので。本当に団子で進んでいくんだろうなというふうに思います。まだ序盤ですけど、「ここが抜けていくな」というのはないなという感じですよね。で、4月5月くらいの連戦をどう乗り切っていくかというのがポイントだと思います。怪我人が出たりすると、ガクッと落ちていってしまうでしょうし。明らかにJ3と比べると最後のプレイの質も高いですしね。ただ、粘り強さとか、激しさは去年ある程度ベースができて、そこに力のある選手も加わったので、確実に底力は上がっていると思いますね」

ーーまさに“快進撃”が始まっているという感じがしますが。

「ホームの雰囲気がすごく良いので、ホームでは絶対に勝つ、というところができたらいいなと思いますね。サッカー専用スタジアムのあの熱気と、ウワッとくる感じ。サポーターの皆さんがすごく良い雰囲気を作ってくれているので、それは選手たちも感じていますよ。だからまずホームで勝って、アウェイでももう少し勝てるようになるといいですね」

ーーかなりサポーターは期待感をもって見てくれていると思うんですよね。

「そうですね。何かが変わるぞ!という感じは去年から持ってくれていると思うので、それが加速している感じはあると思います」

ーーちなみにオフィシャルショップもリニューアルしましたが、そういったサポーター向けのサービスやホスピタリティという部分で、変わっていくところはあるのでしょうか。

「大きいのはざっくり言うと演出の部分ですね。バスのデザインだったり、スタジアムDJが入ったり。よりよく見せる、発信するという部分でも時間と労力をかけていますよね。ただ試合をやっていればいいやというよりは、クラブとしての価値をしっかり上げていく。そうすることでチケットの売り上げも上げていくという、そういう姿勢は至るところに出てきていますね」

ーーユニフォームもどうなるんだろう?と物議を醸していましたね。

「本当に全部ネイビーとレッドになっちゃうんじゃないか?という懸念もあったみたいですけど、本当にうまくアルディージャという名前と、オレンジを残すことができました。サポーターの皆さんも、結構うまく回り出したな、と感じてくれていると思うんですよね」

ーー一方で、少しモヤモヤしているサポーターの方もいらっしゃるようです。

「それはもちろんそうだと思います。もっとオレンジがたくさんあった方がいいとか、いろいろ思う人はいるのでしょう。それは否定もしません。ただ、あのままで何かが変わるのかといえばなかなか変わらなかったし、J3まで落ちてきてしまった。それをまた加速するために外資が入ることも否定すべきじゃないし、それは多分、大宮だけじゃなくJリーグ全体に言えることですよね」

ーーそうですね。

「少なくとも今はスピード感はあります。Jリーグだけじゃなく、日本のスポーツ界も今までにない発想とか、アイディアやチャレンジといったものが必要なのかなと。地元に愛されなかったらダメですけど、その発想とかアイディアが地元の人たちにとっても新しい支えであったり、喜びであったり、そういうふうになっていったらいいなと思いますね。楽しみですよ。今はなんか、楽しくてしょうがない。刺激が多いでしょう?(笑)。そこは、今のところ期待感しかないですね」

ーーでは、サポーターの方々には、結果で見せていくと。

「はい。昔のことを否定するつもりはまったくなくて、彼らもそこをリスペクトしてくれているんだと思います。でもやっぱり、もっと変わろうというエネルギーは必要だと思うんです」

原博実
1958年10月19日生まれ。栃木県那須塩原市出身。
RB大宮株式会社代表取締役社長。現役時代は三菱重工(現浦和レッズ)でプレイ。日本代表にも選出された。引退後は浦和レッズのコーチおよび監督、FC東京監督を歴任。また、日本サッカー協会では技術委員長として代表の強化に尽力。2013年からはJFA専務理事を兼務した。JFAでの職務を終えたのち、2022年に大宮アルディージャのフットボール本部長に就任。今年1月1日、代表取締役社長に就任した。


インタビュー・文/前田 亮

※電子マガジンtheWORLD304号、4月15日配信の記事より転載

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